第313話 模擬戦(1)


 カイエたちの模擬戦は一対一だけではなく、一対多数、多数対多数という様々なバリエーションで行う。


 横も縦も果てが見えないほど拡張された広大な空間で繰り広げられるのは、魔法もスキルも何でもありの実戦形式がメインだ――手加減などしたら意味がないと、本気で相手を仕留めるつもりで戦う。


「今日はさ……おまえたちの全力を見せてくれよ」


 カイエは二本の漆黒の大剣を手にして、空中に立ち。今の状況を楽しんでいるような笑みを浮かべる。


「うん、解った……初めから全力で行くね」


「私だって……どれくらい強くなったか、カイエに見て貰いたいから!」


 飛行魔法フライ加速ブースを限界まで重ね掛けすると、ローズとエマが同時に仕掛ける。


 一気に距離を詰めた二人が切り掛かる直前――エストの失われた魔法ロストマジック聖なる十字架ホーリークロス』が炸裂してカイエの自由を奪った。


『エスト……良いタイミングだな』


 しかし、ローズとエマが光と金色の剣を振り抜いたときには――カイエは『聖なる十字架ホーリークロス』を粉砕して、すでに瞬間移動していた。


『カイエ……まだだ!』


 勇者パーティーの連携攻撃は終わらない。エストが続けざまに千本以上の光の矢を放つと、同時にカイエの背後から、アリスが音もなく忍び寄る。


『アリスは……認識阻害の精度を上げたな』


 カイエは漆黒の大剣で背中越しにアリスの刀を受け止めながら、漆黒の光・・・・の矢をエストと同じ数だけ放って、光の矢を全て撃ち落とした。


『カイエ……随分余裕じゃない!』


 アリスも短距離転移して、今度は頭上から切り掛かる。ほとんど同時にローズとエマが左右から、アリスが消えた背後にはエストが転移して、時間を止める失われた魔法ロストマジックを放った――


 しかし、カイエは時間停止を強制的に無効化キャンセルすると、三人の刃が届くよりも早く再び瞬間移動する。


 ここまでが――戦闘開始から数秒。思考も加速させている五人は、思念で会話をしながら、圧縮した時間の中で戦い続ける。


「す、凄いのは解ってたけど……全然、動きが見えないわね」


 空中で戦うカイエたちを、レイナは呆然と眺めているが……動きが速過ぎて、何をやっているのか全く解らなかった。


「当然らかしら……根本的なところが解ってないレイナに、カイエ様たちの動きが見える筈がないのよ」


 ローズたちが本気でカイエと戦っている事が羨ましくて――ロザリーは自分も一緒に参加したかったと思いながら、適当な感じでレイナたちの相手をする。


「ロザリー……そういう態度は良くないと思うよ。僕だってローズたちと一緒に戦いたいけど、僕とロザリーはまだあのレベル・・・・・じゃないからね」


 カイエと一緒に異世界へ行く事を認めて貰うために、アルジャルスに時間の止まった空間で徹底的に鍛えて貰い――その後も元の世界にいる間は引き続きアルジャルスと、こっちの世界に来たときは、カイエと限界を超えた模擬戦を繰り返しているから。


 メリッサとロザリーは以前よりも遥かに強くなったが……それ以上・・・・に、ローズたち四人は強くなっている。


 人族が持つ強くなる才能・・・・・・が理由なのか――メリッサとロザリーは決して認めたくはないが、カイエの力になりたい、カイエの事を守りたいという想いの強さの違いが理由なのか。


 どちらが理由なのか解らないが――新たな力を身に付けた今だから、ローズたちとの実力の差が余計に実感出来るし。今だらこそ……ローズたちのように、もっとと強くなりたいと思う。


「そんな事は、ロザリーちゃんだって解ってますの……メリッサも、まだまだ弱いんだから。ロザリーちゃんの足を引っ張らないで欲しいのよ!」


 ロザリーは拗ねたように頬を膨らませるが。


「うん、そうだね……ロザリー、僕も頑張るよ!」


 メリッサはナチュラルに笑顔で受け流す――二人はコンビで模擬戦に参加する事も多いが。何を言っても凹まない真っ直ぐなメリッサに……ロザリーは憎まれ口を叩きながらも、本心ではメリッサの事を信頼していた。


「だけど……ロザリーが言っている事も間違っていないよ。カイエたちと出会うまでは、僕も全然理解して無かったけど。魔力操作が出来るようにならないと、レイナたちの強さが限界が来るのも、そんなに遠くないと思うよ」


 メリッサは決して意地悪で言っているのではなく――レイナたちの事を思って事実を告げる。


 カイエたちと何度も一緒に地下迷宮ダンジョンに潜って、実践的な戦い方を教えて貰った事で……『暁の光』は中難易度ミドルクラス地下迷宮ダンジョン

である『ラウクレナの禁書庫』を攻略済みだった。


 白金等級プラチナレベル冒険者になるには、高難易度ハイクラス地下迷宮ダンジョンを攻略するか、それに匹敵する実績を示す必要があるが……彼らの実力はすでに白金等級プラチナレベルに迫っていた。


 しかし、別の見方をすれば――時間や運次第で『暁の光』は白金等級プラチナレベル冒険者になれるだろうが。今のやり方では、そこが彼らの限界なのだ。


 無意識に魔力を纏うだけでは、魔力の絶対量でカイエと出会う前のメリッサにも遠く及ばず……ましてや、かつてのローズたち勇者パーティーの足元すら届かない。


 しかし――魔力の潜在的才能ポテンシャルを越える方法があるのだ。それを実感してるし……『暁の光』ならば出来るとメリッサ思っている。


「魔力操作って……どういう事? 私も少しは魔法が使えるけど……」


 的外れな事をいうレイナに、メリッサは真摯に説明する。


「いや、そういう意味じゃなくて……武器を使っているときだって、みんなも魔力を込めて戦ってるだろう? もし魔力が枯渇した状態で火球ファイヤーボールなんて受けたら即死するし。中級の怪物モンスターと戦うのだって、腕力だけじゃ無理だからね」


 魔族は他の人型種族よりも肉体的に強靭だが、それでも魔力無しで巨人に勝てる筈もなく。ましてや人族やエルフ、ドワーフなどの種族ならば、筋力で剣を振るうだけでは猛獣を殺す事さえ難しい。


 それを可能にするのが魔力であり――彼らは鍛錬する中で魔力を纏うことを自然に憶えて、魔力によって力と耐性を底上げしているのだ。


「それくらいの事なら、僕たちだって解ってるけどさ」


 トールが悪戯っぽく笑う――どうやら、トールには答えが解っているようだ。


「そうだね、みんな半ば無意識に魔力を使っているけど。自分の魔力を意識的に・・・・操れるようにならないと、強さの限界なんてすぐに来るからさ」


「魔力を意識的に操る……そんな事が出来るのか?」


 メリッサの言葉に一番良く反応したのは――肉体派眼鏡魔術士のギルだった。


「魔力を練るイメージか……それを自分の身体で?」


「うーん……たぶん、ギルはまだ解ってないと思うよ。もし理解出来るくらいなら……ギルはもっと強くなっている筈だからね」


 下手をすると、上から目線の言葉にも聞こえるが――メリッサは決してそんな事は思っていないし、ギルも正面からメリッサの言葉を受け止める。


「要するに、俺はもっと強くなれるって事か? 例えば、俺が血を吐くほどの鍛錬を続ければ、いつかはエストさんやロザリー……さん・・みたいになれるのか?」


 ロザリーに後から『さん』付けしたのは、本人に睨まれたからだが。


「えーと……絶対に不可能とは言わないけどね。エストの才能は特別だし、ロザリーだって地下迷宮ダンジョンマスターだから別格だって思うけど。魔力操作が出来るようになれば、魔法の威力だって上がるし。魔力の原理を理解出来るようになれば、無詠唱で魔法を発動するのも難しくないと思うよ」


 メリッサは魔術士じゃないから、魔法の原理を正確に理解している訳ではないが――魔力操作を理解する事で魔力の本質を知れば、無詠唱による魔法の発動も可能だと思う。


「メリッサが言っている事は……間違ってはいないですの」


 ロザリーの思わぬ援護射撃に、メリッサが心から嬉しそうに笑う。


「メリッサは……何を笑ってるんですの?」


 ロザリーが顔を赤くして、プイと横を向くと。


「おお……そういう事か!」


 俄然やる気になったギルに対して――アランとガイナは半信半疑と言う感じで。レイナは何となくは解ったようだか、実感が沸かないという顔をしていた。


「そんなに簡単に理解できる筈がないのよ……それよりも、今はおまえたちの限界を知る方が先かしら」


 ロザリーはフンと鼻を鳴らすと――いきなり地下迷宮ダンジョンから下僕しもべを召喚した。


 レイナたちの前に出現したのは……黒光りするフルプレートを纏った、三つの顔と六本の腕を持つ全長三メートルの骸骨スケルトンだ。


 それは『いばらの神の化身』リゼリア・アルテノスの相手をするために、ロザリーが新たに創造した怪物モンスターのうちの一体――


「名付けて『ロザリーちゃんの可愛いプリティ骸骨騎士スカルナイト六号』ですの……本当は飛行能力もあるけれど、今日のところは封印してあげるのよ。飛べない状態なら……レイナたちにも少しは勝機があるらしら。だから、せいぜい……死なないように頑張るのよ!」


 ロザリーの合図に応えるように――六本腕の骸骨の騎士スケルトンナイトは、雁高に不気味な赤い光を宿すと。六本の手にそれぞれの手に凶悪な武器を持って……『暁の光』に襲い掛かった。

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