第7章 異世界編

第237話 異世界での出会い(1)


 冒険者パーティー『暁の光』が依頼を受けた任務は、トルカーナ森林に現れた緑竜フォレストドラゴンの討伐。実力者揃いの『暁の光』には、平均的な緑竜であれば十分倒せるだけの実力があった。


 しかし、唯一の誤算は竜がつがい――つまり二体いた事だ。森林地帯で『暁の光』が緑竜と戦闘を始めた直後に、背後からもう一体が襲撃して来たのだ。


「ノーラ、回復を急いでくれ! ギルとトールは、後ろの奴を何とか引き離してくれ! ガイナ、レイナ、敵が分散したら、前の奴に攻撃を集中するぞ!」


 リーダーの騎士アラン・ブルームが、ルーン文字が刻まれた大剣で緑竜の鍵爪を押し返しながら指示を出す。金色の長い髪を後ろで束ねた精悍な顔の騎士は、前方の竜の攻撃を一人で受け止めてながら、傷だらけの身体に闘志を漲らせる。


「神よ、我らに加護を……『集団治癒マスヒール』!」


 灰色セミロングの『清楚系』神官戦士ノーラ・プラートが、回復魔法を発動すると。


「『爆列ブラスト火球ファイヤーボール』!」


 短髪メガネの魔術士ギル・シュナイダーが放った火球が轟音と共に後方の緑竜に命中、爆発の衝撃に竜の巨体が後退った。


「ナイス、ギル! 次は僕の番だ!」


 そこにすかさず、ホビットとしても童顔な『永遠の美少年(詐欺師)』盗賊トール・グリーンウッドが駆け込んで、竜の足元に切りつけて注意を誘う。狙いは見事にハマり、そのまま木々が生い茂る方へ駆け抜けるトールを、緑竜は怒りのままに追い掛けていく。


「俺は中距離でトールを援護する。あとは任せるぞ!」


 ギルは後方の緑竜を追い掛けながら、次の魔法を突掛けるタイミングを模索する。乱戦になってしまえば強力な攻撃魔法は使えないし、トール一人で竜を引き付けるのは荷が重過ぎるのだ。


「アラン……上手く行ったみたいだけど。トールとギルだけじゃ、そんなに持たないわよ!」


 ハーフエルフの魔法戦士レイナ・エスペリカが、魔力を込めた精霊銀ミスリルの矢を連射しながら叫ぶ。エルフ族の特徴である長い耳を母親から受け継ぎ、切れ長の目とボーイッシュなショートボブが特徴的な彼女は、仲間が作ってくれた貴重な時間に感謝しながらも、彼らの身が気掛かりでならなかった。


「そんなのアランだって解ってるだろう! まずはコイツを、どうにかするしかねえぞ!」


 ハーフドワーフの剣士ガイナ・ウォルシュが、緑竜に突進する。身長百六十センチながらも分厚い筋骨の塊といった彼の体形は、如何にもドワーフ族らしいが。奇麗に剃った髭と、バスタードソードとカイトシールドで戦うスタイルは、人族のようにも見える。


 ガイナのバスタードソードは緑竜の脇腹を切り裂くが、致命傷には程遠く。緑竜は怒りの咆哮を上げて、毒霧のドラゴンブレスを放った。

 咄嗟にシールドを掲げてブレスを半ば防ぎながら、ガイナは脂汗を垂らして苦笑いする。


「こいつを真面まともに受けたら、マジでやべえな……ノーラ、頼む!」


 銀色の剣に持ち替えたレイナとアランが同時に仕掛けて、その隙にノーラが解毒と回復の魔法を発動する。しかし、今度は仕掛けた二人が牙と爪でダメージを喰らう。やはり四人ではカバーしきれず、回復が追いつかないのだ。


「みんな、踏ん張れ……コイツさえ倒せば、何とかなるんだ!」


 アランが正面から大剣を続けざまに叩き込み、レイナとガイナが左右から仕掛ける。ノーラも攻撃に参加して、一気に畳み掛けるが――このとき、後方から竜の咆哮が聞こえた。


 振り向くと、傷だらけのトールが膝を突いており、彼を庇うようにギルが、今まさにブレスを吐こうとしている緑竜の前に立ち塞がっていた。

 

「駄目……ギル、トール、逃げて!」


 レイナは叫ぶが、もう間に合わない事は理解していた。ギルも死を覚悟しながら、仲間たちが生き残るための望みを繋ぐために、最後の魔法に集中する。


「(何とか間に合え……)『爆列ブラスト火球ファイヤーボール』!」


 ブレスが放たれると同時に、魔法が発動する。何とか間に合ったと、ギルは死を受け入れながら不敵な笑みを浮かべるが――


 次の瞬間、ギルと緑竜の間に渦巻く漆黒の壁が出現して、爆列ブラスト火球ファイヤーボール』とブレスの両方を飲み込んでしまう。


「何だ、これは……」


 驚愕するギルの耳に、知らない声が聞こえる。


「邪魔して悪いな……あと獲物を横取りするけど、それも先に謝っておくよ」


 漆黒の壁が消えたとき、ギルの前には、縦に真っ二つにされた緑竜の死骸が転がっており。その横で、壁と同じ色の大剣を手にした黒髪の少年が、揶揄からかうように笑っていた。


「何、呆けてるんだよ? あっちの竜も、俺が片づけた方が良いのか?」


 そんな場合じゃないだろうと、漆黒の目が視線で促す。アランたちは今も緑竜と戦っていた。


「いや、もう十分だ……トール、立てるなら一緒に来てくれ。俺はアランたちの加勢に行く!」


 ギルはトールの答えを待たずに走り出す。戦いは拮抗しており、とても余裕のある状況ではなかった。乱戦になっているから、強力な攻撃魔法は使えないが。低位魔法でも上手く使えば効果はある――ギルは走りながら、素早く戦況を分析した。


「何だよ、人使いが荒いな……まあ、僕ならまだ戦えるけどね」


 トールは痛みと疲労で悲鳴を上げる身体で何とか立ち上がると、カイエを見る。


「ねえ、後でお礼はするから。回復ポーションがあったら、分けてくれないかな……ギルには内緒で」


 茶目っ気たっぷりに笑うギルに、カイエが苦笑しながら魔法を発動すると。わずか一瞬で、童顔ホビットの傷と疲労が全快する。


「代金はきっちり取り立てるからな……ほら、急ぐんだろ?」


 トールは唖然としていたが、カイエに背中を押されて走り出す。


「出来たら子供料金にしてくれるかな? じゃあ、すぐに片づけて来るから!」


 六人で一緒に戦えば――『暁の光』が、緑竜一体に後れを取る筈などないのだ。




 魔法装置が創り出した扉を潜って、カイエは異世界へとやって来た訳だが――こちら側の世界で一週間ほど過ごして解った事は、拍子抜けするほど元の世界と変わらないという事だった。


 エルフやドワーフなどの亜人が人族や魔族と一緒に生活している事と、言葉や文化に元の世界の異国程度の違いはあるが。自然法則や魔法体系に違いはないし、文明レベルも大差ない――神の化身と魔神が普通に実在し、国を支配しているという点を除けば。


 カイエは幾つかの都市を巡って、とりあえずの情報収集を終えた後。神の化身の一人が支配しているという国の帝都を目指した――アランたちが緑竜と戦っているのを発見したのは、帝都へ向かって移動している最中だった。


 森の中で戦っている彼らに気づいた理由は、索敵系の魔法を広域で発動していたからだ。ここはカイエが知らない異世界で、しかも神の化身がいる本拠地へと乗り込むのだから、それくらいの警戒をするのは当然だが――


 だからと言って、緑竜フォレストドラゴンはカイエの敵ではないし、警戒すべきほどの相手でもないのだから、手出しをする理由はなかった。しかし、それでもカイエがアランたちを助けたのは……

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