第224話 戦いは終わらない


「愚かな人族よ……不死王ノーライフキング如きなどと、よく言えたものだな?」


 不死者アンデッドの軍勢とアリスたちが戦う戦場の遥か上空で――本物・・冥王グレーターリッチザウエル・シャニングは不可視化したまま呟いた。


 アリスが仕留めたのはザウエルの『偽体』であり――用心深い彼は常に本体を隠していた。

 『偽体』と言えども最上位魔法である『上位グレーター不死者創造クリエイトアンデッド』によって黄泉の魔術師リッチ以上の魔力を分け与えた本物の不死者アンデッドであり。人族風情が本物のザウエルと見分けがつく筈もなかった。


「しかし、それにしても……無様な敗北だな」


 すでにザウエル以外の不死王ノーライフキング二体は滅ぼされ、眼下に広がる戦場では配下である不死者アンデッドの軍勢が今も蹂躙されている。


 十万対数千――否。冷静に戦況を分析すれば、たった三人の敵によって不死者アンデッドの軍勢は壊滅させられしようとしている。魔王を滅ぼした現勇者パーティーは稀代の力を持つと言われていたが……想定を遥かに超える実力だと認めざるを得なかった。


彼奴・・さえ参戦していれば……戦況も変わっていたであろうがな」


 ザウエルは五番目の不死王ノーライフキングを思い浮かべて舌打ちする。己以外に、ザウエルが真の不死王ノーライフキングに値すると認める唯一の存在――しかし、何を考えているか解らない彼奴・・は、冥府の魔神の声を無視した。


「まあ、良い。こうなれば計画を変更する他はないが……速いか遅いかだけの話だ。貴様たちには、冥府の魔神様に逆らう愚かさを教えてやろう」


 ザウエルが呪文の詠唱を始めても不可視化が解けることはなく――誰もいない夜空に立体構造の多重魔法陣が浮かび上がる。彼が発動したのは最上位魔法のさらに上……究極のアルティメット魔法マジックだった。


 立体魔法陣は滅ぼされた幾万の不死者アンデッドの負の魔力を吸い込んでいく……本来であれば、生者の魂を使って発動するつもりだったが。生者の魂も不死者アンデッドの負の魔力も霊魂としては等しい存在であり、魔術の天才であるザウエルであれば、召喚魔法の触媒として使用する事が出来た。


 そして立体魔法陣の中で具現化したのは……眼窩から大量の血を垂れ流す巨大な骸骨の顔だった。

 冥府の魔神に従属する巨人級ガルガンチュアクラス偽神デミフィーンド――自らも『滅殺』の魔神と呼ばれる存在だった。


「『滅殺』の魔神よ……愚かなる生者たちを供物に捧げる!」


 『滅殺』の魔神の眼窩と口から流れ出す赤黒い血が――まるで触手のように蠢いて、地上にいる者たちに無差別攻撃を始めた。

 悪魔デーモン不死者アンデッドも上位も下位も関係なく、触手に触れると一瞬で溶かされてしまう。


「何だよ、結局偽神デミフィーンドか……俺たちを殺したいなら、冥府の魔神くらい復活させろよな」


 突然聞こえた声にザウエルが慌てて振り向くと、黒髪の少年が後ろに立っていた。


 今まで気づかなかった事が不可解なくらいに、少年は圧倒的な存在感を放っていた――それだけで不死王ノーライフキングであるザウエルに最大級の警戒心を抱かせるくらいに。


 しかし、ザウエルの不可視化の魔法はまだ発動中なのだ。しかも彼の魔法は単なる透明化ではなく、全ての探知魔法を阻害する効果を持っている。

 だから、少年が己の存在に気づいている筈もないと、ザウエルは何も知らぬ愚か者の独り言と片づけようしていた……少年の手が肩を掴むまでは。


「き、貴様……」


 咄嗟に逃れようとするが、軽く触れているだけの筈なのに振り払う事が出来なかった。


「おい、何を慌ててるんだよ……あとさ、俺には魔力が見えるから。不可視化なんかしても無駄だからな」


 黒髪の少年――カイエは事も無げに言うと、ザウエルを拘束したまま伝言メッセージの魔法を飛ばす。


「あっ……やっぱり、カイエも来てたのね」


 それに応えて、多重加速ブーストした飛行魔法でやって来たのはアリスだった。

 数十本の血の触手が追い掛けて来るが、アリスは二本の刀で事も無げに全てを切り伏せてしまう。


「地上の方は、もう良いのか?」


「何よ、あんたが呼びつけた癖に……まあ、あとは数を潰すだけだし。放っておいてもあの触手が片づけちゃうんじゃないの? そもそも不死王ノーライフキング不死者アンデッドだけなら、ロザリーとメリッサだけでも十分だったでしょ?」


 完全にザウエルの存在を無視して、二人は会話を続ける。ロザリーは下僕である悪魔デーモンたちを安全行きまでずてに撤退させており、今はメリッサと二人で襲い掛かって来る触手の相手をしていた。


「それにしても……カイエ、あんたのやってることは過保護以外の何でもないわよね。私がいるんだから、もう少し信頼してくれても良いんじゃないの?」


 拗ねたように言うアリスに、


「いや、アリスの事は信頼してるって。ただ……大量の不死者アンデッドが集まると究極のアルティメット魔法マジックの『魔神復活』を使われたら少し面倒だなって思ってたんだよ」


 カイエは頬を掻きながら苦笑する。さすがに相手が魔神ともなると、アリスたちだけでは厳しいと思って……要するに、心配だから顔を出したのだ。


「ふーん……まあ、良いわよ。それで……この魔神は私たちじゃ手に負えないの? 見た感じじゃ……勝てない相手ではないと思うのよね?」


 勿論、単に見た目だけで判断しているのではなく。アリスは魔神の魔力を冷静に見極めていた。


「まあ、結局召喚したのは偽神デミフィーンドだからな……今のアリスなら良い勝負、ロザリーとメリッサが参戦すれば普通に勝てると思うけど」


 不死者アンデッド程度の魔力では、一時的にでも冥府の魔神自身を復活させるのは無理だとは思っていたが……一応僅かな可能性を考えて、カイエは出張って来たのだ。


「き、貴様ら……だ、黙って聞いておれば、何を虚勢を張っておるのだ!」


 ここまでザウエルが黙っていたのは――何の事はない、カイエの存在感に飲まれて言葉を発する事が出来なかったからだ。


 しかし、話を聞いていれば、カイエは究極のアルティメット魔法マジックである『魔神復活』の存在も、ザウエルが魔神を復活させる事も初めから知っていたような口ぶりであり……あまつさえ、『滅殺』の魔神すら倒せると言い放ったのだ。


 だから、さすがに黙っていられなくなって、必死に言葉を発したのだが――


「五月蠅い……黙れ」

「五月蠅いわね……黙ってなさいよ」


 二人に冷徹な視線を向けられて――再び黙るしかなかった。


「……で、どうするよ? 俺がやるなら訳ないけど……」


「そうね……今後の事も考えると。せっかくだから戦ってみようかしら」


 などと気楽な口調だったが……アリスの目は真剣だった。


「じゃあ、地上の触手と不死者アンデッドは俺が片づけるか……」


 そう言うなり、カイエは『混沌の魔力』を解き放つ――漆黒の渦と化した膨大な魔力は大地を覆いつくように広がると、全ての不死者アンデッドと血の触手を一瞬で飲み込んでしまう。


(……!!!)


 言葉を発する事も身動きも封じられたザウエルが驚愕の視線を向ける中。


「カ、カイエ様……危ないじゃないですの!」


「そ、そうだな……危うく僕たちも、飲み込まれるところだったよ」


 『ラブリーラビット』と同化したロザリーとメリッサが、二人の下に跳んできて抗議する。


「俺がそんなヘマをするかよ……それよりも、おまえらも目の前に魔神がいるのに全然余裕だな?」


 カイエは揶揄からかうように笑うが、返って来たのは真顔の答えだった。


「え……カイエ様がいるんですから、余裕ですの」


「ああ、そうだよね……僕にもカイエのへ方がずっと強く見えるけど?」


「何だよ、そういう事か……だけど、今回俺は手出ししないからさ。おまえたち三人だけで、魔神を倒して見せろよ」


 わざと挑発するように言うと――今度は、不敵な笑みが返って来た。


「面白いですの。アリスさんと三人なら……」


「うん……負ける気はしないね!」


 そして言葉の通りに――三人は地上まで『滅殺』の魔神を誘き寄せると。ロザリー(ラブリーラビット)とメリッサが陽動と触手の相手を担当して、アリスが『影走り』で本体に不意打ちを繰り返すことで、本当に魔神を倒してしまう。


「おまえら不死王ノーライフキングは自分たちの力に奢り、ずっと安全な場所で踏ん反り返って、情報収集すら怠っていたからさ……」


 愕然とする冥王グレーターリッチザウエル・シャニングに、カイエは淡々と語った。


「この世界のパワーバランスが変わった事にも気づかなかった訳だ……まあ、今さらの話だけどな?」


 転移不可領域を周囲に展開すると、カイエはザウエルの肩から手を放して開放する。


「さあ……幕切れフィナーレと行こうか」


 今度こそアリスの刀が――本物のザウエルの首を切り落とした。

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