第238話 異世界での出会い(2)
「カイエ、助太刀してくれて助かった。本当にありがとう!」
それぞれが自己紹介を終えた後、アランがカイエに握手を求める。いきなり呼び捨てなのは、カイエがそうしてくれと言ったからだ。
前方で戦っていたアランたち四人は、自分たちの戦いに忙しかったから、カイエが行った全てを目撃した訳ではない。しかし、それぞれが断片的に見た光景と、ギルとトールから聞いた話を繋ぎ合わせて、カイエが行った事の全容をほぼ把握していた。
だからこそ、忽然と現れてドラゴンブレスとギルの魔法を無効化し、緑竜を一瞬で仕留めた上に、トールの傷と疲労まで全快させたカイエに、警戒心を懐くのは当然なのだが――『暁の光』のメンバーたちは、助けてくれた事への感謝の気持ちの方が、ずっと強かったのだ。
ちなみに『ギルには内緒で』とトールに言われたので、回復魔法の事は黙っていたのだが……トールの姿を見ればモロバレだった。
「いや、俺はたまたま通り掛かっただけだし。おまえたちを助けたのだって、下心があっての事だからさ」
悪戯っぽく笑うカイエに、アレンは納得顔で頷く。
「ああ。勿論、出来る限りの謝礼はさせて貰う。仲間の命を……いや、俺たち『暁の光』全員を救ってくれたんだから、そのくらいは当然だろう」
ギルが殺されて、二体の緑竜に再び挟撃されていたら、『暁の光』が全滅していた可能性は高い。アランは仲間たちを見回して、皆が同じ気持ちである事を確認すると――馬鹿正直に『自分たちに出来る全て』を提示する。
「カイエ、これだけでは謝礼には足りないかも知れないが。俺たち『暁の光』が所有している資産は金貨約二千枚。あとは今回の緑竜討伐のギルド報酬が金貨千枚に……」
「おい、ちょっと待てって」
資産の公開を始めたアランを、カイエは苦笑しながら止める。
「勘違いするなよ。俺はこの国に来たばかりだから、情報が欲しいだけだ。これから俺は帝都に行くから、特に帝都に関して知っている事を教えてくれないか? ここから帝都までは四、五日の距離だし、おまえたちは冒険者だから、それなりに詳しいだろ?」
これまでに立ち寄った都市では、帝都に関する情報は大まかにしか掴めていない。だから詳しい情報を知りたいのは本当だった――そんな事を期待して、アランたちを助けた訳ではないが。
索敵魔法に反応した
だが、冒険者が
「何よ、下心なんて言った癖にそんな事なの……助けた相手に報酬を要求するとか、ちょっと嫌な奴かなって思っちゃったじゃない!」
レイナが嬉しそうに割って入る――人一倍仲間想いの彼女は、ギルの命を救ってくれたカイエに心から感謝していた。しかし素直な性格ではないから、ストレートな言葉には出来ていない。
「カイエ、私たちは帝都を拠点にしてるのよ。だから、帝都の情報くらいなら幾らでも教えてあげるわ。ねえ、それにしても……カイエは若い癖に滅茶苦茶強いわね。それにギルの魔法とドラゴンブレスを防いだ黒い壁は何なの? あんな魔法は見た事がないわ!」
素直な感謝の言葉意外なら、幾らでも出て来る。ハーフエルフのレイナの実年齢は百歳代て、人族に換算すればギリギリ十代というところだ。ずっと母方のエルフ氏族の里で育ったから精神年齢も若く、剣と魔法の両方の才能を認められながらも、周りのエルフからは子ども扱いされて来た。
だから、そんな自分よりもさらに若いカイエが、とてつもない力を持っている上に、それを少しも鼻に掛けないところが興味津々なのだ。
「レイナ。そんなに持ち上げたって、何も出ないからな?」
カイエは
「黒い壁の事は一応企業秘密だな。でも、レイナが本気で知りたいなら、今度時間があるときに説明しても良いよ」
カイエは自分の正体を本気で隠そうとは思っていなかった。『混沌の魔神』である自分がこの世界にいる事を神の化身や魔神に知られれば、向こうから殺しに来るかも知れないが……そうなれば手間が省けるだけだ。
「本当!? 私は滅茶苦茶興味あるわよ! 今度で良いから、絶対説明してよね!」
「その話には俺も興味がある。カイエ、是非一緒に聞かせて貰えないか?」
ギルがメガネ越しに熱い視線を向けて来る――自分の命を救ってくれたカイエに、彼は感謝の気持ちと同時に、上位の魔術士に対する尊敬のような感情を抱いていた。
「ああ、別に良いけど。いつとは約束できないからな?」
「それで構わない。あの漆黒の壁は上位魔法……いや、それ以上の魔法なんだろう? 俺には原理を想像する事すら全く出来なかった……カイエ、俺は魔法の深淵を覗きたいんだよ!」
突然、熱く語り出したギルに、カイエが若干引いていると。
「ギル、僕もカイエには色々と訊きたい事があるけどさ……でも、こっちが帝都の情報を教える方が先だよね?」
トールはそう言って、まだまだ喋りたそうなギルとレイナを見る。
「みんなもカイエに感謝してるんでしょ? だったら、早く情報を教えてあげようよ! カイエ、僕も帝都の下町の事なら一番詳しいと思うから、何でも聞いてよね!」
「ああ。トール、頼むよ……でも、治療代の件は忘れてないからな?」
「えー! それは忘れて良いよ!」
『暁の光』の中で一番気安く話し掛けて来るのはトールだ。しかし、カイエが興味を持ったのは別の部分で――軽口を言っているときでも、トールは周りの反応をしっかり観察して言葉を選んでいるのだ。
「そうね……カイエ、悪かったわよ。帝都の事でしょ、何から話せば良いかしら?」
「ああ、俺も済まなかった。まずは概要から順を追って説明しよう」
レイナとギルが反省しているところに、ノーラがやって来る。
「カイエ……教会の事なら、私に訊いて……」
回復魔法を発動するときの凛々しい声とは真逆で、ノーラはボソボソと小声で喋る。本来の彼女は引っ込み思案な性格なのだ。
そんな彼女が戦闘中に頑張るのは、自分を支えてくれる仲間たちを守るためだ。だから、皆の命を救ってくれたカイエに対しても、感謝の気持ちしかない。
「カイエ、俺じゃ大して役に立てるとは思わねえが。聞きたい事があるなら何でも聞いてくれや!」
ガイナもやって来て、ニカッと豪快に笑う――彼は自分をアランの指示に従う一本剣だと考えている。つまり、考える事が苦手だから、自分は信じた者のために剣を振るうだけだと。
そんなガイナは、カイエが緑竜を一刀両断する場面を偶然目撃していたから。自分よりも遥かに強いカイエに対して、尊敬に近い感情を懐いていた。
そんな訳で『暁の光』の全員が、カイエに好意的に接してくる。もっと警戒すべきだろうと思わなくはないが――
(ホント、こいつらはお人好しって言うか……馬鹿だよな)
自分よりも仲間の命を優先する。そんな彼らだから、カイエは思わず助けてしまったのだ。
「とりあえず、帝都の概要の説明はレイナとギルに任せるか。カイエ、君の知りたい事には優先的に応えるから、手の空いている者は他の事をしていても構わないか?」
リーダーであるアランは話を纏めると、他の三人と一緒に緑竜の解体を始めた。竜の素材は高く売れるからと、彼らは
『暁の光』には
途中で何度か説明役を交代しながら、カイエの質問が一通り終わる頃には、二体の緑竜の解体は終わっていた。
「へえー……なかなか手際が良いな。それじゃ、色々と面白い話を聞かせて貰った事だし。そろそろ俺は帝都に向かうことにするよ」
そう言ってカイエは
「今度会ったら、黒い壁の事も説明をするからさ。あと……あんまり無茶はするなよ。まあ、おまえたちも冒険者としてはベテランみたいだから、解ってるとは思うけどさ」
「ちょっと……待ってよ、カイエ!」
「そうだよ、カイエ! 何で一人で、行っちゃうのさ!」
レイナとトールが呼び止める。
「だって、用件は全部済んだからさ。俺が残る理由なんてないだろ?」
カイエはそのまま立ち去ろうとするが――
「いや、まだ用件は済んでない……謝礼を渡していないだろう!」
今度はアランが真剣な顔で止める。
「何だよ、アラン。謝礼の件は情報を教えて貰っただけで十分だからさ」
「そんな訳に行く筈が無いだろう? カイエは俺たちの命の恩人なんだ。それに少なくも緑竜のうち一体は、カイエが一人で倒したんだ。相応の取り分を渡さないと、道理に合わない!」
生真面目なアランにこれ以上抵抗しても無駄な事は、カイエにも解った。
「ああ、解ったよ……謝礼は受け取るからさ」
こちらの世界の貨幣の手持ちも少ない事だし、カイエは謝礼を受け取るために一旦地上に降りるが。
「いや、申し訳ないが、今は俺たちもあまり金を持っていないんだ。だけど、帝都に戻れば資産を引き出せるし、緑竜討伐任務の成功報酬と素材の売却代金が手に入る。だから、カイエも俺たちと一緒に帝都に戻って、そこで謝礼を支払うっていうのはどうだろう? 道すがら、帝都についてもっと色々と話も出来ると思うからさ!」
「そうね! ちょうど良いわよ、私もカイエともっと話がしたいし!」
アランの申し出に、レイナが勝手に同意する。
しかし、『暁の光』の移動速度に合わせたら時間が掛かるし。謝礼についても緑竜の素材を代わりに受け取れば良いだけの話じゃないのかと、カイエは思っていたのだが――
ギルとトールが期待に満ちた目で見ているし。ガイナとノーラも、何処か名残り惜しそうな顔をしているので……
「おまえらさ……ここには馬で来たのか?」
カイエの唐突な質問に、アランは素直に応える。
「ああ、そうだ。少し離れた場所に馬を繋いであるが……ああ、馬の数なら大丈夫だ。予備を二頭連れて来ているし。もし馬が苦手なら、俺たちの誰かと一緒に乗れば良い」
「カイエは私の馬に乗せてあげるわよ! そうすれば、ずっと話が出来るじゃない!」
アランとレイナが、また勝手に話が進めそうだったが。
「いや、そうじゃなくてさ……まあ、良いや。もう面倒だから、説明は後にするよ」
カイエはそう言うなり――『
「ちょっと、カイエ! どういうつもりよ?」
状況が解っていないレイナに、カイエは意地の悪い笑みを浮かべると。
「なあ、アラン。おまえたちが馬を繋いでいる場所を教えてくれよ……一緒に運んでやるからさ」
「あ、ああ……解った。俺たちの馬は――」
カイエは馬を回収すると、帝都目指して一気に加速する――音速を超えて。
「きゃゃゃ! もう、なんなのよぉぉぉ!」
レイナが悲鳴を上げて、アランたちも青い顔をしているが。
「何だよ、レイナ。移動しながら、話をするんじゃなかったのか?」
カイエは決して速度を落とそうとしなかった。
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