第285話 大聖堂


 そして翌日。カイエとローズは予定通りに大聖堂へと向かう。


 クレアはカイエの忠告に従って、同行を諦めたようだが――


「ホント……真面目というか、強情というか」


「そうね。でも、解ってる・・・・みたいだから構わないわよね?」


 大聖堂から距離を置いて、クレアと部下たちは今も待機している。逆探知を警戒して、遠見クレアボヤンスと遠距離からの魔力感知しか使っていないが。何か事が起きれば、短距離転移ディメンジョンムーブが使えるクレアが駆けつける算段だった。


「ああ、そうだな……俺としては『曇天の使徒』の方に期待・・してるんだけどな」


 ローズがカイエの肩にしな垂れ掛かりながら、二人で大聖堂の門を潜ると――


「おい、そこの二人……止まれ!」


 いきなり槍を手にした聖騎士たちに、行く手を阻まれる。


 見た目は聖騎士だが――彼らから敬虔さというモノは一切感じられない。魔法戦士と呼ぶ方が正解だろう。


「何だよ、物騒だな……俺たちは丸腰だけど?」


 カイエの言葉通りに、二人は平服で武器など持っていなかった。


「惚けるな……魔力が駄々洩れなんだよ」


 聖騎士たちの指揮官――淡い色の髪をオールバックにして、黒いローブを纏う三十代の男が鋭い眼光を向ける。


「ああ……そいつは悪かったな。隠すのを忘れてたよ」


 勿論、これは嘘で……カイエは相手の反応を伺うために、それなり・・・・の魔力をわざと放出している。


 そして、収穫はあった――男はすでに支援魔法を多重展開しており。カイエが見せている魔力の二倍程度・・・・なら、十分に捻じ伏せられる準備は完了している。


 つまり、この男は相手の力量を正確に測った上で、不測の事態に備えて対応しているという事だ。


「御託は良い……あからさまに魔力を発動して大聖堂に足を踏み入れたんだ。今すぐ殺しても良いが……死にたくないなら質問に応えろ。貴様がここに来たのは、誰の差し金だ?」


 殺す事に一切躊躇のない敵意――逆の立場なら当然の対応なので、カイエはむしろ感心していたが。


「ねえ、オルガ……ちょっと、待とうか。その人も謝ってるんだから……殺すとか言って脅すのは、やり過ぎじゃないかな?」


 もう一人、五メートルほどの距離を置いている相手に――カイエはさらに興味を持った。


 サラサラの金髪に、紫色の瞳――年齢は二十代後半というところか。ルーズな服を着た惚けた感じの男は、禍々しい魔力を放つ細い剣を手にしていた。


「クロウフィン……邪魔するな。これは俺の獲物だ!」


 オールバックの三十代――オルガは鋭い眼光をクロウフィンに向けるが。


「駄目だよ……だって、僕の方がオルガよりも強いんだし。その二人は……オルガが思っている以上の強敵だからさ」


 金髪の惚けた男――クロウフィンは、少なくともカイエとローズが本来の力を隠している事には感づいている。そして実力の方も……本人が言っている事は間違いじゃなかった。


「カイエ……どうするの? 私としては……カイエに失礼な事を言う相手なら、容赦なんてしなくて良いと思ってるわよ」


 ローズは完全に魔力を隠しており――クロウフィンも魔力を感知したのではなく、実力者としての勘から彼女の力を推測しているだけだ。


「いや、ローズ……もう少し待ってくれよ。こいつらは……想像していたより、面白そうだからさ」


 オルガとクロウフィンだけじゃない――大聖堂には、他にもカイエとローズに反応している者たちがいる。


 つまり……それなりに・・・・・カイエを楽しませてくれる状況な訳で。少なくとも、退屈する事はないだろう。


「それで……オルガにクロウフィン。俺はカイエ・ラクシエル……神の化身や魔神の差し金とかじゃなくて、俺自身がおまえたちに興味があるから話をしに来たんだ。

 まあ、おまえたちが警戒するのも解るからさ。拘束するなら好きにしろよ。だけど……攻撃するなら相手になるけど?」


「貴様……」


 オルガがさらなる殺意を向けると、クロウフィンがそれを制して訳知り顔で言う。


「ハハハ……なるほどね。カイエ・ラクシエルって……向こう・・・の世界を滅ぼし掛けた魔神の名前だよね。もしかして……本人とか?」


「何だよ。解ってるなら、話が早いな」


 漆黒の瞳が面白がるように笑う――カイエが魔神だと、クロウフィンも本気で考えている訳ではないが。勘の良い彼は一瞬躊躇ためらう。


「だったら、拘束させて貰おうかな……オルガ、邪魔だから退いてくれ」


 クロウフィンが短く呪文を詠唱すると、二本の銀色の鎖が出現してカイエとローズに絡みつく。

 束縛の鎖リストリクトチェイン――身体だけではなく、魔力の発動も封じる上位魔法だ。


「じゃあ……大聖堂の中に案内してくれよ」


 魔法を発動しても、カイエはまるで意に介す様子もなく。


「そうね……カイエが貴方たちの事を知りたいみたいだから。とりあえず、私も大人しくしているわよ」


 ローズは優しげな笑みを浮かべる――クロウフィンは警戒心を強めるが。この状況で何が出来るものかと思い直して、二人を連行した。


※ ※ ※ ※


緊急事態エマージェンシーです。クレア小隊長リーダー……カイエ殿とローズ殿が拘束されました」


 クレアの部下――同じ特務魔術士であるアルト・ノヴァが真剣な顔で告げる。諜報活動に特化した魔術士であるアルトは、使い魔である鳥を中継した遠見クレアボヤンスの魔法で、大聖堂で起きた一部始終を目撃していた。


「ああ、解っている……」


 カイエとローズ――あの二人が大聖堂に行けば、只事で済む筈などない。それくらいは覚悟していたから……クレアは躊躇する事なく、短距離転移ディメンジョンムーブの呪文を唱える。


 しかし――


「小隊長……」


「ああ……解っている」


 何故か、短距離転移ディメンジョンムーブは発動しなかった。


 何かが魔法の発動を妨げたのだが――相手はクレアたちの存在に気づいていないし、クレアも用心して大聖堂の外に転移しようとしたから。ブレストリア法国の連中が妨害というのは考えにくい。


 ならば、一番可能性が高いのは……信じ難いが、あの男・・・が邪魔をしたという事だ。


「アルト、キリエ、ラガン……現時点より、我々は第一級警戒態勢に移行する!」


 部下たちに命じながら――クレアは加速ブーストを重ね掛けして走る。


 遠距離から他者の魔法すら制御できるカイエ・ラクシエルという男が――これから何をしようとしているのか。『暴風の魔神』ディスティニー・オルタニカの臣下であるクレアには、それを見極める必要があった。


 そして、認めたくはないが……カイエが何をしようとしているのか。クレア自身も、それを確かめずにいられなかったのだ。

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