第334話 消失


「貴様さえ殺せるのであれば……俺が消滅しても構わぬわ!」


 『激震の魔神』ダルジオは限界を超える魔力を発動して、自らの精神体を壊しながら咆哮を上げる――これはダルジオ自身の感情なのか、或いは操られている故の妄執か。


 精神操作を解いてしまえば答えは解るが……まだ・・、そのタイミングじゃなかった。


「だったら、勝手にしろよ……おまえじゃ、俺を殺せないけどな」


 カイエは加速しながら、漆黒の剣を叩き込むが。ダルジオも音速を超える速度で神器『破滅の大槍ダルグレン』を操って受け止める。


 神器の力によって『混沌の魔力』を具現化したカイエの剣は消失するが。カイエは消失と同時に大量の魔力を注ぎ込んで剣を再生して、何事も無いかのように戦っていた。


 不意に、横凪ぎの渦巻く疾風の魔力がカイエを襲う。『竜巻の神の化身』ゼガンが大剣を叩き込んで来たのだ。


 さらに同時に、背後から『憤怒の魔神』ボルドが全体重を乗せた硬化した拳が迫るが――カイエは三人の人外の間をギリギリで擦り抜けながら、二本の漆黒の剣でゼガンとボルドの身体を削り取る。


「貴様……舐めた真似を!」


「てめえは……絶対ってえ、殺す!」


 リミッターの外れた三人の人外を同時に相手にしているから、何とか戦いが成立しているが。無傷のカイエに対して、ダルジオたちの精神体は徐々に削られていく。


 このままでは勝敗が決まるのは時間の問題だった……


「『隔絶アイソレイティド空間ワールド』」


 闇色の魔力が周囲の空間を包み込むと――状況が一変する。


 ダルジオの『破滅の大槍ダルグレン』を、カイエは漆黒の剣で受けようとするが――突然剣が消失して、カイエは咄嗟に加速して避ける事になった。


「今の攻撃を瞬間移動しないで躱すとか……君は勘も・・鋭いみたいだね。魔力の量じゃ、勝てそうにないから……『混沌の魔力』と転移系魔法を封じさせて貰ったよ」


 唐突に出現した虚ろな目と長い黒髪の少年が、作り物の笑みを浮かべる。


「『混沌の魔神』カイエ・ラクシエル。久しぶりと言うか……初めましてと言うべきかな? 僕は『闇の魔神』ギルニス・シュタインヘルト……君が知っている『闇の魔神』とは違うけどね」


 ギルニスが放った『隔絶アイソレイティド空間ワールド』は、特定の魔力や魔法を指定して封じ込める事が出来るオリジナル魔法マジックだ。


 今のカイエは『混沌の魔力』を発動する事も、転移魔法を使ってこの場から逃れる事も出来ない。『破滅の大槍ダルグレン』を瞬間移動で躱そうとしていたら、魔法が発動せずに身体を貫かれていた。


「なるほどね……そういう事か。だけどさ、転移魔法を封じた事は、黙ってた方が良かったんじゃないか?」


 面白がるように笑うカイエに、ギルニスは作り物の笑みで応じる。


「いや、結果は同じだから……ねえ、ダルジオにゼガンにボルト。僕がここまでしたんだからさ……少しは役に立ってよ」


「貴様に言われなくとも……俺が止めを刺してやるわ!」


 ダルジオの『破滅の大槍ダルグレン』がカイエに迫り。ほとんど同時にゼガンの疾風の魔力を放つ大剣と、ボルドの硬化した拳が襲い掛かる。


 攻撃のパターンは先程までと大差ないが――カイエの手に漆黒の剣はなく、瞬間移動を発動する事も出来ないのだ。だから今度は、削られるのはカイエの方だった。


「これくらいで、俺を殺せると思ってるのかよ?」


 カイエは収納庫ストレージから黒い金属の剣を取り出して、最上位魔法を無詠唱で連発するが。リミッターが外れた三人の人外は、溢れ出す膨大な魔力で攻撃を防ぎながら、カイエの精神体を削っていく。


「さすがは『混沌の魔神』というところかな……この状況でも結構戦えるんだね。だったら、こういうのはどうかな――『精神体破壊アストラルバースト』!」


 ギルニスが新たに発動したオリジナル魔法マジックは、精神体を侵食して崩壊させる魔法だ。魔神であるカイエの精神体を一撃で破壊する事は出来ないが、魂を侵食される激痛にカイエの顔が歪む。


 すでに勝利を確信したギルニスは、カイエを痛ぶる事を楽しんでいた……まるで虫を踏み潰す残酷な子供のように。


「へえー……ホント、おまえは趣味が悪いよな。『闇の魔神』ギルニス・シュタインヘルトを選んだけの事はあるよ……なあ、『深淵の使徒』第十二席ロザリオ・カミール」


 精神体の半分以上を失ったカイエの身体は透けて見えるが――何食わぬ顔で笑っていた。


 その表情と、自らの正体を言い当てられた事で……ギルニスの顔から笑みが消えた。


「ああ、もう……興覚めだよ。僕の正体に辿り着いた事は褒めて上げるけど……だから、何なんだよ? 君みたいな奴が『混沌の魔力』を支配するとか、全然意味が解んないんだけど?」


 ギルニスは三つ目のオリジナル魔法マジックを発動する――『完全消失パーフェクトロスト』。魔力も精神も物質も……あらゆるモノを無に帰する、ある意味で究極の魔法だ。


 ギルニスのオリジナル魔法マジックが発動した瞬間――カイエは消失した。


 ギルニスは多重の感知魔法を発動しており、その全てがカイエという存在が消滅した事を告げている。


「案外、アッサリとした終わり方だったね。結局のところ……僕の方がカイエ・ラクシエルよりも、世界に選ばれたという事かな!」


 このとき、ギルニスは――初めて、作り物ではない笑みを浮かべた。


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