第203話 本当の理由


「カイエ様……ロザリーちゃんも、褒めて欲しいですの!」


 カイエとローズがイチャついていると。構いたがりのイーグレットを振り切って、ロザリーが澄まし顔でテトテトとやって来た。


 イーグレットと目が合うと。ニッコリと笑って、手を振って来る。


 ちなみにイーグレットは――大量の悪魔を召喚したり、雷鳴の防壁ライトニングシールドを発動して、ロザリーが圧倒的な実力を見せつけた今でも。彼女に対する態度を、一切変えていなない。


 カイケルも城塞の責任者に相応しい態度で、今でもロザリーに接してはいるが。如何せん、腰が引けているのを隠せてはいなかった。


 カイエとローズに対する態度も似たようなもので――カイケルは二人に感謝とともに、畏怖の念を懐いているようだが。

 イーグレットの距離感が変わらないどころか、さらに近くなっている……まあ、ローズの影響が大きいのだろう。


「おい、ロザリー……お仕置きのことは忘れてないよな?」


 意地悪く笑うカイエに、


「そ、その話は……ロザリーちゃんが頑張ったから、考えて貰えるんじゃ……」


「ああ、考えた結果……やっぱりお仕置きは必要だな」


「そ、そんな、カイエ様……」


 本気で怯えるロザリーの頭を――ローズが優しく撫でる。


「もう、カイエったら……良いわよ、ロザリー。今回は頑張ったから、許してあげるわ。でも、人族に対する態度は改めなさいよ? あなたは自分よりも弱い相手を、すぐ馬鹿にするから。強さだけが全てじゃないって……そろそろ理解してよね?」


「はい……ローズさん……」


 涙目で縋りつくロザリーは――ローズの妹か、仲の良い従妹のように見える。

 見た目は全然似ていないが。ロザリーがローズに向ける尊敬と敬愛を込めた視線は……主人よりも、親しい親族に向けるモノのように思えるのだ。

 

 そんな事を考えながら、カイエが二人を眺めていると――突然後ろから抱きつかれる。


「ちょっと、カイエ……最近は、ずっとローズとロザリーと一緒なんだから。夜の間くらい……私のことも構いなさいよ」


 犯人の正体はアリスで……右手にワイングラス、右手に酒瓶を持っていた。


「そうだな。私だって、その……寂しかったんだから」


 いつの間にかエストも隣りにいて。カイエの腕を掴んで、上目遣いに見つめて来る。


「フフフ……そうよね。今日は私が独り占めしちゃったから。アリスもエストも……いっぱいカイエに、甘えて良いわよ」


 正妻らしい余裕を見せるローズに――アリスとエストはニッコリ笑って、カイエに色々なところを密着させる。


「ねえ、カイエ……チザンティン帝国の進撃は、予想通りと言うか。アッサリ片付けたみたいだけど……このまま帝国を放置するつもりはないのよね?」


 耳元に吐息を吹きつけて、アリスが訊ねる。


「ああ……帝国の内情についても。アリスのおかげで、結構調べがついたからな。チザンティン帝国は、俺たちの目的を果たすための最大の障害の一つだし。今回の件を利用して、仕掛けるつもりだよ」


「そういうのも……カイエらしいな。聖王国の方は、私とエマで何とかなりそうだから。でも……もう少し私のことも頼って欲しいかな?」 


 エストはカイエの胸に指先を這わせながら……途中で自分のやっていることが恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしていた。


「あー! ズルいよ、アリスもエストも! 私だって、カイエに甘えたい!」


「みんな……僕だけ除け者とか、それはどうかと思うけど?」


 エマとメリッサまで乱入して――濃厚なピンク色の空間に、兵士たちは呆気に取られる。


 アルバラン城塞には、女性の兵士もいるので。女っ気のない彼らに対する拷問とまでは、いかなかったが……あからさまにイチャつかれると、殺意を抱く者も少なくない。しかし――


「おまえら……羨ましいだろ? だけどさ、こいつら全員……俺のモノだからな」


 余りにも堂々としたカイエの態度に――不思議と納得してしまう者が多発する。


「あ、あの、カイエ様……何なんですか、この光景は?」


 イーグレットは三日前に、アリスたちにも会っていたが。そのときは、カイケルとの関係を逆に揶揄からかわれただけで。ピンク色の空間に遭遇したのは、今回が初めてだった。


「イーグレット、気にしないでね……いつもの事だから」


 優しく微笑むローズに――『あれ? カイエ様とローズ様は恋人だと思っていたのに……』と彼女は違和感を覚える。

 カイエが他の仲間たちと、男女的な意味で抱き合っているのに。どうしてローズは、怒らないのか?


「あんた……イーグレットって言ったわよね? これは私たちの大人の関係だから……ねえ、カイエ……今度は私が、甘えさせてあげるわ」


 アリスは説明しようとするが――途中で放棄して、本気モードでカイエに迫る。


「まあ、俺たちの事は良いからさ……イーグレット、何か話があったんじゃないのか?」


 アリスの胸に顔を埋めつつ、エストと指を絡ませるなど……色々と目に毒なことをやりながら、当たり前のように会話を続けるカイエに。イーグレットは真っ赤になって、両手で顔を覆う。


「い、いいえ、お願いしたい事があったんですが……お、お邪魔のようですので、今日は失礼します!」


 逃げるように立ち去ろうとするが――


「でもさ……俺たちは今夜のうちに帰るから。今話をしないと、もう時間が無いと思うけど?」


「え、そんな事聞いてないです……もう、解りました!」


 カイエの唐突な行動にも、イーグレットも慣れて来たので。

 目の前の光景を直視しないように目を逸らしながら、何とか頭を切り替える。


「単刀直入に言います……私の父、バルキリア大公に会って貰いたいんです! あの、堅苦しい挨拶だとか、そんな事ではなくて……公国の危機を救ってくれた皆さんに、是非ともお礼を言いたいと、父も言っていまして……」


 戦勝祝賀会の話をする前に。バルキリア公国が国の英雄として称えたいという話を、カイエは嫌そうな顔で断っていたから。イーグレットは懸命に言葉を選んで、父親の想いを伝えようとする。


 ちなみにイーグレットとバルキリア大公は、自分で伝言メッセージの魔法が使えるので。直接やり取りをして、本音を確認する事が出来た。


「大公家の見栄とか、国の面子とか。そんな邪な理由ではありません。父も心から、皆さんに感謝しているんです。ですから、お願いします……どうか、父と会って貰えませんか?」


 きっと断られる……それを覚悟の上で、イーグレットは何度でもお願いするつもりでいたのだが――


「別に、会うのは構わないけど」


 カイエはアッサリと承諾する。


「ほ、本当ですか?」


「ただし……おまえのところの『転移門ゲート』を使うのは無しだ。俺たちが自分で転移して構わないなら、おまえの父親に会ってやるよ」


 『転移門ゲート』云々の部分は、バルキリア公国の財政ふところ事情に気を遣っただけで。イーグレットとしては、少し心苦しかったが。


「カイエ様……ありがとうございます!」


 感謝を込めて、深々と頭を下げる。


「そんなに畏まるなよ……ローズとロザリーも構わないよな?」


 二人が異論を挟むことも無く。このまま、すんなり話が纏まるとホッとしたのだが――イーグレットの考えは甘過ぎた。


「それでさあ……イーグレット。もう一つだけ、条件を付けても構わないよな?」


 カイエは『こいつ、誰?』っていうくらいに、爽やかな笑顔を浮かべる。


「ええ……私たちに出来る事でしたら、構いませんが……」


 戸惑いながら応えると、


「いや、難しい話じゃないくて……おまえの父親に会うときに、カイケルにも同席して貰いたいんだよ」


「ちょっと、カイエ。それって……」


 ローズが割って入っるが――カイエは彼女を抱き寄せて、強引に唇を塞ぐ。


(カイエ……ズルいわよ……)


(良いんだって。イーグレットにとっても、これは悪い話じゃないからさ)


(もう……あんまり、可哀そうなことはしないでよね……)


 イーグレットが赤面して目を逸らしている間に。カイエは視線の会話で、ローズを懐柔してしまう。


「ああ、話の途中で悪かったな……それで、カイケルの事だけど。今回の戦いの当事者の一人が不在だとか、あり得ないだろう? だから、一緒に連れて行きたいんだよ」


 濃厚過ぎるラヴシーンに、気を取られたイーグレットは。カイエの最もらしい理由づけに、疑念を懐くことも無く。


「確かに、そうですね……解りました。カイケル師匠には、城塞責任者としての責務がありますが。ご指定の日時には首都に来られるように、代理を立てるようにします」


 イーグレットは簡単に承諾してしまうが――


「いや、おまえもカイケルも、俺たちが転移魔法で連れて行くからさ。そんなに時間は掛からないから、わざわざ代理を立てるまでも無いだろ」


「いいえ、そこまでして貰う訳には……」


「全然構わないって。それよりさ……言質は取ったから。今さら駄目とか言っても、もう遅いからな?」


 爽やかだったカイエの笑みが――いつの間にか、意地の悪い色に染まっている。


「はい? それは……どう意味ですか?」


 イーグレットは違和感を覚えるが……あまりにも遅過ぎた。


「いや、せっかくだからさ。おまえとカイケルの仲を、バルキリア大公に報告しようって思ってね。この前撮影した映像もあるから……証拠はバッチリだな?」


「ちょ、ちょって待ってください! 私にも心の準備が……」


「そうだよな……でもさ。おまえの父親に会う機会なんて、そうは無いから。俺たちの知っている事を全部、教えてやらないと」


 カイエがアッサリ承諾した理由に、今さら気づいて――


「い、嫌です! 本当に、止めてください……嫌ああああ!」


 イーグレットの絶叫が、夜のアルバラン城塞に響き渡った。

 

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