第228話 父の想いの行方


「……カイエ!」


 ローズはカイエに駆け寄ると、回復魔法を発動させる。

 カイエと一緒に行動するようになってからは、使う機会がなかったが。光の神の使徒である勇者のローズは、光属性の魔法を一通り使う事が出来るのだ。


「うちのお父さんが、ごめんね! 痛かったよね……」


 申し訳なさそうなローズを、カイエは優しく抱きしめる。


「いや、俺が決めた事だから、ローズが気にする事ないよ……結構痛かったな。ローズが言ってたけど、アリウスさんは確かに強いみたいだな」


 アリウスに殴られた傷はローズの魔法で消えてしまったが。今回は傷跡を残すような雰囲気でもないかと、カイエはローズの回復魔法に抵抗しなかった・・・・・・・

「……い、痛っ! おい、ルーシェ……いきなり殴るとか、どういうつもりだよ?」


 ルーシェに殴り飛ばされて、ようやく立ち上がったアリウスは――頭から大量出血していた。真っ赤な血に染まるちょっとスプラッターな顔をヒクつかせながら、ルーシェを睨む。


「どういうつもりって言いたいのは、こっちの方よ。無抵抗なカイエ君を一方的に殴り続けるとか……私が手を出さなかったら、ローズが殴っていたわよ」


 さすがは母親というところか、ルーシェはローズの気持ちを察していた。


「何を言っているんだ、ルーシェ! これは男同士のケジメの問題だ! 文句があるなら力で捻じ伏せて見せろと、カイエの方から誘ったんだぞ!」


 ああ、アリウスさんはそういう風に・・・・・・受け取ったんだなと、カイエは納得するが。


「アリウス……だからって、明らかにやり過ぎよね? あなたのやり方は……全然男らしくないわよ」


 アリウスとルーシェは正面から睨み合う――アリウスの頭からは今も大量に血が流れていた。


(おい、ローズ……アリウスさんこそ、治療してやった方が良いんじゃないのか?)


(別に大丈夫よ。ああ見えてお父さんは結構頑丈だし……カイエを傷つけたんだから、当然の報いだわ)


 父親に対してはクールなローズに、カイエは苦笑する。


「カイエは……ローズの他に三人も女がいるって言っているんだぞ。そんな女ったらしに、大事な娘を任せられる訳がないだろう!」


「でも、それを正直に話してくれて。身体を張って、あなたに理解して欲しいって言っているのよ? 私だって一人の男が四人同時に愛するなんて、全部理解出来る訳じゃないけど……ローズ自身が納得してるんだから、私たちが文句を言うべきじゃないわ!」


 ルーシェの言葉に、二人の視線がローズに向かう。


 両親の視線を受け止めると――ローズは輝くばかりに幸せそうな笑みを浮かべる。


「ええ……お父さん、お母さん、私はカイエをこの世界で一番愛しているわ。それは私の仲間たちも……エストも、アリスも、エマも同じよ。私たちは自分の意志で、カイエと、みんなとずっと一緒にいるって決めたの。五人で一緒にいる事が……私たちにとっては一番の幸せだから」


 一時的な感情の高ぶりや、若さに任せた暴走なんかじゃない――ローズはカイエという大きな存在に包まれて、みんなと一緒にいられる事が本当に幸せだった。そして願わくば少しでもカイエの力になりたい……私たちは五人で一つなんだと、ローズは日比呂から思っていた。


 そんなローズの想いはルーシェにも……アリウスにも伝わるが。


「……だ、だからと言って。俺は絶対に、カイエを認めないぞ!」


 それでもアリウスが抵抗するのは――もはや一人と四人という特殊な関係に対してではなく。単に娘を男に取られた父親の最後の抵抗というだけの話だった。


「アリウス……まだ、そんなことを言ってるの? いい加減に諦めなさいよ……もうローズだって子供じゃないんだし」


「何言ってるんだ、ローズはまだ二十歳にもなってないんだぞ!」


「それこそ何言ってるのよ? 私たちが結婚したのでだって十八のときでしょ?」


 アリウスは本来自由な性格で、ローズの事も放任主義を貫いてきたが――それはローズの強さを認めていたからであり、本当の意味で子離れが出来ていた訳ではない。


 娘の恋愛に関しても、まだ子供だとリアリティーを感じていなかっただけで。結局のところアリウスも、娘を取られたくない理不尽な父親なのだ。


 まだ納得していないアリウスに、ルーシェは溜息をつく。


「もう……仕方がないわね。私だってアリウスの気持ちは解るから、これだけはしたくなかったんだけど……」


「……何だよ、藪から棒に?」


「あのねえ、アリウス……私たちがローズの事をとやかく言う資格なんて、もうとっくにないのよ。だって……ローズは私やあなたよりも、ずっと強くなったんだから」


 他人には乱暴に聞こえるかも知れないが――何人もの勇者を輩出してきたリヒテンバーグ家にとって、力こそ最も単純で明快な理屈なのだ。


「おい……いくらルーシェでも、それは聞き捨てならないぞ! 俺よりもローズが強い? そんな事……あり得ないだろう!」


 アリウスは鼻で笑う――彼自身、現役勇者であるローズよりも自分が強いという自信があるからこそ、彼女を子供扱いしているのだ。最後は自分が守ってやる……だから、まだ子供のおまえに、好き勝手なことはさせないと。


(ローズの事に関しては……というよりも、アリウスは良くも悪くも子供っぽいのよね。まあ……そういうところが好きで旦那にした私が言うのも何だけど)


 ルーシェは苦笑すると、


「じゃあ、アリウス……父親の実力を証明してみなさいよ」


 自分の腰の剣を鞘ごと抜いてローズに渡す。


「神剣アルブレナを使ってアリウスに言い訳されても困るから……ローズ、私の剣を使いなさい」


「俺は絶対に、そんな言い訳はしないぞ!」


「はいはい、アリウスは黙って待っていて……私の剣も聖剣だから条件は対等よ」


「お母さん……良いの?」


 こんな事をすると、ルーシェが後で大変な事になるのではないか――心配そうなローズに、ルーシェは片目を瞑る。


「私たちの事は大丈夫よ、アリウスの扱い方には慣れてるから……ローズ、全力で行きなさい。アリウスの骨は私が拾うから」


「うん……お母さん!」


 聖剣を手に進み出るローズを――アリウスは余裕の態度で待ち構える。


「なあ、ローズ……おまえが負けたら、俺の言うことを聞いてカイエのことを諦めるのか?」


「そんなつもりは全くないけど……約束しても構わないわよ? だって、私はカイエに鍛えて貰ったんだから……お父さんなんかに、負ける筈がないもの!」


「へえー……ローズも言うようになったな。でも……今の台詞、忘れるなよ。俺はもう現役の勇者じゃないけど……勇者よりも強いからな!」


 アリウスはゆっくりと聖剣を抜き放つ。


 アリウス・リヒテンバーグは、かつては間違いなく史上最強の勇者であり――勇者ではなくなった後も、ほんの一年ほど前までは人族として最強の存在だった。

 その強さ故に相手の力を推し量る能力も優れており、本来であればローズの力を見誤る筈などないのだが……だからこそ、驕りがあったとも言える。


 ローズはカイエと模擬戦やアルジャルスの地下迷宮ダンジョンでの偽物フェイクとの戦いを経る事で、単純に戦闘力の底上げするとともに、戦いに関するあらゆる術を学んだ。

 そこには魔力の効率的な使い方や、効果的な魔法の選択やタイミングも含まれるが……もう一つ、己の魔力を完璧にコントロールする事も含まれていた。


「おい、ローズ……おまえ……」


 アリウスが剣を抜いた瞬間――ローズの魔力が膨大に膨れ上がる。それは最強を自負するアリウスを以てしても尚、あり得ないと思うほどの圧倒的な力だった。


「ごめん、お父さん……」


 次の瞬間、ローズの声が耳元で聞こえたかと思うと――アリウスの身体は壁に叩きつけられていた。

 金属の壁が数十メートルも陥没し、彼の身体は深々と中に埋まっているが……まったく痛みがないのは、ローズが魔力を付与して守ったからだ。


「これが今の私の実力よ……でも、お父さん。カイエはもっと強いわ。カイエが普通・・に戦っていたら、殴ったお父さんの手の方が壊れていたわよ」


 いまだにアリウスは信じられないという顔をしているが――実力こそが全てだという信念を懐いている彼が、敗北という答えを否定できる筈もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る