第307話 作戦会議(2)


「アランたちも俺に関わった事で、標的にされる可能性があるって考えているんだよ」


 あくまでも可能性の話に過ぎないが――イグレドを操った者の当面の目的がカイエを揺さぶる事で、カイエたちの情報をある程度掴んでいると仮定するなら……カイエの関係者を標的にする事も考えられる。


 イグレドに正面からリンドアとアルベルトを襲わせた手口からして、そこまで陰湿な事をやるとはカイエも思っていないが……相手の正体も実力も解らない以上、打てる手は全部打っておきたかった。


「えー……僕たちにそんな価値は無いと思うけどな?」


「いや、そんな事はないって。少なくとも俺は、おまえたちが襲撃されたら、絶対に仕返しするからさ」


 トールとカイエのやり取りを聞いて――アランたちは一斉にレイナを見る。


「な、何よ……私は何も言ってないじゃない!」


 真っ赤になって反論するレイナに、端で見ていたローズとロザリーは、ほっこりした気分になる。


「まあ、そういう訳だからさ……おまえたちには、これを渡しておくよ」


 カイエは『暁の光』のメンバー全員に、無骨な金属の指輪を二つづつ手渡した。


「一つは『伝言メッセージ』、もう一つは『転移魔法』を発動する指輪だ。それぞれ一回しか使えないけど、俺が魔力を込めたから多少の魔法阻害防壁アンチマジックシールドなら破れる筈だ。転移する先はここ・・に指定しておいたから……ディスティ。いざと言うときは、こいつらの面倒を見てやってくれよ」


「うん、カイエ。解った……」


 カイエとディスティは話を纏めるが。


「ちょっと、待ってよ! こんな凄いマジックアイテム、本当に貰っちゃって良いの?」


 レイナの言葉に、他のメンバーも『うん、うん』と頷く。特に転移魔法の指輪など、その価値は幾らになるか解らない。


「ああ、別に構わないって。使い切りだし、思いきり用途が限定されるけどな。危険な可能性・・・・・・を少しでも感じたら、迷わずに使ってくれよ。無駄打ちになったって、俺が魔力を込めれば良いだけの話だからな。それと……」


 カイエにとっては、大したマジックアイテムではないかも知れないが。レイナたちの安全を考えれば、手間を惜しまないと言っているのだ。


 カイエに大切に想われている――それで嬉しくて、レイナが目を潤ませていると。


「一応、指輪は渡すけど。結局のところ、俺たちの傍にいた方が安全なんだよな。だからさ……これから暫くは、おまえたちも一緒に行動しないか?」


 さらなる不意打ちに――レイナは思わず『うん』と頷きそうになが。


「それは……さすがに過保護過ぎない? さっきも言ったけれど、私たちじゃカイエの役に立てないから」


 カイエに傍にいられる事も、守って貰える事も、何よりも嬉しいのだが。自分が一緒にいても、足手まといにしかならないから……レイナは必死に我慢した。


「レイナ、そんな事ないわ……戦力になる事だけが、カイエの役に立つ事じゃないから」


 思わぬ援護射撃にレイナが振り向くと――ローズが優し気な笑みを浮かべていた。


「レイナの冒険者としての経験とか、ハーフエルフの知識とか……役に立つ事は一杯あるから。それに、レイナ……自分のせいで危険な状況に巻き込んだ責任を取りたいって、カイエの我ままを、聞いて貰えないかな?」


 ズル言い方だと自覚しながら、ローズは悪戯っぽく笑う――それがレイナを想っての言葉だという事は、レイナにも伝わった。


「えーと……カイエ、本当に良いの? だって、私は役に立てる自信なんて……」


「……ホント、レイナは五月蠅いですの! つべこべ言う暇があるなら、役に立てるように頑張れば良いのよ!」


 ぷんすかという感じで、ロザリーは怒っていたが――彼女の本当の気持ちが、レイナにも解った。


「ローズ、ロザリー……ありがとう!」


「……レイナにお礼を言われる覚えなんてないのよ」


「ロザリー……解ってるから」


 ローズに頭を撫でられて、ロザリーの頬が赤くなる。


 とりあえず、レイナの方は済んだからと。カイエは他のメンバーたちの方に向き直る。


「アラン、勝手に話を進めて悪いけどさ。おまえたちは、どう思うんだ?」


「俺としては……カイエたちが迷惑じゃないなら構わない。カイエやローズさん、それにロザリー……さん・・みたいな、凄い人たちと一緒に行動する経験は、俺たちの糧になると思うからな」


 アランがカイエは呼び捨てにして、ローズに『さん』を付けるのは距離感によるものだ。ロザリーに対しては見た目のせいで迷ったが……本人に無言で『さん』付けしろと要求されたのだ。


「でもさ……話の腰を折るようで悪いんだけど。カイエたちと一緒に行動している間は、地下迷宮ダンジョンに潜れないんだよね?」


 トールが素朴な感じで疑問を言うと。


「いや、そんな事ないって。俺たちも地下迷宮ダンジョンは好きだからさ。適当なタイミングで一緒に潜れば良いだろ?」


「それって……地下迷宮ダンジョンでも俺たちの護衛してくれるって事か? さすがに、そこまでして貰うのは……」


「だから、そうじゃないって。俺も単純に地下迷宮ダンジョンに潜りたいんだよ」


 ここまで警戒しておいて、何故地下迷宮ダンジョンに行くのかと思うかも知れないが……地下迷宮ダンジョンだろうと街中だろうと、カイエたちにとっては大差なく。転移魔法を使って移動できるのだから、距離的な問題もないのだ。


 勿論、あらゆる対策は打つが――いつ仕掛けてくるかも解らない相手に警戒するばかりでは、息が詰まるから。適当に息抜きしようという事だ。


「まあ、カイエがそう言うんなら、良いんじゃないの? だったら、僕も反対する理由なんてないよ」


 たなみに、『暁の光』の他のメンバーは――


 生真面目なノーラは守って貰う事に恐縮しながらも、すでに自分のやれる事を探しており。眼鏡肉体派魔術士のギルは、強敵相手に自分の魔法がどこまで通用するか、試したくてウズウズしていた。


 ハーフドワーフのガイナだけは、そもそもカイエの危惧に懐疑的だったが。地下迷宮ダンジョンに潜れるのならと、カイエが出した条件に納得して。後はどう転んだとしても、自分の役割を果たすだけだと思っていた。


「それじゃ、『暁の光』は俺たちと一緒に動くって事で……ログナとアルメラは、どうする?」


 カイエが二人にも指輪を投げて渡すと、ログナはすぐに二つとも指に嵌めてニヤリと笑う。


「俺は好きにやらせて貰うぜ。本当に俺が標的になるなら……それはそれで面白そうだからな」


「私も……守って貰うために一緒に行動するってのは、性に合わないのよね」


 アルメラは妖艶な笑みを浮かべて、味わうように指輪を舐めた。


 カイエと一緒に行動するときは、これまでだって結局守って貰ったが。ログナもアルメラも安全な場所から形だけのスリルを味わいたい訳ではない。


 エスペラルダ帝国の帝都エリオットで、カイエに同行すると申し出たときから――二人は生死の狭間の興奮を求めているのであり。いつ死んだとしても、死の瞬間まで楽しめればそれ良いと本気で思っていた。


「まあ……おまえたちなら、そう言うと思ったよ」


 二人の性格を考えれば予想出来た事で。彼らとの関係を考えれば、カイエも止めるつもりはなかった。


 これで話は済んだと、カイエはローズとロザリーの傍に行くと。


「俺たちは他にも用があるんだ……明日には戻って来るからさ。悪いけど、それまで待っていてくれよ」


 そう言うなり――カイエは『異世界への扉』を開いた。

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