第241話 神の血族ともう一つの出会い


「用件は聞いてやるけど、もし俺と一緒にいた奴らに手を出すなら……この国ごと、おまえらを滅ぼしてやるからな」


 突然姿を現したかと思うと、大言壮語を吐く(ように見える)カイエに、監視役である地味顔の中年男ログナ・バロスが顔をしかめる。

 カイエが只者ではない事には気づいていたが、生意気なガキにしか見えないから、出来れば関りたくないタイプだと思っていた。


「おい、アルメラ……こいつで間違いないのか?」


 もう一人の監視役である女魔術士のアルメラが、看破ディテクトの魔法を発動する。

 一房だけ白が混じる黒髪で、口元のホクロが印象的な彼女は、魔法の結果を見るなり深く頷いた。


「ログナ。多分、当たりよ……少なくとも魔力は、唯の人族ってレベルじゃないわ」


 アルメラが警戒一レベルを上げると、


「俺にとってはハズレだけどな……仕方ねえ」


 ログナは溜息をつきながら、親指を立てて後ろを指す。やる気のない態度とは裏腹に、中年男には微塵の隙もない――パッと見に騙される者も多いが、ログナの実力は『暁の光』のメンバーの誰よりも数段上だ。


「俺たちの雇い主が、あんたに用があるんだよ。素直に付いて来てくれると助かるんだがな。あんたみたいな奴とり合う程の報酬は貰えないんでね」


「ログナ、もう少し真面目に交渉しなさいよ。そんなんじゃ、クビになるわよ?」


 それはアルメラも同じで、単に強さだけの話じゃなく。踏んで来た場数から来る連携の巧みさも、用心深さも『暁の光』を軽く上回っている――


 アルメラに感知させた・・・・・魔力は、勿論本来のモノではない。カイエは自分の正体を隠すつもりなどないが、無暗に力を見せつけるは趣味じゃない。だから、監視役である二人を釣るのに丁度良い・・・・魔力を見せたのだ。


 それに対してログナとアルメラは、最高レベルの警戒をして来た。確かにカイエが感知させた魔力でも二人にとっては十分脅威だが、二人掛かりであれば拘束くらいは出来る筈……普通なら、そう思いそうなところだが。


 彼らは何かあれば逃げる事を最優先にして、カイエと距離を決して詰めようとはしない――まるでカイエが実力を隠している事を知っているかのように。


「ああ、良いよ。付いて行くのは構わないけど――」


 意外そうな顔をする二人に、カイエは面白がるように笑うと。


「さっき言った事は忘れなるなよ……俺は本気だからな?」


 ログナに促されるままに歩き出した。


※ ※ ※ ※


 カイエが案内されたのは、帝都の中心部にある荘厳な造りの邸宅だった。

 五メートル以上ある高い天井と、大理石が埋められた床と壁――邸宅の広間には、二十人以上の武装集団が待ち構えていた。


 無論、数だけの話ではなく、彼ら全員が金等級ゴールドレベル冒険者以上の実力者であり。特に取り巻きに囲まれるように肘掛けに座る三人は別格だった。


「まさか、ここまで早く捕らえて来るとは思わなかったが……ログナとアルメラは相変わらず手際が良い。おまえたちは人族・・にしては、存外に優秀なようだな」


 中央の肘掛けから立ち上がった金髪巻き毛の偉丈夫は、この邸宅の主――ロッド・ラグハーン。帯電現象を起こす大剣をこれ見よがしに突き立てる彼こそ『神の血族』の一人であり、ログナとアルメラの雇い主だった。


 しかし、当の二人は雇い主が放つ魔力の危険性を知りながらも、このとき最も警戒していたのは別の相手――カイエだった。


「内輪の話なんて、どうでも良いからさ。さっさと俺を呼び出した理由を教えろよ?」


 ログナは『神の血族』が率いる武装集団が待ち構えている場所に案内した事に対して、カイエが騙されたと怒る姿を想像していたのだが……黒髪の少年は相変わらず面白がるように笑っている。


「黙りなさい、愚かな侵入者! 自分が置かれている状況すら理解出来ないようね?」


 ロッドの左隣に座る金髪ロングで吊り目の美女――ナターシャ・ラグハーンは冷笑を浮かべながら、銀の杖に稲妻を纏わせる。


「質問するのは私たちの方よ。命が惜しいなら素直に応えなさい……さもなければ、今すぐ永久に喋れないようにしてあげるわ!」


「貴様の主人は『焔の神の化身』か……それとも『雷鳴の魔神』辺りか? 『豊穣の神の化身』や『霊廟の魔神』だとしても驚かぬが……いずれにしても、帝都に侵入した貴様の罪に対して、我ら『雷の神の化身』の血族が裁きを下そうぞ!」


 『神の血族』の最後の一人である禿頭の美丈夫――ライアン・ラグハーンが、放電する槍をカイエに突き付ける。


 強大な雷の魔力を放つ『神の血族』三人と、彼らが率いる武装集団に取り囲まれて、絶体絶命のように見えるが……勿論、そんな事はなかった。


「やっぱり、俺を神の化身か魔神の飼い犬と勘違いしたって訳か……状況を考えれば当然だろうな。だけど、侵入者を捕らえるにも殺すにしても、帝国が本気ならもっと大掛かりにやってる筈だ」


 突き付けられた槍も、放電する剣も杖も、カイエは完全に無視する。


「つまり、おまえたちは自分の手柄にしたくて、独断で動いているって訳だ……対応が早かった事だけは褒めてやるけど。いつもこんな風に、手柄を立てようと網を張っているのか?」


「黙りなさいって言ったでしょう……『雷撃束縛ライトニングバインド』!」


 高圧電流が形作る縄がカイエを捕縛する――ナターシャが放った雷属性の上位魔法は相手を拘束する事を目的にしているから、与えるダメージは上位魔法としては低い。それでも普通の人族なら死は免れないし、『神の血族』であろうと激痛に苛まれる筈だが。


「何だよ、図星か……だったら、もうおまえたちの話なんて聞く意味はないな」


 魔法を真面まともに受けながら、カイエは呆れた顔をする。


「それで? こんな玩具オモチャみたいな魔法で、俺に何をするつもりだよ?」


「痩せ我慢も大概にしておけ……不愉快だ! どうやら貴様は殺されたいようだな!」


 ロッドは憮然とした顔で剣を構えて、カイエとの距離を詰める。彼の動きに追従するように、『神の血族』の配下たちも武器を構えて、取り囲む輪を狭めて行くが――


「おまえらにも……一度だけ警告してやる。俺は敵に対しては一切容赦なんてしないから……死にたいなら好きにしろよ」


 漆黒の瞳が放つ冷徹な光に――武装集団は凍り付いたように動きを止める。


「ライアン……」


「ああ、解っている……此奴こやつは、ここで殺しておくべき相手だ!」


 二人の『神の血族』は渾身の魔力を込めて、剣と槍をカイエに叩き込むが――二人の武器はカイエに触れる前に文字通り粉砕される。


「「「な(んで)……」」」


 言葉を失う三人の『神の血族』に、


「おまえらじゃ話にならないって、そろそろ理解したか?」


 カイエは残酷な笑みを浮かべて黙らせると。


「なあ、そこの地味なおっさんに、白黒髪の女……俺は『雷の神の化身』に話をつけに行くから、奴のいるところまで案内しろよ」


 カイエに指名されて……ログナは思わず爆笑する。その声は凍り付いた空間に響き渡った。


「ログナ、あんた……」


 気でも狂ったのかと心配そうなアルメラにログナは、らしくもなく片目を瞑る。


「いや、大丈夫だ……俺の人生も案外面白えなって思ってな」


 カイエ・ラクシエルとの出会いが、ログナ・バロスの人生を変えたと実感するのはもう少し後の話だが――


「良いぜ、若旦那……地獄までだって案内してやるよ。『神の血族』とか胡散臭い奴らに、俺もウンザリしてたところだからな」

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