第330話 兆し


「まさか……カイエ・ラクシエルが、こうも簡単に魔神を殺すとはね」


 背中まで伸ばした長い黒髪と、空洞のような黒い瞳――『闇の魔神』ギルニス・シュタインヘルトは、闇に浮かぶ巨大な青い球体の上に散らばめられた二百五十三・・・・・の光点の一つが消えた事を確かめる。


 『世界球ワールドスフィア』――世界を創った者たち・・・・・・・・・の遺物であり。この世界のあらゆる事象を映し出す鏡としての機能を持っている。


 二百五十三の光点は、それぞれ異なる魔力を放っており。今消えたのは『獄炎の魔力』……消えた光点と重なり合うように『混沌の魔力』を放つ光点が黒く輝いていた。


「カイエ・ラクシエル……君のメッセージは、この僕が確かに受け取ったよ」


 ギルニスは感情のない作り物のような笑みを浮かべながら、無意識に爪を噛む――その行為が幼児性の名残だという事も、その目的がストレスの発散だという事も、当然ながらギルニスは気づいていない。


 『混沌の魔神』カイエ・ラクシエルの力は把握しているつもりだったが……


 『獄炎の魔神』グラハド・ライオニルの魔力は完全に消滅している――つまりは、グラハドは本来の力を取り戻しても尚、カイエに瞬殺されたという事だ。


「『闇の魔神・・・・ギルニス・・・・が言っていた事も、あながち間違ってはいなかったみたいだな」


 今のギルニス・・・・に千年前の記憶はない――かつてのギルニス・・・・・・・・が消滅する前に、捨て台詞のように忠告した事を思い出す。


『我の力を手に入れようと……カイエ・ラクシエルには勝てぬぞ。如何なる魔神も、神の化身も『混沌の魔力』には抗えぬ……それを肝に銘じておく事だ』


 千年前に繰り広げられた神の化身と魔神たちの争いによって、もう一つの世界は滅び掛けた。その争いの中心にいたのが『混沌の魔神』カイエ・ラクシエルであり、多くの神の化身と魔神が、カイエによって殺されたと『深淵の学派』の伝承にも残っていたが……


 たった一人の魔神が、世界を滅ぼし掛けたなど眉唾だと今のギルニス・・・・・・は考えていた。カイエが本当にそれほどの力を持っているのならば、何故こちら側の世界を征服してしまわないのか……


 しかし、カイエがグラハドを瞬殺した事で、ギルニスは考えを修正する。かつてのギルニス・・・・・・・・が言っていたように、カイエ・ラクシエルが最強の魔神だというのならば……


「僕の方も……そろそろ本気で、仕掛けるとしようか」


 虚ろな黒い瞳で『世界球ワールドスフィア』を見つめて――ギルニスは薄笑いを浮かべた。


※ ※ ※ ※


 暴虐の国ランバルドでグラハドを殺した後――カイエは主を失ったランバルトを統制するために。シャーロンに依頼して、『深淵の使徒』第一席のストレイア・ターフィールドを連れて来た。


 カイエはランバルドを支配しようとしてるのではなく。あくまでも、グラハドという求心力を失った後に起こるだろう血生臭い権力争いを避けるための措置で……勝手に殺し合わせても別に良かったが。原因を造ったのは自分だからと、手を打つ事にしたのだ。


 ストレイアにとっても、深淵の使徒』第一席でありながら、魔族であるが故にブレストリア法国の宰相になれなかったから。待ち望んでいた権力の椅子を与えられた事になる。


 『深淵の使徒』であるストレイアとて、偽神デミフィーンドの魂の欠片を取り込んだ人外の存在であり。グラハドの配下であった者たちを抑えるくらいの力は十分に持っている。


 ディスティやヴェロニカの部下を使うと、他の神の化身や魔神に知られたら面倒だからと。ストレイアという人選は、色々な意味で消去法的だが。力で抑えるしかない状況なのだから、ストレイアでも問題ないだろう。


「カイエ様……このストレイア・ターフィールドが、必ずやご期待に応えましょう!」


 嬉々とした笑みで首を垂れるストレイアに、カイエは苦笑する。勿論、ストレイアを信用した訳ではないから、監視のためにロザリーの下僕しもべたちも連れて来ており……


 数時間前までグラハドが君臨していた城には、数百体の怪物モンスターが群がり。簒奪した玉座に座るのは、短く髪を刈りこんだ魔族の美丈夫だ。


「ストレイア、余計な血は流すなよ……勝手な真似をしたら、すぐに首だからな」


 人差し指で首筋をなぞって、カイエが意地の悪い笑みを浮かべると。ストレイアは血の気を失って震え上がる。


 それから、カイエたちは混乱するランバルドの市街地に繰り出して。何食わぬ顔で食堂に入って食事をとると……ランバルドを後にして、次の目的地へ向かった。


※ ※ ※ ※


 カイエたちは神の化身と魔神たちの国を順番に訊ねて回った。勿論、手当たり次第という訳ではなく、操られる可能性の高い相手を優先的に。


 しかし、神の化身と魔神たちも魔力解析される事など容易に承諾しなかったから。カイエは仕掛けを施すだけで、何もせずに立ち去る事も度々あった。


 そんな感じで、二週間ほどが過ぎて――七番目に訊ねた『激震の神の化身』についても、カイエは大した期待などしていなかったのだが……


「何か……これだけ沢山の神の化身や魔神に会うと、感覚が麻痺してくるわね」


 『激震の神の化身』ダルジオ・グラジオールが支配する山岳地帯にある軍事国家ギュベインの首都ギュリオラの街中で、午後のお茶を飲みながらレイナが呟く。


 これからダルジオのところを訪ねる予定だが、その前に偵察がてら街を散策していたのだ。


「でも、神の化身や魔神らしいって言うか……凄く不遜な物言いの相手ばかりよね。『呪怨の魔神』ロギンなんて……ホント、思い出しただけで頭に来るわよ!」


 レイナは一般人の視点で文句を言うが、カイエとしては苦笑するしかなかった。


「まあ、そういう奴のところを優先的に回ってるのもあるけどさ。神の化身と魔神なんて、大抵は性格が悪い奴ばかりだからな……この街の様子を見れば、『激震の神の化身』ダルジオの性格だって想像がつくだろ?」


 カイエは相手をいきなり強襲するように見えて、意外と準備をしている。神の化身や魔神と直接話をする前に、彼らが支配する街や住民の様子、噂話などから、変化の兆しを探っているのだ。


 ギュリオラの街は平穏に見えて……どこか重苦しい空気が漂っている。ローズたちも空気を敏感に感じ取っており、さり気なく周囲の様子を伺っていた。


 ディスティに部下を派遣して貰って、事前調査も済ませてある。結果は、ダルジオに不審な動きはないという事だったが……


カイエは念の為に、ディスティの部下には先に引き上げて貰った。もし、イグレドを操った奴が何か仕掛けて来たら、別行動の彼らを守り切れないかも知れないからだ。


「そろそろ、行こうか……」


 カイエの言葉にローズたちが頷くと、十三人は移動を始める。重苦しい空気が漂う街中を歩きで、首都ギュリオラの中心部に向かうと……


「なあ、ダルジオ・グラジオールに会いに来たんだけどさ……俺は『混沌の魔神』カイエ・ラクシエルだ。ダルジオに取り次いでくれないか?」


 カイエはダルジオの性格を考えて、神の化身の居城の扉を正面から叩いた。

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