第286話 曇天の使徒


 銀色の鎖に拘束されながら――カイエとローズは大聖堂の広い廊下を歩く。


 先導するのは、オールバックで鋭い目つきのオルガで。周囲を聖騎士たちが固めて、ルーズな服の金髪クロウフィンは、一番後ろから付いて来ている。


 警戒しているのは、彼らだけではない――大聖堂のそこかしこから、抜け目のない視線を感じる。上位魔法以上の使い手が、ここには何人いるのか……カイエは魔力の大きさと数から把握して、面白がるような笑みを浮かべる。


「ねえ、カイエ……」


「ああ、解ってるよ……あいつが来ると面倒な事になるからな」


 まるで緊張していない感じの二人を、


「おい、貴様ら! 何を話してる?」


 オルガが殺意を込めて睨むが、効果など微塵も無く。


「ああ、こっちの話だからさ。気にするなよ……それよりさ、どこに案内するんだよ? 俺としては、おまえたちの事情に一番詳しい奴と話がしたいんだけど」


「貴様……」


 気の短いオルガは足を止めて、怒りの形相で拳に魔力を込めるが。


「おい、オルガ……」


 トーンの低くなった声で、クロウフィンにいさめられて。オルガは苦虫を噛み潰したような顔で、再び歩き出す。


 そして、彼らが向かった先は――地下にある薄暗い部屋。当然窓はなく、床にも壁にも天井にも、何重にも魔法による防護が施されており。天井の電球のような永遠のコンティニュアルライトが、周囲の空間を照らし出していた。


「随分と警戒してるな……まあ良いけど。それで……誰と話をすれば良いんだ?」


「黙れ! 詰問するのは俺たちの方だ!」


「うるさいよ、オルガ……カイエ・ラクシエル。少し待っていて貰えるかな。僕が話をしても良いんだけど……君と話をするのに、もっと適切な人物を連れて来るからさ」


 そう言ってクロウフィンは部屋を出て行くが――最後にズルそうな顔でオルガを一瞥する。


 自分がいない間に短気なオルガが手を出すなら……それでも構わない。束縛の鎖リストリクトチェインと部屋の防護があるのだから、仮にオルガと部下が殺されたとしても、それ以上被害は広がらないだろう。


 逆にオルガが二人を殺してしまえば――死体から情報収集・・・・・・・・をするために、嫌な奴らの手を借りるハメになるが。


(万が一にも……オルガに殺されるようなタマじゃないって、僕は思うけどね)


 オルガがいなくなった部屋で――


「おい、おまえたちは客にお茶も出さないのか? それに椅子もない部屋で待たせるとか、随分な扱いだよな。まあ、良いけど……だったら、勝手にやらせて貰うよ」


 カイエは豪華な長椅子を出現させると、鎖に縛られたままローズと二人で腰を下ろす。


「何だと……貴様、魔法を使ったのか?」


「あ、見て解るだろ……ローズも飲むだろ?」


 クロウフィンの束縛の鎖リストリクトチェインで魔力を封じている筈なのに――カイエは事も無げに、冷たい紅茶の入った二人分のグラスを出現させる。


「うん、ありがとう。でも、この格好だから……ねえ、カイエ。飲ませて」


 甘えた声を出すローズに、カイエは笑みで応えると。魔法でグラスを移動させて、ローズの口元にあてがう。


「うん、美味しい……でも、今度は口移しで飲ませて」


「ああ、良いよ。ほら、ローズ……」


 突然出現したピンク色の空間で、二人の唇が近づいていく。


「貴様ら……ふざけるな! 俺を馬鹿にして……どうやら、今すぐ死にたいらしいな! おい、この無礼な奴らを殺せ!」


 キレれたオルガの命令で聖騎士たちが一斉に槍を突き出すが――何かに阻まれて、カイエとローズに届く事はなかった。


「おい、オルガ……落ち着けって。俺たちは何もしてないだろ?」


 そんな事を言いながら――カイエはオルガを弄って遊んでいた。今、敵対的な行動を取ると情報収集に支障が出るかも知れないが……勝手に絡んで来るオルガがウザいから、正当防衛の範囲なら構わないだろう。


「貴様……俺が殺してやる!」


 案の定、オルガは掛かって呪文の詠唱を始める。そして、オルガが召喚したのは炎を纏う獅子で――


※ ※ ※ ※


 二十分ほど経って、クロウフィンは要人を連れて戻って来る。


 地下室の中は魔法で監視していたが――


(何だよ、オルガ……試金石として犠牲になってくれるって期待したのに)


 肩透かしを食らった気分で、クロウフィンが地下室の扉を開けると――火焔の猛獣フレイムビーストが、床に穿うがたれた大穴に頭を突っ込んで痙攣していた。


 その傍らで……オルガと聖騎士たちが真っ青な顔でガタガタと震えている。


「クロウフィン、勘違いするなよ……仕掛けて来たのは、オルガだからさ」


 カイエとローズは銀色の鎖に縛られたまま、長椅子で寛いでいる。


「ちょっと待てよ……この僕に幻影を見せたって事?」


 クロウフィンは惚けた仮面を脱ぎ捨てて、禍々しい魔力を放つ剣に手を掛けるが。


「クロウフィン……らしくありませんね、何を狼狽うろたえているんですか」


 女の声に――ハッとなって、片膝を突く。


「シャーロン様……失礼しました」


 クロウフィンの背後から現れたのは――亜麻色の髪を団子状に二つに束ねた二十代の美女で。魔族の特徴である尖った耳と、冷たい眼差しが印象的だった。


「なかなか、面白い事をしますね……『混沌の魔神』の名を騙るだけの事はあるかしら」


 薄笑いを浮かべながら――『曇天の使徒』第三席であるシャーロン・フォルセリアが無詠唱で魔法を発動すると、火焔の猛獣フレイムビーストが消え失せる。


「オルガは部下を連れて下がりさなさい……無様な敗北者は目障りです」


 口調は丁寧だが――有無を言わせぬシャーロンの迫力に、オルガたちは慌てて頭を下げて部屋を出て行く。


「さて……それでは話を始めましょうか。カイエ・ラクシエル……その名前に負けて、私を失望させないで欲しいわね」


 シャーロンは自信たっぶりに笑った。

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