第318話 死の薔薇


 イグレドによるアルベルトの襲撃――カイエは一通りの説明をしながら。リゼリアの反応を見て、惚けているのではなく本当に知らないのだと判断した。


「イグレドが操られただと……馬鹿な事を言うな! そのような事が出来る筈が……」


 そこまで言い掛けて――リゼリアは気づく。目の前に、リゼリアが不可能だと思う事を可能にするカイエがいるのだ。


「一応言っておくけど。俺がイグレドを操ったとか、そういうオチじゃないからな」


「ならば……貴様の他に、誰がそのような事をするのだ?」


 最終的には『魔族の代わりに怪物モンスターを使う』という交換条件・・・・を付けたが。カイエは力づくでリゼリアに実験を止めさせようとした。カイエにはそれだけの力があり、強引な手段も厭わないという事だ。


「さあな……俺も犯人を突き止めた訳じゃないけど。イグレドを操った上に、記憶を改ざんして、自分の正体を隠す事が出来る奴がいるのは確かだよ」


 カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべる。


「この状況から……リゼリア、おまえは俺が何をしに来たのか解るか?」


 リゼリアはすぐに気づく。


「この我が……何者かに操られていると、貴様は疑っているのか?」


「正解……あくまでも可能性の話で、おまえを特に疑ってる訳じゃないけどな。こっちの世界で俺が関わった奴らを、順番に調べて回ってるんだ。イグレドを操った奴の狙いは、俺に揺さぶりを掛ける事だって思ってるからな」


 リゼリアが操られているとしたら、カイエが交渉を飲ませて、結界から解放した後からだろう。


 ローズと二人でリゼリアを何度も痛めつけて、強制的に回復させたとき。カイエはリゼリアを殺さないように、詳細に解析していたから。あの時点ですでに操られていたなら気づいていた。


 その後も結界に閉じ込めている間は、誰が結界を破ってリゼリアに接触した痕跡はない。


 だから、リゼリアが操られた可能性があるのは、結界から解放してからの一ヶ月半程度の期間だ。


 時間としては十分であり。リゼリアの性格を考えれば、イグレドのように操られながらも、自分の意志で動いていると錯覚している可能性はある。


「俺なら、おまえの解析して調べるのは簡単だけど……どうする?」


 魔法の研究者であるリゼリアには、カイエがしようとしている事が、大よそながら想像がついた。


 カイエが使う魔法がどのようなモノかは解らないが。精神操作を受けているか解析出来るのならば、他にも色々と調べる事が出来るだろう。


 力ずくで散々屈辱を味合わされた相手に、自分の内側を覗き込むような真似を許すなど――プライドの高いリゼリアが承諾するとは、カイエも思っていなかったが。


「勝手にしろ……どうせ貴様は、我の全てをとうに盗み見ておるのだろう!」


 リゼリアはカイエを睨み付ける――金色の瞳に本人すら気づいていない、もう一つの感情が含まれていた。


「どのようなはずかしめを受けようと……カイエ、我は貴様などに屈服せぬわ!」


 リゼリアがカイエを心の底から憎んでいるのは間違いないが――自分を完膚なきまでに叩きのめした相手に対して、いびつな感情が芽生えていたのだ。


「おい、はずかしめって……何だよ、その言い方。まあ、そんな事はどうでも良いんだけどさ……」


 カイエはリゼリアのいびつな感情に気づいていたが、敢えて無視する――リゼリアと面倒な関わりを持つ気はないし。強制的に魔法を掛けるよりも、自分の意志で従わせた方が、今後も扱い易いと考えたのだ。


「じゃあ……行くぞ」


 そして、カイエは魔力解析を終えると――


「リゼリア、悪かったな。おまえには何も仕掛けられてなかった・・・・よ」


「ふん、当然だろう……我は他人に操られるほど愚かではないわ!」


 カイエは内心で苦笑する――リゼリアは今後も操られる可能がある。そして性格を考えれば、イグレドの二の舞になる事も十分考えられた。


 だから、カイエはリゼリアを解析している間に仕掛け・・・を施したのだ。


 勿論、本人に言うつもりはないし、悪用するつもりもない。だけど、リゼリアには数万人の魔族を殺した責任があるのだから、これくらいしても構わないと思っていた。


「リゼリア。おまえの使徒たちも、調べさせて貰うからな」


「ふん……勝手にしろ」


 カイエは認識阻害と結界を解除すると、今度は文字通りに力づくで『いばらの使徒』たちを解析していく。


 そして使徒たちの中に、精神操作を受けている者を見つけた――しかも十二人。


 操られている使徒たちは、殺意を込めた視線をカイエに向けてて来るが。カイエが結界で押さえ付けているので、身動き一つ出来ない。


 彼らが受けている精神操作は――リゼリアに敵対する者への激しい憎悪だ。


(リゼリアじゃなくて、使徒の方かよ。だったら……直接のターゲットは、他の魔神や神の化身って事か?)


 リゼリアはすっかり興味を失っているが、神の化身と魔神たちのゲームに今も参加している。


 そして、ゲームの駒は使徒だ――『いばらの使徒』を暴走させれば、ゲームのルールを逸脱する事になり。リゼリアを多の神の化身や魔神とのいさかいに引きずり込む事が出来る。


 リゼリアにしろ、他の神の化身や魔神にしろ、制約を掛けたまま死ねば、精神体としてカイエたちの世界に戻って、復活する事が出来るのだから。彼らを戦わせるだけで、カイエに対する揺さぶりになる。


(だけど、リゼリアを操る方が手っ取り早いだろう……リゼリアの方がイグレドよりも格上だから、精神操作が失敗する可能性を危惧したか。それとも俺がリゼリアは調べても、使徒までは調べないと踏んだからか?)


 もっと単純に、十人以上も同時に操れる事を見せつけて、カイエに揺さぶりを掛けているだけとも考えられるが……


 何れにしても、憶測に過ぎないから。カイエは決めつけるつもりなどなく、あらゆる可能性を想定しておく。


(まあ、このまま放置する気はないけどな)


 カイエは十二人の使徒の精神操作を解除すると。念動力系の魔法を使って、彼らをリゼリアの前まで引きずっていく。


「リゼリア……こいつら全員が操られていたから、とりあえず解除解除しておいた。操った奴の狙いは色々考えられるけど……一番可能性が高いのは、使徒を暴走させる事で、おまえと他の神の化身か魔神を戦わせる事かな」


「そうか……」


 リゼリアは憮然とした顔で応えるなり――いきなり、最上位魔法である『死の薔薇ローズオブデス』を発動する。


 十二人の使徒たちの頭上で咲き誇る巨大な黒薔薇は……無数のいばらを伸ばして、彼らの魔力と体液の全てを吸い尽くそうとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る