第308話 束の間の帰還


 異界ヘの扉を開けて――カイエたちは元の世界に戻ると、早速仲間たちに『伝言メッセージ』を送った。


 他にも二つ・・・・・伝言メッセージ』を送ると、黒鉄くろがねの塔のダイニングキッチンへと移動する。


 そして、カイエたちが戻ってから僅か十分ほどで――仲間たち全員が黒鉄くろがねの塔に戻って来った。


「ねえ、カイエ……どうしたの?」


「何があったのか、カイエ?」


 エマとエストは戻って来て早々、心配そうな顔で問い掛ける。


「ホント、いきなり呼び出して……こっちだって暇じゃないんだからね?」


 アリスは言葉にも態度にも見せないて、悪戯っぽく笑っているが――同じ気持ちなのはモロバレだった。


「僕も急いで戻って来たんだけど……一番最後みたいだね」


 メリッサが戻って来ると、カイエは説明を始めた。


「ああ、みんな悪いな……向こうの世界で、ちょっと問題が発生してさ。細かい事はこれから説明するけど……みんなで一緒に、暫く向こうに来て貰いたいんだよ」


 こっちの世界でも、それぞれ皆が世界中を駆け周って、人族と魔族との確執を解き解すために活動しているが――


「そんなの……当然でしょ。行くに決まってるじゃない!」


「ああ……カイエと一緒なら何処までも行くよ」


「あー! その台詞、私が言いたかったのに! ズルいよ、エスト!」


「僕だって……勿論、カイエと一緒に行くからね!」


 アリスもエストもエマもメリッサも、二つ返事で承諾する。カイエが望む事なら何でもする……みんながそう思っていた。


「ありがとう……礼なんて要らないって言うだろうけどさ。言葉にするのも大切だって、俺は思ってるから」


 六人の顔を順に見つめて――カイエは優しく笑う。


 『暴食の魔神』イグレドが起こした事件と、イグレドを操った者の存在――現在までに解っている情報から、カイエは考えられる事を説明する。ここまでは向こうの世界で説明した内容と同じだが……カイエが敢えて触れなかった最悪の可能性に、六人は気づいてた。


「それって……大半の神の化身と魔神たちが、すでに操られている可能性もあるって事よね?」


「そうなると……もう制約とか関係なしに、神の化身と魔神たちが一斉に襲い掛かって来る事もあり得るな」


「それだけじゃないわ……制約を課した身体を捨てさせて、神の化身と魔神たちをこっちの世界に戻らせる事が出来るかも知れないわよね」


 アリスとエスト、そしてローズが締め括ったのは――カイエが考えている最悪の可能性だ。仮にイグレドを操った者が制限なく神の化身と魔神を操れるのなら……こっちの世界に彼らを帰還させる事も出来る。


「まあ……あくまでも可能性の話で。相手の力も正体に関しても、全然情報が足らないんだけどさ」


 カイエはそう言うが――イグレドを操った相手は、少なくとも現時点では他の何よりも危険な存在だと思われる。


「大体解ったわ……こっちの世界の事なら、アルジャルスとエレノア姉様にお願いすれば良いわよね?」


 アリスの言葉にみんなが頷く――こういうときに、みんなまとめるのは、長女ポジションのアリスの役目だった。


「ああ、それなら……二人には『伝言メッセージ』で伝えて、承諾も貰ってあるよ」


 カイエがみんなの次に『伝言メッセージ』を送った相手が、アルジャルスとエレノアだった。


「あとは……それぞれ不在の間の事を頼む相手に、連絡を入れて貰えるか?」


「ええ、そうね……みんな、一時間もあれば話はつけられるわよね?」


 アリスの言葉にみんなが頷いて――転移魔法で、それぞれが担当している場所へと向かう。


 そして、カイエ向かったのは――アルジャルスのところだった。


 アルペリオ大迷宮の地下迷宮ダンジョンの下にある、ラスボスクラスの怪物モンスターしか出現しない裏の地下迷宮ダンジョン。その奥の奥にある広大な空間で、純白の髪の美女は佇んでいた。


「よう、アルジャルス……相変わらず、暇みたいだな」


「何を失礼な事を……我は元々忙しい上に、これから貴様たちの仕事まで引き受けるのだ。カイエ、貴様は……もっと我に感謝すべきであろう?」


 いつも通りに不機嫌な顔のアルジャルスに、カイエは苦笑する。


「ああ……アルジャルス、おまえには感謝してるよ」


 素直な言葉を掛けられて――アルジャルスは思わず赤面する。


「カイエ……貴様が狡猾な事は解っておるが……」


「いや、そんなんじゃなくてさ……こっちの世界の事は、暫く頼むよ。アルジャルス、おまえだから、俺は安心して頼めるんだよ」


 アルジャルスを真っすぐ見つめて、真顔で言うカイエに――白髪の美女は沸騰するほど真っ赤になる。


「馬鹿者が……そんな歯の浮くような台詞を、よくぞ恥ずかしげもなく言えたものだな! まったく……カイエらしいな!」


「へえー……アルジャルスも、そんな顔するんだ?」


 不意の声に、アルジャルスが慌てて視線を動かすと――黒髪のポニーテールに、眼鏡と白衣のような衣装の美女。カイエの姉であるエレノア・ラクシエルがいた。


「エレノア、貴様はいつから……」


「えーと……ちょっと前かな? カイエに感謝してるって言われて、アルジャルスが真っ赤になったところから」


 つまりは、ほとんど最初から見ていたという事だ。


「貴様ら姉弟は……油断も隙もならんな!」


「そんな事……あるかしらね。まあ、冗談はこのくらいにして……カイエ、みんなを向こうの世界に連れて行くって事は、面倒な奴がいたって事なの?」


「ああ、エレノアねえさん……」


 アルジャルスとエレノアにも、詳しい状況を説明すると。


「ふーん……まだ大した事は解っていないのね。でも、魔神の記憶を改ざんしても痕跡を残さないなんて……確かに―面倒な相手だわ。それに、こういうのは・・・・・・、神の化身や魔神のやり方じゃないわね」


 エレノアが言った事は、カイエが考えている事と同じだった――こんな風なしたたかなやり方は、神の化身や魔神らしくない。


「ああ、その通りだよ、エレノアねえさん。俺も当たりは付けてるけどさ……まだ全然正体が掴めてない」


「そうね……解ったわ。こっちも警戒しておくから、カイエも注意しなさいよ。愛いお嫁さん四人と、ロザリーちゃんにメリッサちゃんまで一緒に行くんだから。心強いけど……みんなの事を最優先で守らなくちゃね」


 エレノアが何を言いたいのか――カイエには解っていたし。言われなくても、そう・・するつもりだ。


「ああ、解ってるよ……最悪の状況になったら、俺はローズたちだけを守る。たとえ……他の奴らを犠牲にしてでもね」


 勿論、全部を守りたいが、物事には優先順位があり。どちらかしか選べないのなら、カイエはローズたちのために他の全てを犠牲にする……そのカルマを背負う覚悟など、とうに決めていた。


「ふーん……カイエも解ってるじゃないの。でも、優先的に守る相手に……カイエ自身は含まれれてるの?」


 エレノアは冷静に問い掛ける――ローズたちを守るために、カイエが自分を犠牲にするなら……


「ああ……俺はローズたちの次だけどな。俺が死んだら、みんなが悲しむから……自分よりも赤の他人を優先するほど、俺はお人好しじゃないよ」


 カイエの言葉に、エレノアは安堵の笑みを浮かべる。


「うん、解った……だったら良いわ。カイエ……頑張りなさいよ!」


 カイエは目を丸くする……エレノアがカイエに対して『頑張れ』と言ったのは、二人が出会ってから千年以上経つのに、初めての事だった。


 そんなことを言わなくても、カイエは頑張り過ぎるのだ……まだ人族と魔族のハーフだった頃から、カイエは自らを省みずに周りに手を差し伸べた。


 そして、一度死んで魔神として蘇ってからも、神の化身と魔神たちに立ち向かうために翻弄して。最後は自分を犠牲にして世界を救った弟に……それ以上、頑張れなどと言えなかった。


 だから、エレノアはずっと『頑張れ』という言葉を封印してきたのだが――


「カイエにも、本当に守りたい相手が出来たんだから……ローズたちのために頑張る事だけは、認めてあげるわよ」


 嬉しそうなエレノアに、カイエは思わず頬を掻く。


「ああ……じゃあ、エレノアねえさん。アルジャルスも……こっちの世界の事はよろしく頼むよ」


 そう言って、カイエが転移魔法で姿を消すと――


「ねえ、アルジャルスも……カイエと一緒に行きたかったんじゃないの?」


 揶揄からかうようなエレノアの笑みに、アルジャルスは不機嫌に鼻を鳴らす。


「エレノア、貴様という奴は……我らはカイエたちが帰る場所を守る。それこそが、我らの役目であろう」


 こちらの世界にも刃が向けられる可能性があるのだから、アルジャルスの言っている事は最もだが――


「ふーん……アルジャルスは相変わらす、素直じゃないわね」


 エレノアは納得しなかった。何故ならば、エレノアがカイエの隣にいるのに相応しいと最初に思った相手は――


「……」


 しかし、アルジャルスは顔を背けて、何も答えなかった。

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