第219話 獲物を狩るモノ
スレイン国王とオルガーナ枢機卿が魔族を受け入れると宣言してから、約一ヶ月半が経過した頃――
第二氏族ロズニアの
ガルナッシュ連邦国と聖王国が正式に国交を開くに当たって、様々な取り決めを行う事が今回の目的だから。使節団のホスト役はスレイン国王自らが行うことになっているが、ブラッドルフたちの警護と案内を実際に取り仕切っているのは――エストとエマだった。
「ブラッドルフ殿……貴方の実力は知っているが、今回は自重して貰いたい。使節団に一人でも犠牲が出れば、今後の魔族と人族の交流に支障が出るからな」
聖王国が用意した貴賓用の馬車の中で、エストは向かいの席に座るブラッドルフに説明する。
カイエと
「うん、そうだよね……ブラッドルフさん一人なら問題ないと思うけど。聖王国の人を殺されても困るし、ロズニアの人たちも数で押されたら無事では済まないでしょ」
エストの隣でサンドイッチを頬張るエマは、食いしん坊なところは相変わらずだが。ふと見せる表情に艶があると噂になっており、思わずノックアウトされる兵士が続出していた。
さらに最近は戦闘以外の仕事も卒なくこなすようになって、元々気さくで面倒見の良い彼女は、兵士たちの雑務も嫌な顔一つせずに進んで手伝うモノだから……勘違いして撃沈される者が後を絶たなかった。
こうして騎兵たちに守られて、ブラッドルフと一緒に馬車に揺られているのだから、楽をしているように見えるかも知れないが――現在の状況を作る事前準備ために、エストとエマは奔走したのだ。
※ ※ ※ ※
使節団が来る一ヶ月以上前から、二人は聖王国各地を巡って、貴族と教会、魔術士教会と冒険者ギルドにいる反魔族急進派の主要人物たちに直接会って説得して周った。
『魔族を受け取れる』という歴史的な宣言が成されたとはいえ、積年の感情が簡単に払拭されるとは到底思えなかったからだ。
エストとエマは自分たちの人脈とアリスの情報網と、スレインとオルガーナに無理矢理協力させて、過激な者たちをピックアップした。
聖教会本部のお膝元であり、魔王軍との戦いの中心でもあった聖王国だけあって、急進派の数は主要人物だけでも軽く百人を超えていたが。エストとエマは一人一人を説得して周るという地道な活動を根気良く続けた。
「なるほど、快く承諾してくれた事には感謝するが……」
勇者パーティーのメンバーである彼女たちに説得されては、大抵の者は表向きは協力すると言わざるを得なかっが。内心では真逆の事を考えている者も多く、そういう者たちを見抜いては――
「その言葉が偽りだったときは……私は全力で貴方たちを糾弾させて貰う!」
「勇者パーティーだからって、聖王国の人たちに手を出さないなんて思わないでよね? 相手が魔族という理由だけで傷つけようとするなら……私も本気で相手をするからね!」
二人から極寒の視線を向けられて、心をへし折られる者が続出する事になった。
使節団を乗せたブラッドルフの船が湾岸都市シャルトに到着してからも。エストとエマはジャグリーンと連携して『先回りの警護』に尽力した。
ロズニア以外の十大氏族の使者を含めて、使節団の数は五十名余り。海上で彼らの警護を務めたブラッドルフの部下のうち、船に残る百名を除く百五十名が引き続き護衛として同行するというので、総勢は二百人を超えた。
しかし護衛の魔族にも、万が一にも犠牲者を出す訳にはいかないから。護衛も含めて魔族全員を五十台以上の馬車に分乗させて、その周囲を聖王国側の護衛である三百名の騎兵で固める事になった。
二百人程度の人数であれば、エストが『
使節団街道を進む間も、エストとエマは急進派の動きに対応するために動き回る必要があったから。不可視化能力のあるロザリーの下僕を、使節団の馬車の列の前後に斥候役として配備して。実力行使に出なければならない場合に備えて、
そして進路を妨害する者が現れれば、二人は使節団と接触する前に先手を打って『平和的』に排除して回ったのだ。
※ ※ ※ ※
「いや、私だって……エスト殿とエマ殿に無駄な手間を掛けさせるほど馬鹿ではない。今回は大人しく、客人として振舞わせて貰おう」
エストとエマの苦言に、馬車に同席するブラッドルフが応える。
「それにしても……王都までは、あとどれ位掛かるのだ? ずっと馬車などに乗っていると身体がなまって困る。別に馬鹿にする訳ではないが、せめて馬など使わずに魔獣に引かせればもっと速いだろう?」
ブラッドルフは何度も航海に出ており、長旅には慣れているが。陸路では馬車など使わず、自らの魔獣を駆るのが常だったから。馬車の旅は退屈らしく、思わず不満の言葉が漏れる。
ジャグリーンが馬車を引くために用意したのは軍馬であり、並みの馬車よりはよほど速かったが。それでも魔獣で駆けるのに比べれば遥かに遅かった。
「そんなに退屈してるなら……私と仕合でもする? 他の人たちにはこのまま進んで貰って、仕合が終わったら
エマはポキポキと指を鳴らしながら、ニッコリと笑う。退屈してるのは彼女も同じで……丁度身体を動かしたいと思っていたのだ。
「いや……ありがたい申し出だが。遠慮させて貰おう……」
「えー! ようやく遊べると思ったのに!」
「エマ、止さないか……ブラッドルフ殿。王都までは三日というところだから、もう少しだけ我慢して貰えるか」
不満そうなエマを宥めて、エストは苦笑する。
「いずれは聖王国内も魔獣で移動出来るように取り計らうつもりだが……今は聖王国の人々が魔族の皆さんにとの交流に慣れるのが先決だからな。あまり刺激をしたくはないんだ」
「ああ、事情は解っている……エスト殿、我がままを言って悪かったな」
エストの助け舟に感謝して、ブラッドルフは胸を撫で下ろす。
「いや、謝罪の必要などない。ブラッドルフ殿の気持ちは理解しているつもりだ。それに……退屈な時間も、そろそろ終わるだろうからな。ブラッドルフ殿も、期待してくれた構わない」
意味深なエストの笑みに、ブラッドルフは訝しげな顔をする。
「エスト殿……それはどういう意味だ?」
しかし、エストが応える前に――エマがワクワクした顔で割って入る。
「ねえ、エスト! それって、ようやく暴れられるって事だよね?」
「そうだな。今夜辺り……襲撃があると思う。だが、ブラッドルフ殿……この件は想定済みだから、私たちに全て任せて貰えるか?」
ブラッドルフを安心させるように微笑むが――エストの笑みには同時に、有無を言わせぬ迫力があった。
「私だって随分前から監視されてるって解ってたのに……エストが手出ししちゃ駄目だって言うから、我慢してたんだよね」
使節団を監視する者たちの存在にエマも気づいていたから、すぐに撃退しようとしたのだが。エストに釘を刺されて、仕方なく放置してきたのだ。
「ああ……ブラッドルフ殿に黙っていたのは申し訳ないが、彼らを泳がせておいたのには理由がある。今度の相手は聖王国の急進派じゃない……監視していたのは、人族でも魔族でもはないからな」
「それは……」
どういう意味だという言葉を、ブラッドルフは飲み込む。何故ならば――
エストとエマが、獲物を追い詰めた狩猟者の顔をしていたからだ。
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