第225話 思い出の場所

 ガルナッシュの件がとりあえず片付いて、チザンティン帝国の件はじっくり時間を掛けるしかなかったので――カイエたちは棚上げにして来た案件に取り組むことにした。


 彼らが向かったのは大陸の西の果て。エストが登録マーキングしていた西端の場所であるリトバルク王国の王都から、さらに飛行魔法フライで移動する事三日――ブリジスタット連合王国の首都であるロンダニアに辿り着いた。


 ブリジスタット連合王国の宗主国であるブリジスタ王国は、世界最古の国の一つとして知られており。かつては光の神を奉る教会の総本山があり、ブリジスタ王国の王家から代々の勇者を輩出するという時代があった。


 しかし時は移り――教会は過去の偉人である『聖人』を重視する正教会と、神の化身である『神聖竜』を重視する聖教会に分裂し。ブリジスタ王家以外から勇者が現れるようになると、王国は衰退していく……


 それでも、七人の『聖人』として祭られる勇者を輩出したブリジスタ王国の威光を、尊重する者も少なくはなく。アルバーナ、ギシェロ両公国を併合してブリジスタット連合王国となった今も大陸の西の盟主として、周辺諸国から一目置かれる存在だった。


「何て言うか……ちょっと懐かしい感じかな?」


 カイエが眠りに就く前の時代から、今の時代まで続いている国など存在しない。それはカイエ自身が加担した神の化身と魔神の争いによって、世界が一度滅んでいるからだ――しかし、その直後から人族も魔族も活動を再開し。ブリジスタ王国が成立したのは九百年以上前、聖王国セネドアが誕生したのは七百年以上前に遡る。


「そうなんだ……ブリジスタットは古い国なのは知ってたけど。レンガ造りの街並みとか……カイエは昔も歩いていたの?」


 ローズは特別な気遣いを感じさせる事なく、世間話をするような感じでカイエに話し掛ける――昔のカイエが何を思って、どういう風に生きて来たか知りたいとは思うけど……それ以上に、今カイエと一緒にいられる幸せを噛み締めていた。


 エストとエマにはチザンティン帝国の貴族たちのフォローと聖王国の事後処理をお願いして、ガルナッシュの事後処理はアリスとロザリーとメリッサに頼んだから。ブリジスタット連合王国に来たのは、カイエとローズの二人だけだった。


「まあ……レンガの街も懐かしい感じだけど。何て言うかな……街の匂いって言えば良いのかな? 何となく懐かしい気がするんだよ」


 そんなローズの想いをカイエも解っていたから、彼女を抱き寄せて広場にある時計塔を見つめる。時計の針はあの頃と同じように進んでいるけど……あの頃のカイエにもエレノアとアルジャルスという盟友はいたが、みんな自分が守りたいモノを守るために必死だったから――同じモノを一緒に守る存在には、なり得なかったのだ……


「て、いうかさ……ローズ? 今回はおまえの両親に報告する事が目的だから」


「うん……そのくらい解ってるよ。でも、うちのお父さんもお母さんも……自由な人だからね?」


 このときローズが言った言葉の意味を――カイエが本当に理解するのは、少し先の事だった。


「アリウス・リヒテンバーグとルーシェリット・リヒテンバーグが……何処に居るのか知ってたら、教えてくれない?」


 冒険者ギルドを訪れたローズは、受付の女子職員に開口一番そう言った。女子職員が訝しそうな顔をするので、とりあえず白金等級プラチナレベルの冒険者プレートを提示する。


 プレートの情報を読み取るマジックアイテムで、女子職員は本物であることを確認すると。


「ローズさんに、カイエさんですか……大変失礼しました。ですが……ギルドの規約上、冒険者の行き先を第三者に教えることは――」


 そこまで言い掛けて、彼女はプレートの名前とローズの姿を何度も見返す。赤い髪に褐色の瞳――


「ロ、ローズさんって、もしかして……」


「そうよ、私の旧姓はリヒテンバーグ……アリウスとルーシェリットは私の両親よ」


 『旧姓』のところで恥ずかしそうに少し頬を赤らめながらローズが言うと。


「えー! 勇者ローズ様が冒険者になったんですかぁぁぁ!」


 女子職員の叫び声はギルド中に響き渡り――勇者ローズを一目見ようという冒険者たちに取り囲まれるハメになった。


「あなたねぇ……冒険者ギルドの職員が何をしてくれるのよ?」


 ローズから極寒の視線を向けられて、女子職員は平謝りするが。時すでに遅しという感じで、興奮した冒険者たちは無遠慮にローズに手を伸ばそうとするが――


「おい、ローズは俺のモノだからさ……勝手に触るなよ?」


 カイエが放つ威圧感に、冒険者たちは一瞬で凍りついた。




「大変申し訳ありませんでした……ローズ様、カイエ様! お詫びと言っては何ですが、アリウスさんとルーシェリットさんの行き先をお教えします。お二人は――」


 女子職員の言葉を聞きながら――何故かローズは上機嫌だった。


「えへへ……カイエは私のために、怒ってくれたんだよね?」


 飛行魔法フライで目的地へと向かいながら、ローズは嬉しそうにカイエの腕にしがみつく。


「ああ、当然だろう……それよりも、ローズ? そろそろ目的地だから地上に降りるぞ」


 女性職員から情報で二人が向かったのは――ブリジスタット連合王国北西部の辺境地帯。

 深い森に囲まれた景色は、カイエの記憶とは異なっていたが。醸し出される雰囲気は……やはり、どこか懐かしさを感じさせた。


「……ローズ!」


「うん。解ってる――」


 森の木々を薙ぎ倒しながら高速で近づいて来たモノたちは、竜の姿をしているが――生命体である事を全く感じさせない金属製のパーツで形作られていた。


「これって……アルジャルスの地下迷宮ダンジョンにいる偽物のフェイクバハムートみたいね?」


 スキル『早着替え』で白銀の鎧を身に纏ったローズが、光の剣を手に金属の竜に切り掛かる。


「ああ……偽物のフェイクバハムートの元ネタは、こいつらだからな」


 金属の竜たちが何処から来たのか、カイエは知っていた。


 『世界の果て』――千年以上前にそう呼ばれた場所には、さらに過去の遺跡があり。そこでカイエは、この世界の成り立ちを知ったのだ。

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