第283話 痛み
「『曇天の神の化身』アルベルト・ロンダルキア。貴方にとって私たちは、勝手にやって来た邪魔者に過ぎないんでしょうけど……カイエを侮辱した貴方を、私は許さないわ!」
ローズはアルベルトを思いきり睨みつける。
「何を言っている……俺はおまえたちに興味がないだけだ」
アルベルトは応えるが――剣を止めないどころか、視線すら動かさなかった。
「
ディスティやヴェロニカ、レイナに対しては寛容だから、誤解があるかも知れないが――ローズが優しいのは、カイエの事を本気で大切に想っている相手に対してだけであり。カイエに仇なす者に対しては、譲歩をする気などサラサラ無かった。
「おい、ローズ……俺はそこまで気にしてないからさ」
カイエは宥めようとするが――
「ごめん、カイエは黙ってて……カイエが良くても、私が許せないのよ!」
今も二人を無視して剣を振り続けるアルベルトに、ローズはゆっくりと近づいていく。
「アルベルト・ロンダルキア。貴方にとって剣がどれほど大切なのか、私には解らないけど……人が話し掛けてるのに手を止めないなんて、貴方は最低限の礼儀も知らないのね!」
アルベルトは神の化身であり――しかも、
憎悪や怒りを向けられて、殺し合う事になっても仕方のない相手なのだから。不遜な態度を取られるくらいは、まだマシだという事は理解しているが……
「貴方とカイエが敵同士なのは解っているけど……敵に対しても礼儀っていうモノがあるでしょう? 貴方にとってカイエは、礼儀を見せる価値もない相手だっていうの!」
ローズの正論を、アルベルトは無下もなく切り捨てる。
「貴様は何を言ってる……興味がないのいうのは、
この言葉が――ローズ逆鱗に触れた。
ローズは肩を震わせながら、ニッコリ笑うと……神剣アルブレナを抜き放つ。
「アルベルト・ロンダルキア……私と勝負しなさい! 貴方の剣技なんて、カイエに比べれば二流も良いところだって事を、私が証明してあげるわ!」
その瞬間、アルベルトの動きがピタリと止まる。
「貴様……俺の剣を愚弄するのか!」
アルベルトが初めて見せた感情は――灼熱の炎のような激しい怒りだった。
ローズはアルベルトの怒りの視線を平然と受け止める。
「そうね。貴方の事も剣の事も……私は絶対に認めないわ!」
「人族風情がふざけた事を……後悔させてやる!」
アルベルトは流れるような動きで、自分の身長ほどもある長物の剣を一閃するが――ローズは軽く受け流して、続けざまに斬撃を見舞った。
互いに無駄の無い研ぎ澄まされた動きだが――アルベルトの形に拘る太刀筋に対して、ローズの剣はあくまでも実践的だ。力ずくで押し込む事もあるし、ときには素手や足だって使う。
「私はカイエに鍛えて貰ったんだから……貴方なんかに敗ける筈がないわ!」
制約によって力をセーブした状態のアルベルトよりも、
そして技量という意味でも、ローズの方が勝っており。アルベルトを殺してしまわないように、魔力を加減しながら戦っていた――
そもそもローズは、アルベルトを殺したいとは思っていないし。今の状態のアルベルトを殺してしまえば、精神体に魔力の大半が残り。カイエたちの世界に帰還して、再び具現化する事が可能だからだ。
そんなローズに対して、アルベルトは苛立ちを覚える。
「貴様の戦い方は美しくない! そんな強引なやり方は……間違っている!」
ローズが力を加減した状態でも、アルベルトは押し敗けており。不意打ちのような拳や蹴りを防ごうとして、アルベルトの動きは崩される。
総合力でアルベルトの方が劣っているのだが――彼は
「良いだろう……俺の本当の力を見せてやろう!」
「……カイエ!」
「ああ、解ってる……」
カイエが広域認識阻害を展開した直後――アルベルトの全身から、暗灰色の魔力が溢れ出す。
曇天のようなオーラを纏うアルベルトは、人族とは次元が違う圧倒的な魔力を放っていた。
「さあ……ここからが、本当の戦いだ。人族風情が……思い上がるな!」
形成逆転――アルベルトの神の化身の
アルベルトの動きは変わらないが、先程まで受け流せた剣に押し敗ける――しかし、そんな事は承知の上だから。ローズは魔力をピンポイントで制御して、対抗する。
魔力の絶対量では決して勝てないが――それだけで勝敗は決まらないし、そんな理由で敗けたくない。
「アルベルト……貴方は勘違いしてるわ。本気を出したって……結局、貴方の剣なんてこんなものよ」
完璧なタイミングと一点集中、そして魔力を極限まで効率的に発動する事で――ローズは神の化身と人族の差を埋めて、力負けすらせずにアルベルトと渡り合う。
「何故だ……何故、貴様は倒れない! 俺の剣は完璧で、貴様は人間風情だというのに!」
「まだそんな事を言ってるの……それは貴方に覚悟がないからよ!」
ローズはさらに加速する――しかし、加速しながらも動きに微塵のブレもなく。魔力操作も決して雑にならない。
カイエと一緒にいたい。カイエの力になりたい――その想いが、ローズを強くした。
そして、これからもずっとカイエの隣を歩いて行く――だから、こんな相手に敗ける訳にはいかないのだ。
ローズの戦い方は何処までも実践的で、形にも手段にも拘りはないが。強くなる事、そして勝ち残るためだけに研ぎ澄まされた動きは――美しかった。
(……この気持ちは何だ?)
その美しさは……ローズの戦い方を否定したアルベルトの心すら捉える。戦いの最中だというのに、ローズの動きに目を奪われてアルベルトの動きが鈍る。
この隙を――見逃すほど、ローズは甘くなかった。
力と技の全てを込めた一撃が、アルベルトの長物の剣を両断する。
呆然とするアルベルトに――ローズは不敵な笑みを浮かべる。
「もう十分よね……まだ戦うなら、私は止めないけど」
「いや……俺の負けだ」
ローズを見つめるアルベルトの熱い眼差し――ローズはおろか、アルベルト本人すら、その感情の正体に気づいていなかった。ただ一人を除いては……
「アルベルト……おまえの女の趣味が悪くないのは解ったけどさ」
カイエはアルベルトに見せつけるように、ローズを抱き寄せて。
「ローズは俺のモノだからな……手を出すなら、覚悟しろよ」
「もう……カイエ、何を言ってるのよ」
ローズは頬を染めて、嬉しそうにカイエに凭れ掛かる。頑張ったんだから誉めてと、褐色の瞳が語っていた。
「いや、ローズ……今のは、ちょっとやり過ぎだろ。俺のために怒ってくれたのは嬉しいけどさ……」
「うん。ごめん、カイエ。反省してるわ。だから……」
まるでアルベルトなど存在しないかのように、互いの唇を求めるローズとカイエ――その傍らで、アルベルトは長い生涯で初めて感じる胸の痛みを抱えていた。
(この痛みは……)
自分の想いの正体に、アルベルトはまだ気づいていなかったが……
ローズ・ラクシエルの剣は美しい――それだけは、認めるしかなかった。
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