第332話 精神支配の意味


 『激震の神の化身』ダルジオ・グラジオールから放たれる圧倒的な魔力――神器である『破滅の大槍ダルグレン』を手にしたダルジオは、アッサリと制約を破って、神の化身である己の本来の力を取り戻した。


「「「「「「……カイエ(様)!!!」」」」」」


 しかし、ローズたち六人が警戒の視線を向けるのは――ダルジオではなかった。


「ああ、解ってるよ。広域認識阻害とか……やってくれるよな」


 軍事国家ギュベインの首都ギュリオラ全体が――何者かが発動した認識阻害に包まれており。しかし、認識阻害が隠していたのは、それだけではなく……


「『混沌の魔神』カイエ・ラクシエル……貴様を殺すためなら、俺は魂すら売り渡す!」


 突如として広間に現れたのは、短く刈り込んだ灰色の髪で、頬がこけた三白眼の男の姿――『竜巻の神の化身』ゼガン・シュトールは慈悲の欠片もない冷酷な笑みを浮かべる。痩せた身体は視覚的な迫力こそないが、無駄な肉を一切はぎ取った鋭さを感じさせた。


 そして、もう一人――


「カイエ。俺は……てめえだけは、絶対に殺してやる!」


 広間に出現したもう一人は、二本の角を生やした禿頭の男で。全身に黒い刺青を刻んだ暴力の象徴のような姿――『憤怒の魔神』ボルド・オグニウスだ。


 二人の神の化身と魔神は――すでに制約を破って、本来の力を取り戻していた。


 相手は本来の力を解き放った神の化身が二人と、魔神が一人……冗談のような状況だが、これで終わりではなかった。


「全く……やりたい放題だよな。ホント、これを仕掛けた奴は性格が悪いな」


 首都ギュリオラの周囲に迫るのは、十二体の偽神デミフィーンド――こちら側の世界にも偽神デミフィーンドは多数存在するが、それらは決して神の化身や魔神の支配地域には近づかない。


 本能的に格の違いを理解しているからだが……例外はある。神の化身や魔神たちが、偽神デミフィーンドを支配した場合だ。


 神の化身や魔神の力と、偽神デミフィーンドなど比べるまでもないが――それらの一体一体が、首都ギュリオラを滅ぼせる力を持っている。


「へえー……そういう事か。操られているなら、仕方がないか」


 カイエは強制的に魔力解析を発動して――二人の神の化身と一人の魔神が、精神支配を受けている事を知るが。


「カイエ・ラクシエル……何か勘違いしているようだが、俺たちは失われた魔法ロストマジックを受け入れただけだ」


「そうだぜ……カイエ、てめえを殺すためなら。俺はなんだって利用するぜ!」


 ダルジオやボルドに言われるまでもなく――カイエは、イグレドを操った奴が仕掛けた魔法の本質を理解していた。そして……


「ローズ、エスト、アリス、エマ、ロザリー、メリッサ……みんなは、偽神デミフィーンドの相手をしてくれよ。こいつらは、俺が相手をするからさ」


「カイエ……」


 ローズはカイエの意図を理解しながら、躊躇ためらいを見せる。三人の人外が放つ力が尋常ではないと解っていたからだ。


 それは他の五人も同じで――カイエと一緒に戦いたいと、五対の瞳が見つめている。


「ああ、俺は大丈夫だからさ……みんなには周りの事を頼むよ」


 優しく微笑むカイエに。


「うん……解った」


 ローズたちは『暁の光』を連れて転移で消えて――広間には二人の神の化身と魔神、そしてカイエだけが残った。


「カイエ・ラクシエル……貴様は規定外イレギュラーな存在なのだからな。千年前の時点で、プライドなど捨てて、弄り殺しにするべきだったな」


 『激震の神の化身』ダルジオ・グラジオールが、神器である『破滅の大槍ダルグレン』を構えて迫る。


「全くだ……作り物の貴様を、最初に殺しておくべきだった」


 『竜巻の神の化身』ゼガン・シュトールは、渦巻く疾風の魔力を帯びた大剣を見せつける。


「俺は理屈なんてどうでも良い……てめえを殺したいだけだ!」


 『憤怒の魔神』ボルド・オグニウスが、刺青が刻まれた全身を朱色に染めて『憤怒の魔力』を纏う――自身の身体を硬化して戦うボルドは、己の拳に渾身の魔力を込めた。


 本来の力を解放した二人の神の化身と一人の魔神……しかし、それだけでは収まらなかった。三人の人外は、千年前とは明らかに違うレベルの魔力を放っている。


『精神支配を……そのままの意味だけで捉えているなら。カイエ・ラクシエル……残念だけど、君は僕の敵に値しないよ』


 神の化身と魔神とは、特定の属性の魔力を司る存在であり。己が司る魔力が存在する限り、魔力そのものに限界はないが――彼らが一度に制御できる魔力には限界がある。


 魔力を行使するには、魔力を制御する能力が必要であり。制御能力の強弱は個体差があり、鍛える事で伸ばす事も出来るが……単位というレベルで語れば、精神体としての器の大きさで決まってしまう。


 だから、人外の存在である神の化身と魔神は、人族や魔族とは別次元の制御能力を持っているが……決して無制限ではないのだ。


 限界を超える魔力を制御しようとすれば、制御能力イコール精神体がオーバーフローを起こして崩壊してしまう。だから、彼らの人格……自意識が無意識に安全領域でリミッターを掛けている。


 オーバーフローを起こしても、即座に精神体が消滅する訳ではなく。オーバーフローを起こして精神体を壊しながら、限界を応え魔力を行使する事は可能だ……理論的には。


 しかし、自らの存在を崩壊させるような行為を、意識的に行う事など出来る筈がなく。事実上は不可能だと言えるが……


 それでも、第三者が介在すれば――例えば、失われた魔法ロストマジックによって、強制的にリミッターを外す事は可能なのだ。


 実際にリミッターが外れた二人の神の化身と、一人の魔神は実感する。溢れ出す膨大な魔力……この力があれば、『混沌の魔神』カイエ・ラクシエルを殺す事さえ容易いと。


 そして、首都ギュリオラに迫る十二体の偽神デミフィーンドの場合はさらに顕著で……人格を持たずに、本能で魔力を制御するだけの存在である偽神デミフィーンドは、リミッターを外す事で、自らを壊しながら暴走する巨大な魔力の塊と化した。


 崩壊するまでの僅かな時間ではあるが……狂った偽神デミフィーンドの制御不能な魔力は、かつてローズたちが戦った偽神デミフィーンドの比ではない。


 まさに絶体絶命の状況だが……カイエは面白がるように笑っていた。


「いや……認識阻害もそうだし。精神操作でリミッターを外すとか、やってくれたとは思うけどさ……だから、何だよ?」


 漆黒の瞳が冷徹な光を帯びる――おまえたちが何をしようと、俺は構わないからと。

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