第245話 意外な掩護射撃


「か、身体だけって……あんた、何を考えてるのよ!」


 カイエの力と身体だけにしか興味がないと、堂々と宣言したアルメラに。レイナの怒りの視線を向けるが――アルメラは余裕の笑みを浮かべる。


「そんなに興奮しないでくれる? エルフ族だって互いの身体を求め合うのは自然な事でしょう? 恋愛感情がないと駄目とか、お子様みたいな事は言わないでよね。さっきの感じだと貴女はカイエに相手にされていないみたいだけど。まあ、その身体じゃね……」


 遠慮のない視線で、レイナの全身を舐め回すように見る。確かにレイナはスレンダーで肉感的とは言えないが……それを一番、本人が気にしていた。


「ふ、ふざけるんじゃないわよ! あんたみたいなビッチ……カイエが相手をする筈がないでしょ! 私はハーフエルフだから、人族の魅力もエルフの魅力も両方持ち合わせて……カイエは胸とお尻の大きさなんて気にしないわよね?」


 レイナは反撃するが途中から声が小さくなって、最後は涙目で何故かカイエを睨む。


「……俺は別に大きさなんてどうでも良いけどな」


 おまえらの喧嘩に巻き込むなよと、カイエは呆れた顔をする。しかし、その一言にレイナは顔を輝かせて、再び強気になった。


「ほら! カイエだって、こう言ってるじゃないの!」


「あら……でも、無いよりはあった方が良いわよね?」


 アルメラは妖艶な笑みを浮かべて、前かがみになって豊かな胸を強調する。


「おい、アルメラ……そういうのは間に合ってるんだよ」


 だから、俺を巻き込むなとカイエは釘を刺すが。


「何だ、残念……だけど、そのうちに気が変わるかもね?」


 アルメラは全く懲りずに、指先を伸ばしてカイエの頬に触れようとする。

「ちょ……ちょっと待ちなさいよ、このビッチ! カイエが嫌がってるでしょ!」


「あら、カイエは別に嫌がってないわよ……私は自分の武器を使って、どんどんアプローチするわ。結局のところ、決めるのはカイエだから、ハーフエルフのお嬢ちゃんに文句を言われる筋合いじゃないでしょう?」


 したたかなアルメラは、カイエの反応を見ながら彼が怒らないギリギリを攻める。本音を言えば、彼女はレイナなど眼中になく。大人な自分をアピールするための材料として利用するつもりだった。しかし、計算違いだったのは――この・・件に関しては、レイナの沸点が想像以上に低かった事だ。


 アルメラの指先がカイエに触れる前に、レイナが手首を掴んで止める。


「だから……待ちなさいって言ったわよね? それ以上、カイエに強引に迫るなら……私が相手になるわよ!」


 敵意剥き出しでアルメラを睨みながら、手首を掴んだ手に思い切り力を籠める。それでもアルメラの余裕は変わらなかったが――売られた喧嘩を買わないような性格ではない。


「あら、痛いじゃない……すぐに暴力に訴えるとか、やっぱりお子様ね。だけど……お嬢ちゃんに私を止められるかしら? 貴女は自分の腕に随分と自信があるみたいだけど……私が現実ってモノを教えてあげるわよ」


 一触即発の空気を漂わせて二人は睨み合うが――カイエが後頭部を叩いて黙らせる。


「い、痛いじゃない……カイエ、何するのよ!」


「そうよ、カイエ! そんな事をされたら、私……」


 変態な反応を無視スルーして、カイエはフンと鼻を鳴らす。


「おまえら、いい加減にしろよ。何処で騒いでいるのか、解っていてるんだよな?」


 カイエの言葉に我に返ったレイナは――周りの冒険者たちが唖然としている事に気づいて、恥ずかしそうに頭を下げる。


「あ……皆、ごめん……」


 このとき、冒険者たちは喧嘩とは別の理由で驚いていた。


(((あ、あのレイナさんが……俺たちに謝るなんて!)))


 この冒険者ギルドで現役最上級の金等級ゴールドレベルであるレイナが、人に頭を下げるなど滅多にない事だった。しかし、だからと言ってレイナのプライドが特別高いという訳ではなく、普段は彼女の方が周りを窘める方だった。


 そして、アルメラの方はと言うと……全然反省する様子もなく。周りの反応を面白がるように眺めていた。

カイエに途中で止められはしたが、実力的には彼女の方が明らかに勝っている。たとえ相手が戦士タイプのレイナであろうと、勝つ手段など幾らでもあったのだが。


「騒がしいから誰かと思えば……『眠り狼』と『狂乱の魔女』じゃない? 懐かしいわね……もしかして、冒険者に復帰するの?」


 そう言ってギルドの職務室から姿を現わしたのは、昨日冒険者たちと一緒にカイエと酒を飲んでいた職員のお局様だった。その瞬間――余裕綽々よゆうしゃくしゃくだったアルメラの態度が、脆く崩れ去る。


「ギ、ギジェット……貴女、まだ・・ギルドで働いていたの?」


 信じられないモノを見たような顔のアルメラに、お局様ギジェットは蟀谷こめかみをヒクつかせる。


「まだとは……随分な言い方じゃない? ねえ、『狂乱の魔女』」……貴方には幾つも貸しがあったわよね?」


 ギジェットに睨まれて、アルメラはバツの悪そうな顔をする。


「おい、ギジェット……せめて昔の仇名で呼ぶのは止めてくれよ」


 これまで素知らぬ顔をしていたログナが、アルメラを庇うように割って入るが。


「何よ、『眠り狼』……貴方にだって沢山貸しがあるわよね? 忘れただなんて……絶対に言わせないから」


 わざと仇名を繰り返して、艶のある笑みを浮かべるギジェットに――ログナまでが反論できずに黙り込んだ。


 そんな三人の様子を――


(へえー……なるほどね)


 カイエは面白がるように眺めながら、全く止める気などなかった。

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