第239話 帝都エリオット


 音速を超えた『多人数飛行マストラベル』で、カイエは帝都へ直行するつもりだったが――


「そ、それだけは、絶対に止めてぇぇぇ!!!」


 レイナに涙目で懇願されて、仕方なく帝都から程近い街道から離れた場所に降りる。わざわざ街道を避けたのも、出来るだけ人目に付きたくないと言われたからだ。


「何だよ、飛行魔法くらいで。おまえたちも冒険者なんだから、目立つ方が得だろ?」


 意地の悪い顔で言うカイエに、レイナが興奮気味に反論する。


「目立つなんてレベルじゃないわ、カイエの魔法は全然普通じゃないでしょ! これだけの人数と馬を『飛行魔法フライ』で運ぶなんてあり得ないし、あのスピードは何なのよ!」


 『多人数飛行マストラベル』自体が、レイナたちの感覚では常識では考えられないレベルの魔法であり。そして普通の『飛行魔法フライ』は、加速ブーストを併用しても時速百二十キロ程度が限界なのだ。


「カイエが常識外れなのは、良く解ったけど。こんな派手な魔法で登場なんてしたら、誰に目を付けられるか解ったモノじゃないわ!」


「目を付けられるって言ったって、直接被害がある訳じゃないだろ? それに派手な魔法が使えるって思われたら、おまえたちの株も上がるんじゃないか?」


「そんな事になったら、『暁の光』のハードルが、滅茶苦茶上がるじゃない! 私たちは実力相応で行きたいのよ!」


 捲し立てるレイナに、仲間たちもコクコクと激しく同意する。


「そ、それにしても……凄い魔法だな。カイエはいったい――」


 アランはそこまで言い掛けて、ハッとした顔になる。


「命の恩人の事を、興味本位で詮索するなんて……俺は何を考えているんだ! カイエ、済まなかった、今の事は忘れてくれ!」


 一方的に謝るアランに、カイエは何だよ大袈裟だなと苦笑する。


「いや、黒い壁の件でも言ったけど、俺は別に自分の事を隠すつもりなんてないよ。だけど説明するにも結構時間が掛かるから、今度時間があるときにして欲しいってだけだ」


 そう説明しても、生真面目なアランは今一つ納得していなかった。だから、カイエはアランの肩を叩いて促す。


「まあ。とりあえず、話はこれくらいで終わりにして。さっさと帝都に行って、謝礼の件を片付けようか?」


 勿論、謝礼が早く欲しいとか、そんなつもりはなく――


 彼らは今度こそ馬に乗って、帝都へと向かった。


※ ※ ※ ※


 今、カイエたちがいるは『雷の神の化身』が支配するエスペラルダ帝国――ローズたちがいる世界のチザンティン帝国に比べれば、遥かに小規模な国だが。国力という点では同等以上と言える。


 エスペラルダの帝都エリオットは、金属で補強した二十メートルを超える白い外壁に囲まれており、それ自体が巨大な城塞に見える。その上、帝都の中心部にある光り輝く『雷の神の化身』の居城は、外壁の倍以上の高さに聳え立っていた。


(これ見よがしに力を見せつけるとか……悪趣味なんだよ。全く、神の化身の奴らが派手好きなのは、いつまで経っても変わらないな)


 アランたちは帝都に入る手続きを済ませると、早速カイエを連れて冒険者ギルドまでやって来た。カイエは他の都市ですでに経験済みだが、冒険者ギルドの様子も、ローズたちがいる世界と大差ない。


「俺たちは任務完了の報酬を受け取って、素材の買取りの交渉をして来る。そんなに時間は掛からないと思うから、カイエは少し待っていてくれ」


 アランはギルドの職員を捕まえて、任務完了の報告の証拠でもある緑竜フォレストドラゴンの素材を魔法の鞄マジックバッグから取り出す。素材の買取価格は交渉次第で差が出るため、アランたちは少しでも価格を上げるようと、素材の良さをアピールしていた。


 その間、カイエは特にやる事もないので、周りにいる冒険者たちに話し掛ける。今ギルドにいる冒険者たちは三十人ほど。時間帯的には夕方だから、これからもっと数が増えるだろう。


 そして、三十分ほどでアランたちが買取交渉を終えて戻って来ると――


「そうだ、カイエ。よく解ってるじゃねえか! 俺たち冒険者にとって、帝都は居心地の良い場所じゃないんだよ……おい、酒が足りねえぞ!」


「ああ、だけど仕事が沢山集まってくるからな、冒険者が金を稼ぐには都合が良いんだ。だから初心者ルーキーのカイエでも、仕事には困らないって! 何だったら、俺と一緒にパーティーを組むか……俺もエールをもう一杯くれ!」


「ちょっと、あんたたちは働き悪い癖に飲み過ぎ……居心地が悪いのは、私たちギルド職員だって同じようなものよ。他の街の方が気楽で良いけど、帝都のギルドはお給料が良いから……安かったら、とっくに辞めてるけどね。……私はワインね!」


 いつの間にか、カイエの周りに冒険者たちが集まって飲み会が始まっていた。

 冒険者ギルドで酒を出すのは普通だが、職務中のギルド職員が飲むのは明らかに職務違反だが……誰も文句を言わないのは、お局ホジションの彼女が怖いからだ。


「カイエ……あんた、いったい何をやってるのよ?」


 呆れた顔のレイナに、


「いや、軽く情報収集をしようと思ってね。レイナも飲むか?」


 カイエは気楽に応えるが――周りの冒険者たちの視線は、何故かレイナに集まっていた。


「レイナさん! さっきも一緒に喋ってるのを見たんですけど、カイエとは知り合いなんすか?」


「いや、そんな筈ないだろ! だってカイエは初心者ルーキーなんだからさ」


「そうだぜ。なあ、レイナさん! そんな事より、たまには俺たちとも飲んで下さいよ!」


 冒険者たちは我先にと声を掛けるが、


「五月蝿いわね……あんたたちに用はないから、黙ってくれる?」


 レイナは冷めたい態度で、冒険者たちをあしらう。


「なあ、みんな……何でレイナが、こんなに人気なんだよ?」


「何だよ、カイエ。決まってるだろ、レイナさんは金等級ゴールドレベルだし。これだけ美人なんだからさ!」


 他の冒険者に褒められても、言われ慣れているのか、レイナは冷たい態度のままだ。


「ふーん。レイナさん・・って、強くて美人だから人気なんだ?」


 カイエが揶揄からかうと、


「何、カイエ……文句でもあるの?」


 レイナは睨むが――何故か少しだけ、頬が赤くなっていた。


「いやいや、さっき『キャーキャー』言ってた顔を思い出すと……笑えるから」


「ちょっと、カイエ! それを言うのは反則でしょ!」


「はいはい……それより、俺を呼びに来たって事は、用件が済んだって事だろ?」


 金等級ゴールドレベルのレイナを揶揄からかうカイエに、冒険者たちが唖然としていると。


「みんな、悪いな……また今度、相手をしてくれよ」


 カイエはそう言って、アランたちが待っている方へと歩き始める。


「カイエ、あんた……憶えてなさいよ!」


 追い掛けて来たレイナが、また睨んでくる。


「でも、さっき言ってた初心者ルーキーて、どういう事よ?」


「ああ、俺は青銅等級ブロンズレベルだからさ」


 そう言ってカイエは、青銅が埋め込まれた冒険者ギルドのメンバープレートを取り出す。


「何で、あんたが青銅等級ブロンズレベルなのよ?」


「いや、この国に来て初めて冒険者ギルドに登録したから。任務なんて一度も受けてないし、青銅等級ブロンズレベルなのは当然だろ?」


「何それ……完全に詐欺じゃない」


 レイナと軽口を言いながら戻って来たカイエを、アランたちは唖然とした顔で……いや、少し呆れた感じで迎える。しかし、カイエの方は全然気にする様子もなく、


「ああ、謝礼の件だったな……金の話をここでするのも何だし、おまえたちも腹が減ってるだろう? 場所を変えて、夕飯でも食べながらってのはどうだよ? 帝都の名物料理とか、俺も食べてみたいし」


 カイエの提案に反対する理由もなく、アランたちは同意して冒険者ギルドを後にする。

「ねえ、カイエ……僕の馴染みの店が最高の帝都料理を出すから、そこで良いかな?」


「ああ、トール。おまえのおススメなら、そこが良いんじゃないか」


 このとき――カイエとトールだけが、彼らを監視する視線に気づいていた。

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