第226話 再会と出会い
「この竜って……アルジャルスの
光を放つ神剣アルブレナで、金属の竜を続けざまに二体仕留めながら――ローズは感心するように呟く。今のローズの実力なら問題にするような相手ではないが、カイエと出会う前なら強敵だと感じていた筈だ。
「ああ、俺も魔神になる前に戦った事があるけど……あの頃は結構苦戦したんだよな」
カイエは残りの三体を漆黒の剣で瞬殺すると、何処か懐かしむような顔をする。
「へえー……カイエにも、そんな頃があったのね?」
「当たり前だろ。俺だって初めから魔神の力を持っていた訳じゃないからな」
カイエは一度死んで、エレノアに魂の欠片を分け与えられて生き返ってから。常人では決して耐えられないような実験を自らに繰り返して、混沌の魔神の力を手に入れた。
それはローズも知っているが、教えてくれたのはエレノアだ。カイエ自身は断片的な事実を告げだけで、その過程にあった苦難については語ろうとしなかった。
ローズは何度か自分から訊いてみたが、その度にカイエははぐらかすだけたった。
「ねえ、カイエ……本当に話したくないなら、もう二度と訊かないけど。カイエが強くなるまでに、とんな辛い事があったのが……私に教えてくれないかな?」
このときのローズは声は、愛おしい相手を包み込むような優しさに満ちていた。
「いや、ローズ……そんな大したな理由じゃないんだ。苦労話とかするのは、カッコ悪いかなって思ってただけだよ」
バツが悪そうに頬を掻くカイエを――ローズはギュッと抱きしめる。
「そんな事ないよ……私はカイエが好きだから。カイエがどんな想いをして、どんな風に生きて来たのか……全部知りたいよ」
「ああ……解ったよ。ローズ――」
カイエは自らの過去の想いを語り、ローズと何度も唇を重ねながら――その間に襲い掛かって来る金属の竜たちを二人は破壊し続けた。
「でも、カイエ……こんな竜が森の外に溢れ出し来たら、ブリジスタットの人たちは無事では済まないわよね?」
カイエの想いが聞けてローズは幸せだったが、恋愛脳に頬けている場合じゃない事くらいは解っていた。
「いや。こいつらは遺跡から一定距離以上離れる事が出来ないから、問題ないだろ。昔、散々実験したから、間違いないと思うよ」
金属の竜は、かつてカイエが訪れた遺跡の
「それよりも、心配なのはローズの両親の方じゃないのか? 遺跡の中には大量の竜がいるからさ」
冒険者ギルドの女性職員が教えてくれた彼らの行き先は、
「うーんと……心配する必要はないと思うわよ。だって私のお父さんとお母さんは……カイエほどじゃないけど、結構強いから」
金属の竜と戦った時点でローズが慌てていなかったから、だいたい予想はついていたのだが――
「私は史上最強の勇者なんて言われているけど……それは、お父さんとお母さんが魔王と戦ったことがないからよ」
ローズの母親は先々代の勇者で、父親は先代勇者だが。彼らは魔王と戦う前に勇者の役目をローズに引き継いだから、その実力は世に知られていない。
カイエとローズが辿り着いた遺跡は――この世界に存在する他の遺跡とはあらゆる点で異なっていた。地表に剥き出しになった造形物は、全て金属のフレームで覆われている。
「全然錆びてないのね……これも
「まあ、そんなところだな。とりあえず……中に入るか?」
遺跡の中も、壁も床も天井も金属で覆われており。仄かに輝く金属の光だけで、視界は確保されている。
カイエとローズは遭遇する金属の竜を瞬殺しながら、遺跡の奥へと向かった。
前方から轟音が鳴り響いたのは、遺跡に入ってから三十分ほど経ってからの事だった。二人が音のする方向に足早に向かうと――
広間のような空間で、三人の人族と金属の竜が対峙していた。その傍らには、すでに倒されたのであろう竜の
ローズと同じ赤い髪の男と女が、腕組みして見守る中――ピンク色のツインテールの少女が、金属の竜に躍り掛かっていた。
「やぁぁぁ!」
しかし、その動きは余りにも雑で、金属の竜は余裕で避けてしまうのだが。注目すべきはそんな事ではなく――少女が剣振る度に激震が走り、床には何十メートルという深さの穴が出来上がる。
「お父さん、お母さん……これは何の冗談よ?」
ローズの声に気づいた赤い髪の男女は――満面の笑みで駆け寄って来る。
「おう、ローズじゃないか! いきなりこんな場所に現れて、どうしたんだよ?」
短く切った赤い髪に、悪戯小僧を思わせる愛嬌のある顔立ち――アリウス・リヒテンバーグは無精髭を生やしていなければ、二十代前半に見える。
「あら、ローズ……会いたかったわよ。でも、少しだけ待っていて貰える?」
長い髪も褐色の瞳もローズと同じ。彼女を少し大人っぽくした感じで、姉妹と言われたら大抵の者は信じてしまう――それがルーシェリット・リヒテンバーグだった。
二人は娘との再会を喜びながらも、ツインテールの少女と金属の竜の戦いを冷静に観察していた。
「あのなあ……セリカ? おまえの魔力なら、その
「そうね、セリカ……もう少し、考えて動きなさい!」
「うーん……二人の言う事は解るんだけど。当たらないんだから、仕方ないよね?」
ツインテールの少女――セリカは、あっけらかんと笑いながら再び剣を振るうが。またしても竜には当たらずに、今度は壁に大穴を開ける。
「全く……魔力だけならローズ以上なんだけどな」
「そうね……ああ、ローズは気にしないでね。あなたには別の才能があるんだから」
ルーシェリットにフォローされるまでもなく、ローズはセリカに対抗心など抱いていなかった。
確かに魔力だけで言えば、彼女はかつてのローズを凌駕しているが……ただそれだけで、戦い方も魔力の使い方も滅茶苦茶だった。
「なるほどね。面白そうな奴だな……」
カイエがセリカの戦いぶりを眺めていると。
「ところで君は……ああ、そうか。君がカイエ・ラクシエルだな?」
アリウスはカイエの名前を言い当てる。
「へえー……アリウスさんは、俺の事を知ってるんだ?」
「俺だって聖王国出身なんだから、あれだけ派手な事をやった君を知ってるのは当然だろう? 神聖竜が君を同胞だと認めた事も驚いたけど……」
アリウスは気さくな笑みを浮かべて、右手を差し出すと――
「旧魔王軍の第六師団長ドワルド・ゼグランを配下に入れて、聖王国の辺境に自治領を認めさせたかと思えば。今度は王家と教会を脅して、魔族の国ガルナッシュ連合国と国交を開かせるなんてね……君の傍にいつもローズがいた事も知っていたから、父親としては気が気ではなかったよ」
「何だよ……何もかもお見通しって訳か?」
カイエは面白がるように笑うと、自分も右手を差し出してアリウスの手を握る。
「俺も元勇者だからな……それなりに情報網くらいは持っているさ」
ここまでは抜け目のない男だと感心しても良い内容だったが――アリウスはカイエと握手した瞬間、笑顔のまま思いきり力を込めて来た。
「うちのローズが随分と世話になったみたいだからな……カイエ君には会いたいと思っていたんだ!」
目が笑っていないのは……そういう事だろう。カイエはローズと目配せして、お互いに苦笑する。
(うちのお父さんは……こういう人だから。カイエも遠慮しなくて良いからね?)
ローズが視線で語るが、まさか手を握り潰す訳にもいかないから――カイエは精神的に反撃する事にした。
「アリウスさんが言いたい事も解るけど……今さらの話だから。今日、俺とローズがここに来た目的は――」
カイエがローズを抱き寄せると――二人は情熱的な口づけを交わす。
「事後報告で悪いけど、ローズは俺が貰った……アリウスさんが何て言おうと、絶対に放すつもりなんてないからな」
堂々と宣言するカイエと、幸せそうに寄り添うローズ――アリウスは信じられないモノを見たかのように、あんぐりと大口を開ける。
「何それ……どういう事よ? 詳しく聞かせて貰える?」
ルーシェリッタ・リヒテンバーグが、コイバナ好きの女子丸出しで食い入るように見つめる。一方――
「何なのよ、これ……あり得ないわ?」
セリカは金属の竜と戦い続けながら――誰も注目していない状況に拗ねていた。
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