第319話 許せない事


 十二人の使徒の頭上に、巨大な黒薔薇が出現し。無数のいばらが彼らの魔力と体液の全てを一瞬で吸い尽くす筈だったが――その前に、カイエが黒薔薇を消滅させる。


「……カイエ! 何故、貴様は我の邪魔をするのだ! 皆の者、そこにいる者たちを直ちに皆殺しにせよ!」


 他の使徒たちが反応するが、今度はエストが新たな結界を展開して、十二人の使徒だけを中に閉じ込める。


(エスト、良いタイミングだな)


(何、私が手を出さなくても、カイエなら対処していただろう?)


 カイエは視線だけでエストと会話をすると、呆れた顔でリゼリアを見る。


「リゼリア、落ち着けって……そいつらが操られた間抜けなのは確かだけどさ。間抜けなだけじゃ、殺す理由にならないだろ?」


 『いばらの使徒』たちもリゼリアが数万の魔族を殺した事に加担したのだから、その責任を取らせるつもりだが。無意味な処刑を放置するつもりはなかった。


「カイエ……貴様は何を言っているのだ? 操られた事で、祖奴は我の顔に泥を塗ったのだ……それだけで万死に値する!」


 リゼリアは怒り狂っており、このままでは埒が明きそうにないので――


 カイエはリゼリアの隣に転移すると、自分とリゼリアだけを包む認識阻害と結界を再び展開した。


「カイエ、貴様という奴は……今度は何をするつもりだ!」


 喚き立てるリゼリアを、カイエは強引に組伏せて自由を奪う。


 カイエの漆黒の瞳が、リゼリアの金色の瞳を覗き込む――


「リゼリア……俺に言わせれば、部下が操られている事に気づかなかった時点で、おまえも十分間抜けなんだよ。全部使徒のせいにして、奴らを殺して終わりじゃ、都合が良過ぎるだろ?」


「カイエ……貴様は、どこまで我を愚弄するつもりだ! 此奴らを殺した後、愚かにも我に喧嘩を売った者を八つ裂きにしてやるわ!」


 リゼリアも自分が道化を演じさせられた事くらい解っていたから。行き場のない激しい怒りを、使徒たちにぶつけようとしているのだ。


「おい、リゼリア。冷静になれって……こいつらを殺す事は意味がないどころか、それこそ操った奴の思う壺なんだよ。仲間が処刑された事で他の使徒たちは浮き足立つし、おまえに対する不信感を懐くから。犯人が次に仕掛ける隙を作る事になるぞ」


「だから……この者たちを見逃せと言うのか!」


 リゼリアも決して馬鹿ではないから、カイエが言っている事を理解していたが。他人に良い様にされたままで、振り上げた拳を降ろすことは我慢ならなかった。


「リゼリア、俺と取引しないか……操られた十二人は、俺が殺したように見せ掛けて身柄を拘束するからさ。その代わりに、おまえに喧嘩を売った奴の居場所が解ったら、殺す前に最優先でおまえに教えてやるからさ」


 カイエの方が犯人を突き止められる可能性は高いが――


「そこまでして、彼奴あやつらの命を救うとは……本当に貴様が操ったのではないのか?」


「おい、リゼリア……自作自演なんかして、俺に何のメリットがあるんだよ? そんな事をしなくてもさ、俺はいつでもおまえを無力化出来るから……それくらい、解ってるだろう?」


 カイエは結界の壁際にリゼリアを追い詰めると、激しい音を立てて結界を殴る――まるで暴君のような態度だが、リゼリアがそれ・・を望んでいた。


 リゼリア自身も気づいていないが……彼女の歪んだ欲望は、カイエに力づくで蹂躙される事を渇望しているのだ。


(ホント、面倒臭いっていうか……俺の趣味じゃないけどな)


 リゼリアの欲望に付き合う気はないが、この方が上手く行くならフリくらいしてやる。


「カ、カイエ、貴様は……これ以上、我を辱めるつもりなのか!」


 リゼリアの頬が何故か赤い――真性の変態だなとカイエは思いながら、おくびにも出さずに続ける。


「ああ、そういう事だ……リゼリア、俺がおまえを支配してやるよ」


 カイエは結界と認識阻害を解くと。誰にも有無を言わせないタイミングで、十二人の『いばらの使徒』を混沌の魔力で飲み込む――


 勿論、混沌の魔力が触れる前に彼らを転移させたのだが……それを認識出来たのは、リゼリアとローズたちだけだった。


「リゼリア、こいつらは俺が始末したからさ……もう文句はないよな?」


 そう言うなりカイエは、『暁の光』の六人を含めた仲間全員で姿を消す。


「カイエ、貴様という奴は……」


 拳を握り締めるリゼリアに、残された他の『いばらの使徒』たちは状況を察したように何も言わなかったが。


 リゼリア本人は……強引に言うことを聞かせたカイエの姿を思い出して、恍惚とした表情を浮かべていた。


※ ※ ※ ※


 カイエたちが転移で移動した先は――ディスティの居城で。


 結界に閉じ込めたまま先に転移させた十二人の『いばらの使徒』もそこに近くにいた。


「カイエ……お帰りなさい」


 嬉々として出迎えるディスティに。


「ディスティ。面倒を押しつけて悪いが、こいつらを拘束しておいてくれよ。殺したり廃人にしなければ、何をしても構わないからさ」


「うん、解った……」


 カイエとディスティの会話の内容に『いばらの使徒』たちは怯える。


 その一方で――ローズたちはカイエをジト目で見ていた。


「何だよ……おまえたちなら、状況は解ってるだろう?」


「勿論、解っているわよ……リゼリアが、どういう目でカイエを見ていたのかも含めてね!」


「全くだな。結界の中で、カイエとリゼリアが何をしていたのかと思うと……」


「いや、それは誤解だって。俺はリゼリアを利用しただけだからな」


「だけど、カイエはリゼリアに強引に迫ったんだよね?」


「カイエが何をしたのか大体想像はつくけど……あの女・・・は、カイエにされた事に喜んでいたわよ」


 勇者パーティーの四人に取り囲まれて、カイエは苦笑するが。話はこれで終わりではなかった。


「ロザリーちゃんは……カイエ様がリゼリアとした事を、全部教えて貰いたいですの!」


「僕だって……カイエの事は信じてるけど。リゼリアと二人きりでいた事に、嫉妬くらいするからね!」


「カイエ……私にも全部詳しく教えて」


 ロザリーとメリッサと、ディスティーまで参戦して。七人の視線がカイエを責める。


「だからさ……リゼリアに自分の意志で従わせるためには、必要な事だったんだって」


 カイエはそう言うが――


「「「「「「「そんな事……解ってるに決まっているじゃない(の)(か)(ですの)!!!」」」」」」」


 理屈ではなく気持ちの問題だと、七人は引き下がらなかった。


 そして、レイナは――完全に目が座っていて。


「ねえ、カイエ……あの糞『神の化身』と何をやってたのか。全部正直に話してくれるわよね?」


 この件に関しては、一歩も引くつもりなどなかった。

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