第311話 カイエとトールの関係


 シャーロンが招集を掛けても――『深淵の使徒』たちは、すぐには集まらなかった。


「申し訳ありません! カイエ様を待たせるとは、愚か者どもが……こうなれば、私が首に縄を括ってでも連れて参ります!」


 シャーロンは妙に張り切っていたが……カイエはそこまで急ぐ気などなかった。


「いや、無理矢理招集して、警戒されるのは得策じゃないからな。俺はそいつらが集まるタイミングを待つよ」


 そもそも急に呼び出した上に、時間も時間だから――今日一日、カイエは転移魔法を使って各地で魔力解析をしまくったので、そろそろ日が暮れる頃だった。


「シャーロン。日時が決まったら、『伝言メッセージ』で連絡をくれよ」


 カイエはそう言って、シャーロンの邸宅を後にした。


 夕日に染まる半壊した街並みはシュールで……みんなの口数も自然に少なくなる。


「とりあえず……みんなで夕飯でも食べるか」


 カイエは崩れ去った建物の跡を眺めながら――意味深な笑みを浮かべる。


「カイエ、それは良いんだけど……今夜はこの街で泊まるの? ビクトリノに戻るなら良いんだけど、泊まるなら先に宿を取らない?」


 レイナが言うの最もで。この状況なら宿を確保するのにも苦労するかも知れないから、そちらを先に済ませるべきだろうが。


「ディスティのところに戻るつもりはないけど……泊まる場所なら用意してあるよ。夕飯もそこで食べるつもりだけど、構わないよな?」


 なんだ、だったら早くそう言ってよと。レイナたちは同意して、カイエ付いていく。


 カイエが向かったのは首都リンドアの郊外で――都市を囲む外壁の外に出てしまう。


「えっと……もしかして、カイエの馬車に泊まるの? でも、この人数だと、さすがに狭いんじゃない?」


 レイナたちはカイエから黒金くろがねの馬車二号を借りていたが……一緒に行動する事になったので、返していた。


 あの馬車ならば中が広いし、温度調整も出来るから下手な宿よりも快適に眠れるが――さすがに十三人が寝るには狭かった。


「いや、そうじゃなくてさ。今回は俺たち全員で来たから、こいつを持ってきたんだよ」


 カイエはそう言って、上空に漆黒の渦を出現させると。


「な、何なのよ、これ……」


 渦の中から舞い降りる巨大な黒金くろがねの塔に――レイナたちは度肝を抜かれる。


「何って……俺たちの家だよ。向こうの世界から、収納庫ストレージに入れて持って来たんだ」


 カイエたちが別の世界から来た事は、すでにレイナたちに放していたが。


「「「「「……はあ???」」」」」


 巨大な塔を収納できる収納庫ストレージなんて、聞いた事がないし。そもそも塔を持ち運ぶなどあり得ない……カイエの収納庫ストレージには、確かに馬車が入っていたが。


「みんな、ごめんね……そんなに驚くと思わなかったわ」


 ローズが申し訳なさそうに言う――ローズたちにとって、この程度の事は日常であり。レイナたちもカイエのやる事に慣れているだろうから、わざわざ説明する必要はないと思っていたのだ。


「だけど、こんな事でいちいち驚いてたら切りがない。カイエと一緒に行動するなら……まあ、慣れるしかないな」


「うん、そうだよね。カイエだから仕方ないって思った方が良いよ」


 エストとエマの反応は解るが。


「だよねえ……レイナも早く諦めた方が良いよ」


 何故かトールまでが、完全に順応していた。


「トール……おまは何で平然としていられるんだ?」


 驚愕するアレンに、トールはしれっと応える。


「アレン、何を言ってるのさ……僕たちだって、カイエが常識外れなところを何度も見て来たんだから。塔を運ぶくらい、今さらって感じじゃない?」


「おい、トール……おまえは俺に常識が無いって言いたいんだろ?」


 カイエは意地の悪い笑みを浮かべるが、トールには効かなかった。


「そんなつもりは無いけど……カイエの感覚は常識から外れてるとは思うよ。だからって、迷惑な事をする訳じゃないし。周りの空気を読んでるから、良いんじゃないかな……色々とやり過ぎるのは、どうかと思うけど」


 フォローに隠した辛辣な言葉に、カイエは面白がるように笑う。


「トール、おまえなあ……俺も自覚はあるけどさ。おまえに言われるとムカつくよ」


 トールも受けて立って、涼しい顔で言う。


「ねえ、カイエ……自覚があるなら、直した方が良いんじゃない?」


 そんな二人の会話を――他の全員が黙って聞いていた。


「ねえ、レイナ……トールは相変わらずみたいね」


 ローズは最初に異世界に来たときに、『暁の光』と一緒に地下迷宮ダンジョンに潜ったり。何度も食事などをしたから、トールの性格は解っていた。


「そうね、トールは全然遠慮しないから……さすがに、カイエに対して気安過ぎるわよね?」


 カイエとトールの力関係を考えれば、トールがズケズケと言って良い相手とは思わないが。


「ううん、そうじゃなくて……カイエとトールは本当に仲が良いなって思っただけよ」


 トールはカイエの懐にどんどん踏み込んで行く……こんな事が出来るのは、ローズたち以外ではトールくらいだろう。


「良い性格をしてるって言うよりも……ロザリーちゃんとしては、ある意味で羨ましいですの!」


 ロザリーは呆れた顔をする――自分でさえカイエに軽口を叩く事なんて出来ないのに。カイエとトールの気のおけない関係が、ロザリーには羨ましかった。


「でも、ロザリー……トールは口は悪いけど、いつも私たちの事を気にしてくれるから。そういうところが、カイエと気が合うんじゃないかな?」


 トールの気遣いや機転によって、『暁の光』が救われた事は決して少なくない。トールは掛け替えのない大切な仲間だと、レイナが思っていると――


「そんなに僕の事を誉めても、何にも出ないけどね」


 いつの間にかトールが近くにいて、悪戯っぽく笑っていた。


「トール、あんたね……せっかく誉めてあげたんだから、せめて聞こえないフリをしなさいよ。そういうところが無ければ……ちょっと格好良いなって私も思うのに」


 レイナは仲間としての好意を言っているだけで、トールも解っていたが――


「えー……僕には奥さんがいるから、レイナに惚れられても困るよ」


「トール、あんたは……一言多いのよ!」


 こんな風に軽口を言っていても、トールは決して相手を傷つけるような事は言わないし、トールがいるだけで雰囲気が明るくなる。


「おまえらさ、何やってんだよ? いい加減に、塔の中に入れよ」


 ローズたちが何を話していたのか――カイエは当然ながら知っていたが。トールと違って、いちいち突っ込んだりはしなかった。


「何かさ……カイエってズルいよね。これじゃ、僕がカイエの引き立て役みたいじゃないか」


「まあな……俺は自分がズルい事を自覚してるからさ。そんな事より……ほら、トール。メシにするからさ、さっさと行くぞ」


 カイエは意地悪く笑って、トールを引きずって行く。


「ちょっと、待ってよ。こんな強引な事をすると、女の子に嫌われるから……ああ、でも。カイエはモテモテだからね」


「そうだろ……だけど、トール。うるさいから黙れよ」


 お互いが好き勝手に言っているが、やっぱりカイエとトールは仲が良い――女子たちが羨ましいと思って、少し嫉妬するくらいは。

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