第224話 戦いは終わらない
「愚かな人族よ……
アリスが仕留めたのはザウエルの『偽体』であり――用心深い彼は常に本体を隠していた。
『偽体』と言えども最上位魔法である『
「しかし、それにしても……無様な敗北だな」
すでにザウエル以外の
十万対数千――否。冷静に戦況を分析すれば、たった三人の敵によって
「
ザウエルは五番目の
「まあ、良い。こうなれば計画を変更する他はないが……速いか遅いかだけの話だ。貴様たちには、冥府の魔神様に逆らう愚かさを教えてやろう」
ザウエルが呪文の詠唱を始めても不可視化が解けることはなく――誰もいない夜空に立体構造の多重魔法陣が浮かび上がる。彼が発動したのは最上位魔法のさらに上……
立体魔法陣は滅ぼされた幾万の
そして立体魔法陣の中で具現化したのは……眼窩から大量の血を垂れ流す巨大な骸骨の顔だった。
冥府の魔神に従属する
「『滅殺』の魔神よ……愚かなる生者たちを供物に捧げる!」
『滅殺』の魔神の眼窩と口から流れ出す赤黒い血が――まるで触手のように蠢いて、地上にいる者たちに無差別攻撃を始めた。
「何だよ、結局
突然聞こえた声にザウエルが慌てて振り向くと、黒髪の少年が後ろに立っていた。
今まで気づかなかった事が不可解なくらいに、少年は圧倒的な存在感を放っていた――それだけで
しかし、ザウエルの不可視化の魔法はまだ発動中なのだ。しかも彼の魔法は単なる透明化ではなく、全ての探知魔法を阻害する効果を持っている。
だから、少年が己の存在に気づいている筈もないと、ザウエルは何も知らぬ愚か者の独り言と片づけようしていた……少年の手が肩を掴むまでは。
「き、貴様……」
咄嗟に逃れようとするが、軽く触れているだけの筈なのに振り払う事が出来なかった。
「おい、何を慌ててるんだよ……あとさ、俺には魔力が見えるから。不可視化なんかしても無駄だからな」
黒髪の少年――カイエは事も無げに言うと、ザウエルを拘束したまま
「あっ……やっぱり、カイエも来てたのね」
それに応えて、多重
数十本の血の触手が追い掛けて来るが、アリスは二本の刀で事も無げに全てを切り伏せてしまう。
「地上の方は、もう良いのか?」
「何よ、あんたが呼びつけた癖に……まあ、あとは数を潰すだけだし。放っておいてもあの触手が片づけちゃうんじゃないの? そもそも
完全にザウエルの存在を無視して、二人は会話を続ける。ロザリーは下僕である
「それにしても……カイエ、あんたのやってることは過保護以外の何でもないわよね。私がいるんだから、もう少し信頼してくれても良いんじゃないの?」
拗ねたように言うアリスに、
「いや、アリスの事は信頼してるって。ただ……大量の
カイエは頬を掻きながら苦笑する。さすがに相手が魔神ともなると、アリスたちだけでは厳しいと思って……要するに、心配だから顔を出したのだ。
「ふーん……まあ、良いわよ。それで……この魔神は私たちじゃ手に負えないの? 見た感じじゃ……勝てない相手ではないと思うのよね?」
勿論、単に見た目だけで判断しているのではなく。アリスは魔神の魔力を冷静に見極めていた。
「まあ、結局召喚したのは
「き、貴様ら……だ、黙って聞いておれば、何を虚勢を張っておるのだ!」
ここまでザウエルが黙っていたのは――何の事はない、カイエの存在感に飲まれて言葉を発する事が出来なかったからだ。
しかし、話を聞いていれば、カイエは
だから、さすがに黙っていられなくなって、必死に言葉を発したのだが――
「五月蠅い……黙れ」
「五月蠅いわね……黙ってなさいよ」
二人に冷徹な視線を向けられて――再び黙るしかなかった。
「……で、どうするよ? 俺がやるなら訳ないけど……」
「そうね……今後の事も考えると。せっかくだから戦ってみようかしら」
などと気楽な口調だったが……アリスの目は真剣だった。
「じゃあ、地上の触手と
そう言うなり、カイエは『混沌の魔力』を解き放つ――漆黒の渦と化した膨大な魔力は大地を覆いつくように広がると、全ての
(……!!!)
言葉を発する事も身動きも封じられたザウエルが驚愕の視線を向ける中。
「カ、カイエ様……危ないじゃないですの!」
「そ、そうだな……危うく僕たちも、飲み込まれるところだったよ」
『ラブリーラビット』と同化したロザリーとメリッサが、二人の下に跳んできて抗議する。
「俺がそんなヘマをするかよ……それよりも、おまえらも目の前に魔神がいるのに全然余裕だな?」
カイエは
「え……カイエ様がいるんですから、余裕ですの」
「ああ、そうだよね……僕にもカイエのへ方がずっと強く見えるけど?」
「何だよ、そういう事か……だけど、今回俺は手出ししないからさ。おまえたち三人だけで、魔神を倒して見せろよ」
わざと挑発するように言うと――今度は、不敵な笑みが返って来た。
「面白いですの。アリスさんと三人なら……」
「うん……負ける気はしないね!」
そして言葉の通りに――三人は地上まで『滅殺』の魔神を誘き寄せると。ロザリー(ラブリーラビット)とメリッサが陽動と触手の相手を担当して、アリスが『影走り』で本体に不意打ちを繰り返すことで、本当に魔神を倒してしまう。
「おまえら
愕然とする
「この世界のパワーバランスが変わった事にも気づかなかった訳だ……まあ、今さらの話だけどな?」
転移不可領域を周囲に展開すると、カイエはザウエルの肩から手を放して開放する。
「さあ……
今度こそアリスの刀が――本物のザウエルの首を切り落とした。
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