第227話 勇者の系譜


 結局、セリカの攻撃は金属の竜に一度も当たらずに――巻き添えを喰らう形で襲い掛かって来た竜を、アリウスが腹立ち紛れに倒して戦闘は終了した。


「ちょっと、アリウス! 何を勝手に私の獲物を……」


 セリカは文句を言い掛けるが、『ちょっと黙ってろ』とアリウスが蟀谷こめかみをヒクつかせて睨んで来たので黙る。


「俺は認めないぞ……カイエ・ラクシエル! 今すぐ、ローズから離れろ!」


 アリウスは凄みを利かせて、物凄い殺意を込めた目でカイエを見るが――


「何言ってるのよ、お父さん! そんな事を言うなら、嫌いになるからね!」


「そうよ、アリウス! 娘の恋人に喧嘩を売るなんて……ホント、最低ね」


 娘と妻から冷ややかな視線を向けられて、途端に尻込みする。


「な、何だよ、ルーシェまで……こんな何処の馬の骨か解らない奴に、娘を取られて悔しくないのか?」


「あら……だって、アリウスは『(以下、棒読み)聖王国と教会を動かすなんて、カイエ・ラクシエルは凄い奴だ! ああ、一度会ってみたいな!』なんて目をキラキラさせながら言ってたじゃない?」


「お、おい、ルーシェ! 今そんな話をしなくても……」


「いいえ、今だから言ってるのよ……ローズが選んだ人なんだから、父親なら暖かく見守るべきなんじゃないの?」


 完全に言い負かされて――アリウスは悔しそうに奥歯を噛みしめる。


「それで、それで……ローズ! 二人の馴れ初めを詳しく聞かせてくれない?」


 アリウスを黙らせると、ルーシェは娘の恋バナに飛びつく。


「うん、お母さん! 一年くらい前に……アウグスビーナの遺跡で魔神が復活した事は知ってるでしょ? 私たちはすぐに討伐に向かったんだけど、とても手に負えるような相手じゃなくて……正直に言うけど、あのとき私は神剣の力を開放して、魔神を道連れに死ぬつもりだったの。だけど、カイエが……」


 このとき突然、ルーシェがローズを抱きしめる。


「お……お母さん?」


 ルーシェの顔には、愛しさと口惜しさが入り混じっていた。


「ローズ……あなたが一番苦しいときに、一緒にいなくてごめん。本当に魔神が復活したと思わなかったって言うのは……母親失格の酷い言い訳よね。だけど……生きていてくれて、ありがとう……」


 ルーシェも当時、魔神が復活した事は知っていたが――眉唾じゃないかと疑っているうちに、ローズたちが倒して被害もほとんど出なかったと聞いたので。結局は魔王軍の残党か強力な怪物モンスターの出現した話に、勇者絡みで噂に尾ひれがついたと考えていたのだ。


 神剣アルブレナが、その時代で最も相応しい者を勇者に選ぶ――だから、ルーシェやアリウスがローズに勇者の責務を背負わせた訳ではないが。

 勇者であるが故に、自らを犠牲にして世界を守ろうとした娘を怒る事も、褒める事も出来ずに……ルーシェは、ただ生き残ってくれた事に感謝するしかなかった。


「うん、お母さん……あのときは、そうするしかないと思っていたの。みんなを守るためだから後悔なんて……ううん、それは嘘。私は……死にたくないって、もっと生きたいって思ってたわ。でも、仕方ないって……だけどね、カイエが突然現われて……私の代わりに魔神を倒してくれたのよ!」


 最後の部分をローズが幸せそうに語ると、ルーシェは暖かい涙を流しながら、もう一度抱きしめる。


 そんな二人に、カイエは空気を読んで背を向けると――目の前には、すでに号泣しているアリウスがいた。


「ロ、ローズ……良く頑張ったな、苦しかったよな……」


「お父さん……」


 アリウスはローズとルーシェに寄り添うと、二人を思いきり抱きしめる。そこにいるのは、カイエに殺意を向けていた男とは別人のようだった。


(何なんだよ……まあ、良いけどさ)


 カイエは苦笑しながら、ローズたちから離れる……家族が喜び合う時間を邪魔するなんて、無粋な事をするつもりはなかった。


 適当に視線を巡らせると、不貞腐れた顔で頬を膨らませているセリカが目に映る。


 ピンク色のツインテールに、金色の瞳――年齢はローズよりも少し下で、十五、六歳というところだろう。色々な部分で小柄で、とても遺跡の壁や床を破壊するパワーがあるようには見えない上に。こんな表情さえしなければ、可愛らしい少女なのだが……言動のせいで、残念感が滲み出ている。


「よう、残念少女……何、不貞腐れてんだよ?」


「はあ? 何なのよ、あんたは! いきなり人を残念とか言って、失礼極まりないわね!」


 遊び心で声を掛けたカイエに、セリカは喧嘩なら買うわよという態度を取る。


「いや、ホントに残念な奴なんだから仕方ないだろ……それよりさ、おまえって面白いよな。その魔力……どこで手に入れたんだよ?」


 カイエは嗜虐心を揺さぶられて、意地の悪い笑みを浮かべる。


「何を勝手に話を進めようとしてんのよ? 人のことを馬鹿にしておいて、あんたの質問に応えてあげる筈なんてないじゃない!」


「いや、馬鹿になんてしてないって……馬鹿だとは思ってるけどさ」


「それを馬鹿にしてるって言うの! ホント、何なのよあんたは! もう話し掛けないで!」


 『フギー!』っと、まるで怒った猫のように敵意剥き出しのセリカを、カイエが面白がるように眺めていると――


「カイエ君……」


 アリウスが声を掛けて来た。セリカは途端にブスっとした顔をして黙り、カイエは暇つぶしも終わりかとアリウスに向き直った。


「何だよ、アリウスさん……まだ俺に文句があるのか?」


 カイエは意図的に挑発するが――アリウスは深々と頭を下げた。


「さっきは馬の骨とか言って……本当に申し訳なかった、許してくれ! ローズから全部話を聞いた……娘の命を救ってた事に、俺は心から感謝している!」


「カイエ君……私からもお礼を言わせて。ローズを救ってくれて……本当にありがとう」


 ルーシェは涙で赤い目に、優しい笑みを浮かべる。


 この展開は一応予想してはいたが……素直に感謝されると、むずがゆくて堪らなかった。その上、二人が余りにも友好的なのは、ローズが全部・・を話していないためだと解っていたから――カイエは爆弾を落とす事にした。


「いや、アリウスさんも、ルーシェさんも感謝する前に……俺を疑わないのか? 魔神を倒せたのは、俺自身が魔神だからだ」


 カイエが魔神だと知れば、元勇者のアリウスとルーシェから敵対的な反応が返って来ると予想していたのだが……


「なるほど……君が魔神なら、同じ魔神を倒した事も頷けるな」


 アリウスは悪感情など一切表さずに、うんうんと普通に納得していた。


「いや、それだけかよ……いきなり攻撃してくるとか、そんな危ない奴にローズを預けられるかって話にならないのか?」


「カイエ君、俺を馬鹿にしないでくれ……確かに魔神は強大な力を持っているが、魔神だから悪だなんて思ってない。魔神の定義が魔力を司る存在だって事くらい、俺だって理解しているぞ!」


 何故かドヤ顔のアリウスに、カイエがイラッとしていると。


「ああ、カイエ君……君が言いたい事は解るけど。こう見えて、アリウスも私も考古学を研究しているのよ」


 この世界の考古学とは――世界の理を解き明かす学問であり。だから、二人が魔神の事を正しく理解しているのも当然だと言える。


「こう見えては酷いよな、ルーシェ……話を戻すけど。悪かどうかは別にしても、魔神の力はそれだけで脅威だ。だから、もっと警戒すべきだろうと言われるかも知れないが……これでも、俺は人を見る目があると思っている。それにローズが君を選んだんだ……娘が信じる君を、俺は信じることにした」


 おい、さっきと言ってる事が違うだろうとカイエは突っ込みたかったが、とりあえず止めておく。

 そんな事よりも……このまま良い感じで話を終わらせる前に、もう一つの大きな爆弾を投下する必要があったからだ。


「いや、アリウスさんが俺を信用してくれるのは嬉しいんだけど……もう一つ、言わなきゃいけない事があるんだ」


 自分たちの関係を、他人が簡単に理解できる筈はない。だけど、黙っているのは騙しているのと同じだから――カイエはローズと目を合わせて、彼女が頷くのを確認すると。出来るだけ真摯に想いを伝えようとする。


「俺にとってローズは大切な、絶対に放したくない存在だ。だけど、俺は勇者パーティーの他の三人の事も、ローズと同じように大切に思っている。だから、俺はローズを含めた四人と、ずっと一緒にいるって決めたんだ」


「……おい、カイエ君? 今、何て言ったんだ……俺には全然理解できないから、もう一度言ってくれるか?」


 アリウスの声が一瞬で怒気に染まる――カイエを見据える褐色の瞳には、全く冗談の通じない激しい感情が渦巻いていた。


 それも当然だろうと、カイエは隠す気も誤魔化す気もなく。アリウスの怒りを正面から受け止める。


「アリウスさん、俺はローズを愛してるのと同じくらい、他の三人も愛してるって言っているんだ。馬鹿げていると思うだろうが……俺は本気なんだよ」


「……ふざけるな!」


 怒りの拳が頬に叩き込まれる――カイエは微動だにせずに受け止めて、そのままアリウスを見た。


「悪いな、アリウスさん……そんな攻撃は効かない。俺を傷つけるなら、聖剣クラスの武器か、最上位魔法を使ってくれよ」


 カイエに挑発する意図はないが……エマの母親であるエリザベスのときと同じように、アリウスの怒りを傷として受け止めるくらいの覚悟はしていた。


「解った……おまえが魔神だろうと、俺も本気で応えてやろう!」


 アリウスが腰に差している長剣も、まさしく聖剣の一本だったが――彼は剣を抜く事なく、渾身の魔力を込めて拳を振るった。


 アリウスが魔王と戦う前に、神剣アルブレナがローズを次の勇者として選んだために、彼の実力が世に知られる事はなかったが……


 少なくとも魔王を倒した時点のローズよりも、アリウスは確かに強く――彼が全力で魔力を込めた拳の力は、防御力を意図的に解除した今のカイエを傷つけるには十分だった。


 一方的に殴られ続けて、カイエは傷ついていく――『何があっても、絶対に手を出すなよ』と言われていなければ、ローズはとうに動いていた。けれど約束を守るのも、そろそろ限界で……


(カイエ、ごめん……もう、私は見てられないよ!)


 ローズが飛び出そうとした直前――轟音とともにアリウスの身体は宙に舞って、床に叩きつけられる。


「ねえ、アリウス……良い加減にしないと、殴るわよ?」


 ルーシェがそう言ったのは、アリウスを殴り飛ばした後だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る