第295話 闇の魔神


 カイエが『いばらの神の化身』リゼリアを結界に閉じ込めた日の夜――金属の壁に囲まれた部屋で、背中まで伸ばした長い黒髪の少年は薄笑いを浮かべていた。


「『混沌の魔神』カイエ・ラクシエルか……こっちの世界でも、随分と暴れまわってるみたいだね」


 カイエと同じ黒髪なのに――まるで闇そのものが凝固したような異質の存在に見える。それは瞳も同じで……空洞のような黒い瞳は、感情というモノを一切感じさせなかった。


 少年の名はギルニス・シュタインヘルト――彼は『闇の魔神』、千年前の戦いを生き残った数少ない存在であり。魔王に力を与える事で、人族と魔族の争いを激化させて来た黒幕だと言える。


 しかし、かつてのギルニスを知る者が見れば、少年に違和感を覚えるだろう。最強の魔神と恐れられた『闇の魔神』ギルニスは……人の姿を嫌い、異形の怪物の姿をしていたのだから。


「『混沌の魔神』が復活すると解っていたら……僕はそっちを選んだかもね・・・・・・・・・・。だけど……さすがに無理かな。『混沌の魔力』を支配するリスクなんて、僕には負えないよ」


『何の冗談を言っている……貴様に不可能な事など、何も無いであろう?』


 何処からともなく響く声――もし他に聞く者がいれば、それだけで魂が凍り付いてしまうような声だ。


 しかし、ギルニスは何も感じないようで、相変わらず薄笑いを浮かべている。


「君こそ何を言ってるんだよ……僕を買い被り過ぎだって。『混沌の魔力』を支配するなんて、僕にはまだ・・無理だ……今のところはね」


『貴様には……時間というアドバンテージがあるだろう? カイエ・ラクシエルが復活したのは、向こうの世界で僅か一年ほど前だ……貴様はこちらの世界で百年以上・・・・前から準備を進めて来たのだ。今の貴様ならば……』


「いや、そうなんだけどさ……そもそも、カイエ・ラクシエルと戦う理由なんて、今の僕には無いし。戦うにしても……彼が僕と同じ場所ステージに辿り着いてからかな」


 ギルニスの前には――二つの青い球体が浮かんでいた。一つは高速で、もう一つはゆっくりと回転している。二つの球体の上には、無数の光が浮かんでおり……高速回転する球体の上で最も強く輝く黒い光・・・を、ギルニスは見据える。


「僕が居る処にまで、早く登っておいでよ。そうしたら……少しは遊んであげるからさ」


※ ※ ※ ※


 そして、五日後――こちらの世界に戻って来たカイエは、ディスティの居城へと向かった。


 カイエの隣には――金髪碧眼の知的な美少女と、ゴスロリ幼女の姿があった。


「初めまして、『暴風の魔神』ディスティニー・オルタニカ……私はエスト・ラクシエル、カイエの妻だ」


「私はロザリー・シャルロット。ロザリーちゃんは……カイエ様の……あ、愛人ですの」


 男前な笑みを浮かべて、堂々と宣言するエストに対して――ロザリーは恥ずかしそうに頬をピンク色に染める。カイエがロザリーの事を『愛人』だと、ディスティーたちに伝えていた事を直前に知って。嬉しいのだが……心の準備が間に合わなかった。


「カイエの奥さんに愛人……ローズから話は聞いてる。私の事はディスティと呼んで」


 ディスティはツンとした顔で、品定めするような視線を向けるが――


「ああ、ディスティ……早速で悪いが、例の魔族・・・・のところに案内して貰えないか?」


 ディスティの対抗心など、エストの方はお構いなしで。今の自分に出来る事をやろうとする。


 ディスティの居城の奥――多重魔法陣を展開した部屋で、植物と同化した異形の魔族は、今も眠り続けていた。


「ディスティ……魔法を使っても構わないか?」


 城の主であるディスティに許可を求めてから、エストは解析系の失われた魔法ロストマジックを展開する。


 解析アナライズされた情報が視覚化されて、空中に無数の画面が浮かぶ。


「なるほど……カイエが説明してくれた通りだな。魂まで完全に同化している状態だな……下手に引き剥がそうとすれば、魂が壊れてしまう」


「ああ……だから、エストに手伝って貰いたいんだよ。些細な失敗も許されないからな」


 カイエならば一人でも魂の同化を解く事は可能だったが――繊細な魔力操作をする必要があり。万が一にも失敗すれば、魔族の魂は永遠に失われる。


「ああ、私も全力でサポートするよ」


 ナノ単位の魔力操作――エストが時間と空間を完全に停止させて、微細な魔力の揺らぎすら無い空間を創り出すと。カイエは魔力操作だけに全神経を集中する。


 こんな事を頼めるのは……エストとエレノアくらいだ。魔法のパワーという点では、エストよりもディスティの方が上だが。繊細に魔力を操作する能力においては、エストの方が遥かに勝る。


 エストはカイエの魔力操作をモニタリングしながら――カイエ自身が発生させる僅かな魔力の揺らぎに同調シンクロして、逆側の力を発させて揺らぎを完璧にゼロにする。


 アルジャルスに鍛えられたロザリーは、幾つもの失われた魔法ロストマジックを新たに習得していたが――魔力操作に関しては、まだまだエストの足元にも及ばないと自覚しているから。二人の様子を黙って見守っていた。


「凄い……これがエストの実力……」


 二人が何をしているのか、ディスティは完全に理解していた。カイエは勿論凄いけど……それをサポート出来るエストの力量も認めざるを得ない。


 ローズとは別のタイプだけど……カイエの隣にいるのに相応しい実力の持ち主だ。


 そして一時間ほど後――彼らの前には、凍結された植物型の怪物モンスターと、全裸の魔族の女が並んでいた。


「おい……目を覚ませよ。全部終わったからさ」


 カイエの声に、魔族は呻き声を挙げて……目を開くと、ゆっくりと身を起こす。


「此処は……! ……私は!」


 自分の手足を眺めて、確かめるように顔や身体中を触る。


「ほら……たぶん、元通りに戻ってると思うよ」


 カイエが魔法で姿見を出現させると――魔族の女はボロボロと涙を流しながら、鏡に映る自分の姿を見つめていた。


「元の姿に戻れるなんて……ありがとう! どれほど感謝しても、足りる筈がない!」


 全裸のままカイエに抱きつこうとする女を――エストとロザリーとディスティが同時に結界を展開して閉じ込める。


 唖然とする女に――


「いや、感謝なんてしなくて良いよ……これは俺の自己満足だからさ」


 カイエは結界の中に布を出現させて、女に被せると。エストを見つめて、悪戯っぽく笑う。


「エスト、助かったよ……上手く行ったのは、おまえのおかげだ。最後の結界は余計だけどな」


「私もカイエの役に立てて嬉しいよ……だけど、余計な事なんて一切した覚えはない。彼女がカイエに感謝する気持ちは解るが……今のは見過ごせないからな」


 エストは牽制するように魔族の女を見ると――頬を染めながら甘えるようにカイエに抱きついて、唇を重ねる。


「え……」


 恥ずかしがりながらも大胆な行動に――ディスティの目が点になる中で。


「カイエ……私が欲しいのは、カイエのご褒美だから」


「ああ、解ってるよ……エスト……」


 互いに舌を絡ませて、求め合う二人は……今にも描写できないような事を始めてしまいそうな雰囲気だった。


「カイエ……」


 涙目のディスティに――ロザリーがそっとハンカチを差し出す。


「ディスティ……貴方の気持ちは、ロザリーちゃんも解るのよ」


「ロザリー……」


 通じ合うモノを感じた二人に、突然芽生えた女同士の友情。


「いや、その……いきなりはしたない真似をして申し訳ない」


 我に返ったエストは謝るが――


「エスト……こんなんじゃ、終わらせないからな」


 カイエは再び強引にエストを抱き寄せると……全面降伏したエストの甘い声が、暫くの間ディスティの居城の奥に響く事になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る