第309話 作戦開始


 そして、一時間後。再び黒鉄くろがねの塔に集まったカイエたちは、異世界への扉を開いた。


 しかし、約十倍い時間の速さの差があるから、異世界に戻ったの真夜中で――


「ねえ、カイエ……こんな時間に会いに行く訳にもいかないし。私たちはまだ眠くないし……良いでしょ?」


 午前十時にディスティの城へ行くまで……カイエたちが何をしていたのかは秘密だ。


「カイエの奥さんと愛人が勢揃せいぞろい……カイエが本気なのは解った」


 何故かジト目のディスティに迎えられて――カイエは苦笑する。


「何言ってんだよ、ディスティ。俺はいつも本気だけど……相手は魔神を操る事が出来る上に、記憶を改ざんする能力まで持ってるんだからな。過小評価して足元を掬われるよりは、過大評価して無駄な事をやる方がマシなんだよ」


 千年前の戦いでも、神の化身や魔神を操る者など存在しなかった――未だかつて対峙した事の無いレベルの敵に対して、カイエはローズたち六人と一緒に戦う事を選んだ。


 危険な敵だからこそ、一人で戦うという選択肢もあった。かつてのカイエならば、一人で戦う事以外考えなかっただろうが……今は、そんな事は絶対させないと言うローズたちがいる。


「どんな敵だって、カイエと私たちが必ず倒すから。ディスティたちも協力をお願いね」


「まあ、カイエの面倒は私たちが見るから。あんたたちは安心してなさいよ」


 カイエが何を考えているか――それが解っているから。ローズたち四人は前後左右から想いを込めて密着し、メリッサとロザリーはカイエに寄り添う。涙目になるディスティとレイナには、ちょっと悪いなと思いながら。


「という事でさ……ディスティは部下を使って情報収集を続けてくれよ。ログナとアルメラも同じく情報収集を頼む。ヴェロニカはディスティと一緒に自国の守りを固めてくれ……俺たちはとりあえず、知ってる連中やその周りに、操られてる奴がいないか調べて来るからさ」


 イグレドを操った者の記憶を改ざんする能力を考えれば、ここにいる『暁の光』のメンバーやログナやアルメラ、ディスティやヴェロニカでさえ操られている可能性があるが――そんな事は絶対ないと、カイエには断言できる。


 何故ならば、カイエはみんなの性格が解っているからだ……イグレドを操った奴が同じ事を仕掛けたとしても、ここにいる連中ならば、理由のない破壊や殺戮の衝動に違和感を覚えて抗う筈だ。


 特にディスティとヴェロニカは別格で――魔神の中でも上位の実力つ二人なら、精神力だけで支配を退ける事が出来るだろう。


 一途にカイエの事を想っているディスティや、強さを純粋に追い求めて、カイエに自分の実力を認めて貰いたいヴェロニカならば、どんなに強い精神操作を受けたとしても、カイエを裏切る事は決してない。


 そして『暁の光』とログナとアルメラたちも……精神支配に立ち向かえる力はないが、カイエには彼らの変化に気づく自信がある。


「ねえ、カイエ……それって、私たちも操られてる可能性があるって事よね? だったら……カイエが私たちの事も調べて欲しいの!」


 もしも、自分が気づかないうちにカイエに敵対するように強制的に刷り込まれているのならば……そんな自分が許せないと、レイナは思う。


「その気持ちは……私も同じ。カイエを絶対に裏切りたくないから……私の事も調べて欲しい」


 ディスティはじっとカイエを見つめる――自分の実力に自信はあるが、万が一にもカイエに迷惑を掛けたくない。カイエの事を一途に思う魔神の少女は、プライドよりもカイエを優先させる。


「なあ、カイエ……俺の事も調べて良いぜ」


 ヴェロニカは犬歯を剥き出しにして不敵に笑う。


「まあ、俺は誰にも支配される筈がねえし。カイエが信用してくれてるのは解ったけどよ……俺よりも危険な敵がいる可能性を、カイエは考えてるんだよな? だったら……さっさと調べて、俺がそんな間抜けじゃねえって証明してくれよ」


 カイエになら、魔法で調べられるくらい構わない。


 他の『暁の光』のメンバーも、ログナとアルメラも、反対する理由などなかった。


「ああ、解ったよ……おまえたちが操られてない事を、俺が証明してやるよ」


 カイエは失われた魔法ロストマジック『魔力解析』を発動して――彼らに掛けられている魔法を解析する。その結果、ここにいる全員が操られていない事が解った。


「それでも……これからだって、気づかないうちに操られる可能性はあるのよね? だから、お願い……カイエ、私たちの事を定期的に調べてくれない?」


 レイナの言葉に、ディスティとヴェロニカも頷く。


「なんか……いきなり強敵が現れたって感じだよね?」


 三人を眺めながらエマは優しく微笑む。アリスはしたたかな笑みを浮かべていた。


「こんな事で、私たちはカイエの隣を譲るつもりなんてないけどね。ていうか……あんたたちの覚悟は解ったけど、それくらいは当然だから……何よ、カイエ。私に文句でもあるって言うの?」


「アリス、そんな筈ないだろ……俺がアリスに文句を言うとしたら、みんなのために頑張り過ぎるなよって事くらいだからさ」


 アリスを抱き寄せて、カイエは唇を奪う。


「ちょっと……カイエ、何してるの? アリスだけズルいよ……私だって、頑張ってるんだからね!」


「そうだな……アリスだけ贔屓ひいきするのは良くないな」


「そうね……みんなで続きをしましょう!」


 ローズの最後の一言で――ピンク色の空間が一気に広がる。


「ローズもエストもアリスもエマもズルい……」


「そうですの……ディスティさんの気持ちが、ロザリーちゃんには良く解りのますの」


「僕だって……みんなと一緒にしたい・・・のに」


 不満そうなメリッサとロザリーと、ディスティとレイナに……ローズは優しく微笑む。


「そんな事ないよ……カイエは、みんなの事も大切に思ってるから……ねえ、カイエ。そうだよね?」


 嘘を言うつもりなんてないから――カイエは素直な気持ちを告げる。


「ああ……けど、悪いな。俺にとっては一番はローズたちで。ロザリーとメリッサが二番目……こいつらは俺にとって特別なんだよ。だけど、ディスティとレイナの事だって、大事な仲間だって思ってるのは本当だからな」


「なあ、カイエ……俺はカイエにとって、どうでも良い存在って事か?」


 ヴェロニカが恥ずかしそうに目を逸らしたまま言う――ヴェロニカが望むのは、カイエに強いと認められる事だ。しかし、だからと言って……大切に思われないなんて、何となく悔しかった。


「何言ってるんだよ、ヴェロニカ……おまえは俺の剣だろ? だから、大事に決まってるじゃないか」


 カイエに付き従う――それがヴェロニカとカイエの関係だ。そこにあるのは力関係だけでは決してなく、二人は確かな想いを共有している。


「そうだな……俺はカイエの剣だから、絶対に役に立ってやるよ。たがら……」


 犬歯の生えたヴェロニカの口が、息が触れるほどカイエに近づいていく……しかし、そんな行為を見過ごすほど、ローズたちは甘く無くて。


「ヴェロニカ、あんたね……何をしようとしてるのよ?」


「うん……ヴェロニカの事は嫌いじゃないけど。それとこれとは別の話だからね!」


「ああ、そうだな……ヴェロニカとは、真剣に話し合う必要があるようだ」


「そうね。だけど……私はカイエとの時間を楽しみたいから!」


「「「ローズ、ズルい(わ)(よ)!!!」」」


 周りの声など聞こえないように――ローズは思いっきりカイエに甘える。


 そんなローズをカイエは優しく抱きしてめて、エストとアリスとエマは負けじと身体の色々なところを密着させる。


 カイエはロザリーとメリッサの頭を撫でると、羨ましそうに見ているディスティとレイナとヴェロニカに『悪いな』と、声に出さずに優しく告げる。


 ピンク色の空間に、取り残されたアランたちとログナは何とも言えない顔になって。


「ふざけないでよ……私の身体の疼きを、どうすれば良いのよ?」


 乱入しようとしたアルメラは、カイエに魔法で拘束されて狂気のような絶叫を上げる。

 

 まあ、そんな訳で――


「それじゃ……作戦開始と行こうか」


 カイエたちの戦いが始まった。

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