第284話 ブレストリア法国
『曇天の神の化身』アルベルト・ロンダルキアと別れてから――カイエとローズは、通過してしまったブレストリア法国の首都リンドアに戻った。
リンドアは如何にも宗教都市といった感じで。市街のそこかしこに『曇天の神の化身』の教会が立ち並び、年の中心には城塞のような大聖堂が聳えている。
しかし、教会の修道士や聖騎士たちは敬虔な信徒というよりも、為政者に仕える高圧的な官僚という感じだった。
「まあ……
リンドアの街中を歩きながら、カイエは行き交う人々を観察する。教会関係者以外は、街で見かけるのは他の国と同じような至って普通の人々で。何か特別という感じはしなかった。
「聖王国の教会だって、上層部の人たちは大差ないと思うわよ。
こんな会話をしながらも――カイエの肩に凭れ掛るローズは、いつも以上に乙女モード全開だった。カイエがアルベルトに『ローズは俺のモノだから』と宣言してくれた事が、嬉しくて堪らないのだ。
ピンク色の空気を放ちまくる美少女のローズに、行き交う人々は思わず目を止めて――見惚れる者や、カイエに嫉妬を懐く者、甘すぎる空気に顔を顰める者など、反応は様々だったが。そんな彼らの反応など、ローズもカイエも一切お構いなしだ。
「とりあえず、適当なタイミングでディスティの部下と合流するけど。でも、その前に……もう少し二人で歩くか」
「うん……カイエ、嬉しい!」
ウインドーショッピングをしたり、露店で食べ物や飲み物を買いながら。カイエとローズは街中のデートを堪能する――二人きりの時間を邪魔されたくないという事も、ディスティとヴェロニカを連れて来なかった理由の一つだった。
※ ※ ※ ※
「カイエ様、ローズ様、お初にお目に掛かります……私はクレア・オルガン。ディスティニー・オルタニカ様に仕える特務魔術士です」
ベリーショートの髪に、キリリとした眉――クレアは如何にも仕事が出来そうな感じの女だった。
クレアにとっては敵国に当たるブレストリア法国で、ディスティの名前を堂々と出しているが。魔法を使って部屋の外に声が漏れないように対処しているし、
「とりあえず……様をつけるのはやめてくれよ。俺の事もローズの事も呼び捨てで構わないからな」
「解りました……では、カイエ。これまでに掴んだ情報をお伝えしますので、食事をしながら聞いて下さい」
クレアは見た目通りの仕事が出来る女で――余計な脚色などせずに、収集した情報を完結に整理して伝える。
ディスティの部下なのにと、意外に思うかも知れないが――カイエと一緒にいるとき以外、普段のディスティーは計算高く、為政者としても有能なのだ。実力主義で人族にも魔族にも分け隔てなく接する彼女の下には、有能な人材が集まっている。
「ブレストリア法国の上層部には少数ながら魔族もいますが、一般市民は人族のみです。我々のビアレス魔道国とは違い、表向きは
クレアはディスティの臣下である事に誇りを持っており、それが言葉の端々に感じられる。
「しかしながら……ブレストリアの上層部が強兵を抱えている事は否定できません。『曇天の神の化身』の権能持ちは見当たりませんが、ブレストリア軍には様々な分野の魔法に長けた者たちがおり。さらには『曇天の使徒』を名乗る上層部のメンバーたちは、一筋縄ではいかない者たちばかりです……ディスティニー様に仕える我々ほどではありませんが」
「ふーん。『曇天の使徒』ね……そいつらが使う魔法には、少し興味があるかな」
彼らが『深淵の学派』の末裔であれば、異世界への扉を開く事ができるレベルの魔法技術を持っている可能性がある訳で。他の魔法に関しても期待できるんじゃないかと、カイエは思っていた。
「ブレストリア上層部の主な者たちは大聖堂にいます。潜入するのでしたら、我々がご案内します」
クレアは単独行動ではなく、少数ながらも精鋭の部下たちを率いていた。今も部下の半分は他の客に紛れて部屋の外で警護をしており、残りの半分は別行動で法国の調査を続けている。
「いや、別に良いよ……潜入なんて面倒な事をする気はないからさ。クレア、おまえたちのお陰で手間が省けたから……あとは正面から行って、奴らと直接話をするだけだ」
「正面からですか……僭越ながら、相手が素直に応じるとは思えませんが」
クレアはカイエとローズの実力を知らない――ディスティは不審な動きのある国を探せと命じただけで。カイエとローズについても『私の大切な人』としか伝えていなかった。
魔道国の首都ビクトリノの冒険者ギルドで、ディスティとカイエが起こした騒ぎについての噂程度には聞いており。ディスティが特別視する二人が、只者ではないとは思っているが……常識的に考えれば、法国の本拠地を正面突破するなど、幾ら何でも無謀過ぎる。
「クレアさん、大丈夫よ。カイエなら問題ないわ。むしろ……相手の方が、ちょっと可愛そうだって思うけどね」
クレアが話をしている間も、ローズはカイエに延々と『あーん!』とやっていた――人目を
クレアに微笑み掛けるローズは――先程までのバカップルぶりが嘘のように、圧倒的な存在感を放っていた。
(何、この人……綺麗で可愛い……)
同性だというのに、主であるディスティとはまた違う魅力を放つローズに、クレアは一瞬見惚れてしまう。
「まあ……そういう事で。明日、俺とローズで奴らのところに行って来るよ」
相手が敵ならば今から押し掛けても良いが――現時点では敵でも味方でもないのだから、そこまで強引に行くつもりはなかった。
「では……我々も同行させて頂きます」
クレアはディスティから、カイエたちに協力するように命じられており。自分ならば役に立てるという自負もあった。
「いや、ディスティの部下のおまえが一緒に来ると、ビアレスとブレストリアの国際問題になるかも知れないからさ……相手の出方によっては、俺は遠慮する気なんてないから」
カイエは気楽な感じで物騒な事を言う。冗談に聞こえるような台詞だが……クレアはゴクリと唾を飲み込む。
相手が敵になるなら、徹底的に叩き潰す――カイエの漆黒の瞳が、そう語っていたからだ。
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