第229話 和解の仕方


「おい、カイエ……いや、カイエ君」


 壁の中から引きずり出されたアリウスは――ルーシェに睨まれて、カイエの呼び方を改める。


「何だよ、アリウスさん……呼び方なんてどうでも良いから、言いたい事があるなら言えよ」


 盛大な親子喧嘩を端で眺めていたカイエは、何だかんだと言ってもう気力的に復活しているアリウスに、面白がるように笑い掛ける。


 そんなカイエをアリウスに憮然としながらも――再び、頭を深々と下げる。


「カイエ君……さっきは大人げない事をして済まなかった。ローズに敗けた以上、俺は君とローズの仲を……み、認……」


「……アリウス、往生際が悪いわよ!」


「ああ、ルーシェ、解ってる…………お、俺はカイエ君とローズの中を認める!!!」


 何とか勢いをつけて言い切ったアリウスの肩を、ルーシェが優しくポンと叩くが――


「だけど……まだ納得できない事がある」


 アリウスが続けた言葉に、ルーシェは彼の肩を握に潰さんばかりに力を込める。


「ま、待ってくれ、ルーシェ! そ、そうじゃないんだ……俺はカイエ君が手を抜いたことに納得できないだけだから!」


 慌てて捲し立てるアリウスに、何を人騒がせなとルーシェは顔を顰める。


「いや、でもさ……アリウスさん。手を抜いたことは認めるけど……ローズが言ってたみたいに、俺が普通に魔力を使ったら、アリウスさんの手が無事じゃ済まないけど」


「それって……マジで言っているんだよな?」


 アリウスは半信半疑というか、かなり疑わし気な顔をする。


「ああ、怪我をするのはアリウスさんだから、試して貰うのは構わないけど……まあ、聖剣が折れるよりもマシだろうから、その方が良いか?」


「何だって……おい、俺の愛剣ヴェルグレイスを舐めるなよ!」


 勇者をローズに譲った後に、アリウスが愛剣とした赤い金属でできた長剣ヴェルグレイスは――世界に十二本しかない聖剣の一つだ。神剣であるアルブレナには敵わないが、太古の竜エンシェントドラゴンや最上位悪魔といった強敵の数々を切り伏せてきた。


「いや、アリウスさんが良いなら構わないけど……」


 このときカイエが考えていたのは、折れた聖剣が直るかどうか――まあ、聖剣には自己回復能力があるから大丈夫だろう。最悪、回復できないほど粉々になっても、アルジャルスに押しつければ何とかするだろうとタカを括る。


「普通に戦うって事は……俺も剣を抜いた方が良いんだよな?」


「当然だ!」


 即答するアリウスに、どうしたものかとカイエがルーシェの方を見ると――『この際だから、徹底的にやってくれる?』という感じの意地の悪い笑みが返って来た。


「カイエ……本気で戦って良いわよ」


 カイエの実力を信じていない父親にイラッとして、ローズも満面の笑みで言う。


「何だよ、ローズまで……まあ、良いや。とりあえず剣を使うか」


 やる気のない感じでカイエが応えると、その手元に二本の漆黒の大剣が姿を現わす――隠される事なく剣からは放たれる魔力に、アリウスはゴクリと唾を飲み込む。


「なるほど、カイエ君……確かに良い剣だ」


「いや、アリウスさんは勘違いしてるみたいだけど、この剣も俺の魔力の一部を具現化したモノで……ああ、説明するよりも実際に見せた方が早いか」


 カイエが通常モードで魔力を開放すると――膨大な魔力が遺跡に溢れ出した。


「……お、おい、いったい何の冗談だよ?」


「嘘……カイエ君って……」


 カイエが魔神である事はアリウスもルーシェも言葉で説明を受けており、それなりに覚悟をしていたが……


「魔神という存在は……ここまで強大な存在なのか……」


 アリウスとて、実際に魔神や神の化身に対峙したことはない。だから、彼が過去に対峙した最強の怪物モンスターの数十倍の強さまでを想定していたのだが――目の前の黒髪の少年が放つ魔力は、文字通り桁が違うのだ。


「まあ……まるっきり的外れって事はないか。このくらい・・・・・の力なら、それなりの魔神なら持ってるからな」


「ちょっと言い過ぎじゃない? カイエは他の魔神と比べても特別よ……何しろ、私が絶対に勝てないと思った『獄炎』の魔神を瞬殺したんだから」


「何言ってるんだよ、ローズ? 今ならおまえだって偽神デミフィーンドクラスなら一人で倒せるだろ? 実際のところアリスたちだって、この前ガルナッシュで『滅殺』の魔神を倒したんだし」


 何だかもう、訳の解らない会話を始めたカイエとローズに……アリウスとルーシェの目が点になる。


「ああ、アリウスさん、悪い……じゃあ、始めようか」


 戦いを始める前に、すでにアリウスの心は折れ掛けていた。


「先に言っておくけど……聖剣も粉々になったら、自己修復出来ないからさ。適当なところで止めておいた方が良いと思うよ」


「解った……憶えておく」


 決死の覚悟で己を奮い立たせて、アリウスはカイエに挑み――聖剣ヴェルグレイスが真っ二つになったところで、戦いは終了した。




「お、俺の……ヴェルグレイスが……」


 愕然とするアリウスを放置して――カイエとローズ、ルーシェの三人は、カイエが格納庫ストレージから出したテーブルセットに座って、お茶を飲み始める。


 床と壁に幾つも開けられた大穴は、この僅かな時間の間に半ば塞がっている。遺跡が持つ失われた魔法ロストマジックによる自己修復能力のせいだ。

 遺跡の外の森にも修復能力は影響しており、金属の竜が破壊した森の木々も遺跡の中ほどではないが、ある程度の時間で修復されてしまう。


「じゃあ……これで話は纏まったって事で良いよな? ルーシェさん、順番が逆になって悪いんだけど……」


 カイエが目配せすると、ローズは恥ずかしそうに頷く。


「うん、あのね……お母さん。今の私は……ローゼリッタ・ラクシエルって名乗っているの」


 ローズはルーシェに、左の薬指に嵌めた赤い石ルビーの指輪を見せる――転移魔法を発動させるための半ば実用的なモノだが、二人が結ばれたときにカイエが新しく作って渡したのだ。


 ローズたち四人は、それぞれのイメージカラーの指輪を贈られており、カイエの指輪には四色の石が埋まっている。ちなみにアリスとエマの指輪は、ローズと同じで転移魔法を発動するが。カイエとエストは自分で発動できるので、指輪には別の効果を持たせていた。


「順番なんて構わないわよ……ローズ、おめでとう。カイエ君……ローズの事をお願いね」


 カイエの強大な力を知ってた今でも、ルーシェの態度は変わらなかった。彼女は最初からカイエの為人ひととなりを見ていたし、ローズが選んだ相手ならば受け入れる覚悟を決めていた……この辺りはやはり母親の強さというところだろう。


「ルーシェさん、少しだけ気になったんだけどさ。その髪の目の色……ルーシェさんとアリウスさんって、同じ一族なのか?」


「そう思うわよね、私たちは夫婦で全く同じ色だから……私とアリウスは従妹同士なのよ。二人ともリヒテンバーグ家の生まれで同い年……ホント、生まれた頃からの腐れ縁よ。ほら、アリウス……そのくらいなら聖剣は自己修復するんだから、良い加減にこっちに来て一緒にお茶を飲まない?」


「ああ、そうだよな……よ-し! もう落ち込むのは終わりだ!」


 アリウスは跳ねるように起き上がると、ルーシェの隣りに腰を下ろす。


「まあ……色々あったが、カイエ君。勝負もついたことだし、全てを水に流そうか」


 今までの事が嘘のように、アリウスは屈託なく笑う――完全復活。この切り替えの早さが、彼の強さの一つなのだろう。


「もう、アリウスは調子が良いんだから……全部あんたのせいなのにね」


「ルーシェ、それを言うなよ……父親ってのは、そういう生き物なんだから仕方ないだろ。なあ、カイエ君?」


「いや、俺に振られても良く解らないけど。ところでさ……あいつのことは、まだ放置しておいて良いのか?」


「「あ……」」


 カイエに指摘される瞬間まで、アリウスとルーシェは本気で完全に忘れていた。四人から離れた場所で、背を向けて座っているピンク色のツインテールの少女の存在を――


「ほ、放置なんてしてないわよ! ねえ、セリカ……ようやく私たちの用事が片付いたから、あなたもこっちにいらっしゃいよ!」


「そ、そうだぞ、セリカ……嫌だなあ、おまえの事を忘れていた筈が……」


「……嘘つき!」


 二人に声を掛けられて振りむいたセリカは――完全に不貞腐れていた。


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