第331話 神の化身と神器


「なあ、ダルジオ・グラジオールに会いに来たんだけどさ……俺は『混沌の魔神』カイエ・ラクシエルだ。ダルジオに取り次いでくれないか?」


「てめえ、ふざけてるのか……」


 カイエの台詞に、ダルジオの部下たちは即座に剣を拭き放って、剥き出しの殺意を向けて来るが――


「みんな……今回は、最初から力づくで行くからさ。遠慮しなくて良いよ」


 カイエは鋼の剣を出現させると、目の前の男たちを城の正門ごと吹き飛ばす――とりあえずは殺さないようにと、男たちに防壁シールドの魔法を掛けて。


 襲撃の轟音に、城中からダルジオの部下たちが集まって来る。抜き身の武器を手にし、魔法も発動済みの凶悪な武装集団だ。


「ふーん……そういう事。だったら、私も好きにやらせて貰うわ」


 アリスが影の中を移動して、いきなり背後から男たちに襲い掛かる。


「こういうシンプルな戦いは、久しぶりな気がするよね」


「そうだね……僕はシンプルな方が好みだよ」


 正面から来る敵の相手をするのは、エマとメリッサだ。二人が剣を振る度に、十人単位で倒されていく。


 敵を薙ぎ払いながら、城の回廊を突き進むカイエたちに。敵は後ろからも襲い掛かるが――その前に、赤い髪の少女が立ち塞がった。


「貴方たちの相手は……私がするわよ」


 最強の勇者ローズを前に、何人掛かりであろうと敵う筈もなく。瞬く間に、倒された男たちが積み上がっていく。


「私が魔法を使うまでもないようだが……念の為に発動しておくか」


「そうですの。ロザリーちゃんも、お手伝いしますの」


 二人が発動したのは攻撃魔法ではなく。万が一にも敵を殺さないために、壁と床と天井にクッションとなる魔法の壁を張り巡らせる。


「今回も……私たちの出番は無さそうね」


 レイナは水晶の剣を構えながら呟く――この剣はカイエに貰ったものだが、まだ模擬戦以外で使った事がなかった。


 ダルジオの部下の攻撃はローズたちが完璧に防いでおり、レイナたちのところまで近づく事も出来ないから。レイナは武器こそ抜いているが、手持ち無沙汰だった。


「だったら、おまえたちも戦ってみるか? おい、アラン……転移して奴らの中に突っ込むからさ、準備しろよ。今のおまえたちなら、丁度良い相手だと思うよ」


 揶揄からかうように笑うカイエに、アランは真剣な顔で応える。


「……解った。みんな、気を抜くなよ!」


 アランの掛け声に『暁の光』のメンバーたちが頷くと――カイエは魔力感知で探し出したダルジオの部下たちがいない空間へ、アランたちと一緒に転移した。


 突然出現したカイエたちに、男たちは一瞬だけ戸惑うが。すぐに剥き出しの殺意を見せて襲い掛かる。


「そんなに慌てるなよ……どうせ、おまえたちのペースじゃ、やらせないからさ」


 カイエは敵の間を擦り抜けながら意識を奪っていく。あえて・・・撃ち漏らした者たちが、レイナたちの方へ向かっていく。


「アラン。おまえたちは敵を殺さないとか、余計な事は考えなくて良いから……そこは・・・俺が調整するよ」


 敵を殺しそうになったら、カイエが止める――殺してしまうギリギリのタイミングで、敵に防壁シールドを掛けるくらい簡単な事だ。


「カイエって案外過保護だよね……僕はそこまで面倒を見て貰うつもりはないよ」


 トールは敵を引き付けるように前進すると、水色のスリングから光球を連射する――トールがカイエに貰った新たな武器は『幻惑のスリング』。投射した石に麻痺や石化など五種類の特殊効果を与えるマジックアイテムだ。


「それは俺も同感だ……自分たちの面倒くらい、俺たちは見るからな!」


 アランが手にするのは紅蓮の炎を纏うグレートソード――炎による追加ダメージを利用して、アランは平の部分で敵を殴って無力化する。


「全くだな……俺だって、これ以上カイエに借りを作るつもりはないぜ!」


 ガイナが振るうのはアランとは真逆に冷気を纏うバスタードソード――冷気によって傷口すら凍結してしまうから。意図せぬ殺害を防ぐ事が出来ると、ガイナは雑に剣を振るう。


「カイエは……色んな意味で、私たちに優し過ぎるのよ。だから……その想いに、私は応えて見せるわ!」


 極め付けはレイナの水晶の剣だ――物質界と妖精界を自在に行き来できる剣は、持ち主の意志によって肉体を切る事も、魔力だけを断ち切る事も出来る。


 ガイナとノーラは乱戦になってしまった事と、秋を殺さないという理由から支援魔法に徹しているが……二人のコンビネーションもタイミングも絶妙だ。


「ああ、解ったよ……俺が悪かった。おまえたちなら、俺が余計な事をする必要なんてないよな」


 カイエたちとの日々の模擬戦と自主トレで、強くなった『暁の光』のメンバーなら。相手が権能持ちの使徒でも、一対一で十分に戦える。


 そんな感じで……カイエたちは正面から堂々と乗り込んで、ダルジオの城を制圧して行き。彼らが玉座の間に辿り着く頃には、敵の三分の二以上を無力化していた。


 ダルジオの居場所なら魔力で特定出来たから。カイエは最短距離で進んで、広間の扉を破壊する。


「よう、ダルジオ……おまえの部下が取り次いでくれないからさ、勝手に来たけど?」


 玉座に座る『激震の神の化身』ダルジオ・グラジオールは――厳つい顔の壮年の男の姿をしていた。長い白髪をオールバックにして、顎髭を生やしており。鋭い眼光は裏世界の重鎮という雰囲気を漂わせる。


「……貴様ら!」


 部屋の中にいた『激震の神の使徒』二十人ほどが一斉に襲い掛かって来るが……ローズたちが一瞬で倒してしまう。


 それでも、グラジオは表情一つ変えずに、鋭い眼光をカイエだけに向ける――ダルジオにとって、使徒など単なる手駒に過ぎない。自分を崇める者に、気紛れで魔力を分け与えただけだ。


「俺に堂々と喧嘩を売るとは……カイエ・ラクシエル、舐めた事をしてくれるな」


「いや、舐めてるとかじゃなくてさ……ダルジオ、おまえのやり方に合わせただけだよ」


 ダルジオは神の化身の中でも武闘派として名高く、何でも力で解決したがる性格だ。ヴェロニカと似たようなタイプに見えるが、本質は全く異なる――強さを求めて戦いそのものを好むヴェロニカに対して、ダルジオにとって暴力は手段で、目的は相手を力で支配する事にある。


「『獄炎の魔神』グラハドが殺されたらしいが……犯人は貴様か?」


 グラハドが死んでから、すでに二週間が経っており。『獄炎の魔神』の魔力の消失を死と断定するには十分な時間だった。ダルジオは腹芸を好む性格じゃないから、ストレートに訊いて来る。


「ああ、グラハドは俺が殺したよ……向こうから襲い掛かって来たからな」


「ぬかせ……あのトチ狂った魔神が、貴様の顔を見れば襲い掛かるのは当然だろう。カイエ、どうせ貴様は、それを承知の上でグラハドに仕掛けたのだろう?」


「さあね……そういうのは勝手に判断してくれよ。俺はグラハドの話をするために、おまえのところに来た訳じゃないから」


 カイエは面白がるような笑みを浮かべて、玉座に座ったままのダルジオを見据える――『暁の光』のメンバーの事はすでに結界を展開して守っているが。ローズたちは普通にダルジオと対峙している。


 今のローズたちは魔力を隠していないから、ダルジオも彼女たちの実力に気づいている筈だが、完全に無視している。


 神の化身としての本来の力を取り戻せば、魔力だけならダルジオの方が圧倒的に上だが。制約を課した状態のダルジオにとって、ローズたちは容易い相手ではない筈なのに……ダルジオは決して馬鹿ではないから、この態度は不自然だった。


 ローズたちも同じ事を考えており。アリスが何か仕掛けようとするのを、カイエは視線で止める。


「ああ……確かにな。グラハドの事など、どうでも良い」


 不意に、ダルジオ・グラジオールが立ち上がる――『激震の神の化身』の手には、いつの間にか巨大な槍が握られていた。


 大地を粉砕し、あらゆるものを穿つといわれる『破滅の大槍ダルグレン』――ローズが持つ神剣アルブレナに匹敵する神器・・・・・・だ。


「俺はな……カイエ、貴様が来ると聞いて・・・・・・・・・。待ち侘びていたんだ……これで、ようやく千年前の復讐が出来るとな!」


 そう言なり、ダルジオは――制約を破って、神の化身との本来の力を解放した。

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