第246話 次の行き先と寄り道


「私にとっては、今も昔も変わらないわ。それよりも『眠り狼』と『狂乱の魔女』。貴方たちがギルドに復帰するなら、最優先で仕事を回してあげるわよ……貴方たちの腕だけ・・は信用してるから」


 ギルドのお局様ギジェット・ダルフィンは、艶のある笑みを浮かべながら勝手に話を進めようとする。


 ギジェットの年齢は三十代半ばで、ログナよりも年下、アルメラよりも年上というところだ。他の職員の女性たちに比べたら明らかに年上で、その堂々とした態度にはギルドマスターすら頭が上がらない。


 三つ編みの濃いブラウンの髪に薄い化粧と地味なスタイルで、きつい目つきと口調もあって冒険者たちは彼女を恐れているが。顔の造形は整っているから、ギジェットが先程のように艶のある笑みを浮かべると――美人だと思い出したかのように、思わず見とれてしまう。


「……何?」


 しかし、ギジェットに睨まれて、彼らは慌てて目を逸らす――勘違いしてしまったが、彼女は恐ろしいお局様なのだ。


「ギジェットさん・・は……その二人の事を知っているの?」


 レイナが遠慮がちに口を挟む――『さん』付けで呼んでいる事に、カイエは違和感を感じるが。昨日の記憶を思い出すと、冒険者たちと飲んでいるカイエを呼びに来たレイナは、何故かギジェットと決して目を合わせようとしなかった。


「ああ、レイナは知らないでしょうけど……『眠り狼』と『狂乱の魔女』は、うちの元看板冒険者なのよ。白金等級プラチナレベル……それも唯の白金プラチナじゃなくて、もっと上の等級がないから白金プラチナだったって奴よ」


 ギジェットの説明に、冒険者たちが一斉にログナとアルメラに注目するが。


「そんなの昔の話だろう? ギジェット、今さらなんだよ……」


 ログナは頬を掻きながら面倒臭そうな顔をすると、その隣でアルメラが何故か彼を睨んでいた。


(なるほどね、色々な意味で昔馴染みって事か……まあ、どうでも良いけどな)


 カイエの視線にギジェットは気づいて、含み笑いを浮かべると。


「それで、『眠り狼』と『狂乱の魔女』……冒険者に復帰するの、しないの? 私は忙しいんだから、さっさと決めて貰えない?」


 ギジェットに急かされて――結局ログナとアルメラは、冒険者に復帰する事になった。




 ギジェットという傍迷惑な嵐が勝手にやって来て、勝手に去って行った後――『暁の光』と、ログナとアルメラとカイエの九人は、ギルドの奥にある個室を借りて顔を付き合わせた。昔馴染みである二人のために、ギジェットが部屋を提供したのだ。


「ふーん……ログナさん・・とアルメラさん・・は強いんだ? だから、カイエはあんたたちと……」


 昨日の夜、カイエが二人と一緒に聖城に行った話を聞いて――レイナは不機嫌そうに顔を背ける。自分は置いて行かれたのに、二人を連れて行った事に……レイナはストレートに嫉妬していた。


「いや、レイナ……こいつらは違うんだよ。自分の欲望のためなら、平気で命を差し出せるイカレた奴だからさ……おまえには理解出来ないだろうが、その方が正常だからな」


 レイナに納得させるのは難しいと解っていたが、適当に誤魔化すのも違うとカイエは思っていた。


「まあ、そういう事だ……」


 ギジェットから解放されて、いつもの調子を取り戻したログナが相槌を打つ。


「俺とアルメラは自分がイカれてるって自覚してるからな。面白いモノが見られるなら、いつ死んだって構わないんだよ」


「そうね……だから、ハーフエルフのお嬢ちゃんは、私の真似をすると火傷するわよ?  勿論、私もカイエと火遊びがしたいけど……もっと興奮するような光景を見たいって気持ちの方が強いわね」


 相変わらず揶揄からかうような口調のアルメラに、レイナが怒りの視線を向ける。ホント、いい加減にしろよとカイエは思っていたが、面倒臭いので放置する。


「それで……カイエは『雷の神の化身』のところに行って来たんだよね? まさか、そこまでするとは僕も予想していなかったよ」


 トールはニッコリと笑顔を浮かべているが――内心では、冷や汗を掻く思いだった。帝国の絶対的支配者であり、正に人を超越した力を持つ相手に正面から文句を言いに行くなど……しかも『雷の神の化身』を黙らせて、無傷で帰って来たと言うのだ。


(カイエもそうだけど、この二人も……)


 カイエのような異常な力を感じる訳ではないが、だからこそ『雷の神の化身』のところに同行した度胸を恐ろしく思う。彼らの実力が『暁の光』の誰よりも上だという事は、白金等級プラチナレベルだと聞く前から気づいていたが。それでも『神の血族』にすら勝てるレベルではないだろう。


「カイエには、改めて礼を言うよ。『神の血族』の件を片付けてくれて、ありがとう」


 アランが生真面目に礼を言う。自分が何も出来なかった事に、まだ落ち込んでいるようだが……それでも『暁の光』のリーダーとして、必死に自分を奮い立たせようとしていた。


 そんなアランの姿を見て、他のメンバーたちも深く頷く。カイエと出会ってから、たった一日の間に信じられない事ばかり起きたが。自分たちは自分たちに出来る事をするだけだと、決意を新たにする――今もアルメラを睨んでいるレイナを除いて。


「おい、レイナ……いつまで、そうしてるつもりだ?」


 アランに言われて、『この女が悪いんじゃない!』とレイナは顔を顰めるが。


「……解ったわよ。ところで、カイエはこれからどうするつもりなの? そもそも、カイエが帝国に来た目的って何なのよ?」


 カイエは帝国に来たばかりで、この国の情報が知りたいと言っていたが……『雷の神の化身』に直接対面したという彼が、特別な目的もなく帝国に来たとは思えなった。


 そう思っているのは他のメンバーも、ログナとアルメラも同じで――期待と不安が入り混じる視線が集まる中、カイエは面白がるような笑みを浮かべる。


「俺は『神の化身』と『魔神』が何を企んでいるのか探るために来たんだよ。トリストル《・・・・・》の話は聞けたからな、次は別の奴のところに行くつもりだけど」


 『雷の神の化身』を呼び捨てにするカイエに、レイナたちは息を飲む。ログナとアルメラは昨夜聞いていたから驚かなかったが……余りにも不遜な態度のカイエに、背中がゾクゾクするような快感を覚えていた。


「ここから一番近いのは……『暴風の魔神』がいるビアレス魔道国だよな? でもその前に、寄りたい場所があるんだよ」


 悪戯っぽく笑う漆黒の瞳に、レイナの視線が思わず釘付けになる。


「え……それって……」


「確か、帝都の近くに地下迷宮ダンジョンがあるって言ってたよな?」


 『暁の光』のメンバーから帝都に関する情報を聞いたときに、地下迷宮ダンジョンの話題も出ていた。


 地下迷宮ダンジョンとは、世界を創造した者たちが残した遺物であり――そこに行けば、彼らの足跡を辿れる可能性がある。


 もっとも、カイエがいた世界でも、大抵の地下迷宮ダンジョン唯の・・遺物であり、創造者たちの居場所に辿りつくような情報が残っている訳ではなかった。

 だからカイエも、そこまで期待している訳ではなく……異世界の地下迷宮ダンジョンそのものに、興味があるというだけの話だ。


「へえー……カイエは地下迷宮ダンジョンに行くんだ? だったら、私たちが案内してあげるわよ」


 レイナが嬉しそうに言う――『神の化身』とか『魔神』とか、そんな話になって。自分たちとは別世界で、とても付いて行けるとは思えなかったが。地下迷宮ダンジョンならば話は別だ。何しろレイナたちは、冒険者なのだから。


「ああ。レイナたちが構わないなら、案内を頼むよ」


 カイエがアッサリと承諾したので、レイナは思わず満面の笑みを浮かべる。


「俺たちも……カイエが地下迷宮ダンジョンに行くなら是非同行したい」


 アランは仲間たちの反応を確認しながら応える。


地下迷宮ダンジョンか……久しぶりだけど、カイエと一緒なら面白そうね


「ああ……たまには良いかもな」


 アルメラとログナも同意するが――


「いや、話の腰を折るようで悪いんだけどさ……地下迷宮ダンジョンに出発するのは三日後にしたいんだけど?」


「別に良いけど……何か準備をするとか?」


 カイエならすぐに出発すると思っていたレイナが、意外そうな顔をする。


「まあ、そんなところかな……」


 言葉を濁すカイエに――レイナの女の勘が警鐘を鳴らす。


(いや……まさかね? カイエは帝都に始めて来たみたいだし……でも、アルメラの事もあるから……)


 難しい顔をするレイナに、カイエは思わず苦笑する。レイナの勘は当たっていたのだ。この三日間を使ってカイエが向かった場所は――




 赤い髪の少女は寝起きの顔を洗ってから、ダイニングキッチンへと向かうと――世界で一番愛しい少年がいる事に気づいて、思いきりその胸に飛び込む。


「……カイエ! 帰って来たのね!」


「何だよ、ローズ。大袈裟だな……こっちの世界じゃ、俺が出掛けたのは昨日の事だろう?」


 そう言いながら、カイエはローズを優しく抱きしめる――カイエにとっては九日ぶりの再会だった。


「だって……いつも一緒に寝てたのに。昨日はカイエが居なかったから……」


「ああ、ちょっと帰るのが遅くなったな。悪かったよ……」


 二人の声に気づいたみんなが文字通り飛んで来る――これから六時間ほど、カイエは彼女たちのためだけに時間を費やすつもりだった。

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