第218話 やるか、やらないか。


「よう、バルバロッサ……生きてたか?」


 マルクスとの交渉を終えた後――カイエは帝都の東地区にある軍事基地へとやって来た。そこにバルバロッサたちがいた訳だが。


「カイエ殿は……どうして私が此処にいると知っているのだ?」


 バルバロッサの疑問は最もで……本来彼の部隊はマルクスの城塞に所属しており。城塞が失われた今では、帝都各地の基地にバラバラに配備されていたのだ。


「おまえたちの居場所くらい、俺が解らない筈がないだろ? そんな事より……帝都のを案内してくれよ。せっかくチザンティン帝国の帝都まで来たのに、全然観光とかしてないからさ?」


 種明かしをすれば、カイエは不可視のインビジブル従者サーバントにバルバロッサの居場所を探らせており。最後は彼の魔力を感知して、ピンポイントで現在いる場所にやって来たのだ。


「ふざけるな、カイエ・ラクシエル……貴様には何度も言っているだろう! 閣下を侮辱するような発言は……この私が許さない!」


 魔銃の銃口を向けて来るキシリア・レーバンの殺意を――カイエは完全に無視する。


「なあ、キシリア……おまえの実力じゃ、俺を殺すなんて絶対に無理だからさ。大人しくバルバロッサの警護役を務めておけよ。それ以上ウザい真似をするなら……おまえの魔銃を破壊するからな?」


 その言葉が決してハッタリでも嘘でもない事を、キシリアは理解していたが――


 カイエは本当に、バルバロッサに帝都を案内させた。


 帝国の発展とともに、外側へと敷地を拡げて来た帝都ダストレアは、現在人口二百万人を超える世界最大の都市だ。五重の城壁に囲まれた街並みは継ぎ接ぎだらけという感じで雑然としているが、中心街と帝都を横断する大通りだけは、他と比べて不自然なほど整然としている。


「へえー……いかにも皇帝が権力を嵩に懸けて、強制的に再開発したって感じだな」


 カイエの感想は的を射ていた。中心街にはマルクスの城塞跡地の他は、皇帝直轄の各施設と、帝都で執務を行う大貴族たちの邸宅が並ぶだけで。それらの邸宅も所有権は皇帝にあり、貴族たちに貸し与えているのだ。


 皇帝の権威の象徴は中心街ばかりでなく、大通りに面した広場には必ずマルクスの銅像が建てられている――以前は父である前皇帝の銅像が建てられていたのだが、マルクスは即位するとともに、それらを全て破壊した。


 そんな訳で、帝都の表向きの観光スポットは全て現皇帝の権威を感じさせるものだったが。さすがは歴史ある世界最大の都市だけあって、建国時代から残る古い建物や、伝説や伝承に纏わる場所が市街各所に残されており。庶民目線であれば観光する場所に事欠かなかった。


「おまは生粋の軍人みたいだから、庶民の観光名所なんて疎いと思っていたけど……意外と詳しいんだな?」


「カルガルフ家は代々皇帝の直轄軍に所属しており、私は帝都の出身なんだ。だからそれなりに帝都には詳しいが……この一週間は時間を持て余していたからな。ちょうど帝都をブラついて、昔馴染みの場所を訪れていたところだ」


 バルバロッサはすでにバルキリア侵攻軍総司令の任を解かれており、部隊を編成していた兵士たちは、彼らが本来所属している帝国西部の各貴族の領地に戻っていた。

 バルバロッサは彼らの元に戻り、労いの言葉の一つでも掛けたかったのだが。状況を考えて、総司令不在のまま部隊を解散させた。


 午後も遅くなって、そろそろ夕飯時という頃になると。不意にカイエは、街中で見掛けた下町の居酒屋という感じの店に入ると言い出した。


 店内はすでに木製のジョッキを抱える市民たちで溢れており、軍服姿のバルバロッサとキシリアは周りから完全に浮いていた。

 しかしカイエは全く気にする様子もなく、五人分のイスとテーブルを確保すると、慣れた感じで勝手に注文を始める。


 将軍であることを示すバルバロッサの金色の肩章を見て、周りの客たちは奇異の目でヒソヒソと呟い囁き合っているが。そんな些細な事など、パロバロッサ本人にとってはどうでも良くて――そんな事よりも半日ほど帝都を案内をさせて、場末の酒場へ連れて来たカイエの意図を測ろうとしていた。


 しかし、料理と酒が運ばれてきても、カイエは食べながら雑談をするばかりで。この一週間の帝都の情勢や、パロバロッサたちの処遇などについて何も聞いて来なかった。


 そればかりか、『はい、カイエ……あーん!』と人目を憚らずに食べさせるローズと、その隣で甲斐甲斐しく世話を焼くゴスロリ幼女。そして、それを当然だというばかりに見せつけながら、いつの間にか周りの客たちと酒を酌み交わしているカイエに……バルバロッサは真面目に考えている事が馬鹿らしくなった。


「なあ、バルバロッサ……マルクスの奴は俺が黙らせたから。おまえは好きにやれば良いんじゃないか?」


 不意打ちの言葉に、バルバロッサは目を細める。カイエはいつも通りに皇帝を呼び捨てにしていたが。それが皇帝本人を指しているなど、周りの客は誰も気づいていなかった。


「チザンティン帝国は、これから魔族と交流を始める」


 世間話でするような感じで気楽な調子で言うが――チザンティン帝国は魔族を敵視する事で版図を広げて来たのだ。


「それを……陛下が認めたと言うのか?」


「ああ……俺が認めさせた。もし約束を反故にしたらどうなるか……あいつだって、それくらい解っているだろ?」


 今度は『魔族』とか『陛下』とか、そのものズバリの単語が飛び交うが。こんな酒場でするような話じゃないから、周りの客たちは誰も本気で聞いてなどいない。


「しかし、そんな事をすれば……帝国全体が大混乱に陥るだろう。下手をすれば陛下の権力が失墜して……貴族同士の紛争に繋がりかねない!」


「ああ、その可能性は十分にあるから……俺はマルクスに利権を握らせて、利権を餌に貴族を上手くコントロールさせようと思っている。マルクスも失敗したら自分の地位が危ういんだから、必死に立ち回るだろうな」


 マルクスが失脚したところで、カイエたちは別の交渉相手に当たるだけだが。混乱の中で魔族や人族に犠牲者を出すのは頂けない――だから他にも色々と手を打って、マルクスを成功させようと思っていた。


「だけど、マルクスははかりごとならそれなりに出来るが……軍事に関しては落第だ。だから……バルバロッサ。おまえみたいな奴が、これからの帝国に必要なんだよ」


 カイエの漆黒の瞳が、挑発するようにバルバロッサを見る。


「バルキリアの件で失脚したとか、皇帝に見限られた自分に出来る事はもう何もないとか……そんな甘い事を考えてないよな? おまえが手をこまねいていれば……帝国全土が血の海に沈むかも知れない」


 それは決して誇張ではなく、皇帝と大貴族が正面から争う事になれば十分にあり得ることで。皇帝が魔族と交流する方向に舵を切ったのだから、争いの火種は一気に帝国中を駆け巡るだろう。


「しかし……私には、そのような力が……」


 皇帝直属軍の将軍であるバルバロッサは、自分が自由に動かせる兵力など持っていない。皇帝に見限られた今では、将軍の肩書などに価値は無いのだ。


「まあ、諦めるなら勝手にすれば良いさ……だけど皇帝を動かしたいと思うなら、おまえ自身の価値を見せつけてやれば良いだけの話だろう?」


 勝手な言い草だとカイエは自覚しながら――それでもバルバロッサに期待してしまう。

 帝国中の貴族たちを敵に回したマルクスにバルバロッサが自分の軍人としての価値を認めさせれば……利で動く皇帝は彼を利用しようとするだろう。


 それは決して簡単な事ではないが。少なくともマルクスはバルバロッサの実力を認識しているのだから、出来ない事ではないと思う。


「やれるか、やれないかじゃなくて……やるか、やらないかだろう?」


 好き勝手に言うカイエを、今もキシリアは睨みつけている。


(だけどさ、そんな事をしても無駄だから。おまえがバルバロッサの役に立ちたいなら……銃口を突き付ける相手を間違えるなよ)


 しかし、ローズとロザリーが彼女を睨み返しているのにも気づいていたから――そろそろ潮時だなと、カイエは二人を不意に抱き寄せると。


「あとは、おまえが決めるだけだ……そういう事で。じゃあな、バルバロッサ」


 そう言うなり――カイエたちは食事代の金貨を残して、忽然と姿を消した。


 信じられない光景を目の当たりにして、さすがに客たちも騒然となるが……彼らの声など今のバルバロッサには聞こえていなかった。

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