第202話 イーグレットの想い


 帝国軍が完全に撤退するのを確認してから。カイエとローズは、アルバラン城塞に戻ってきた。


 ロザリーは二人の姿を認めると、雷鳴の防壁ライトニングシールドを解除して、屋上に舞い降りる彼らの元に駆け寄った。


「カイエ様、ローズさん、お帰りなさいですの。ロザリーちゃんとしては、全然敵が突っ込んで来なくて退屈でしたけど。カイエ様は相変わらず、エグい攻撃をしますわね」


「そうか? おまえの雷鳴の防壁ライトニングシールドの方が過激だろう? 俺なんて地面に穴を開けただけだから」


「開けただけ《・・》って……ローズさん。この破壊王様に、何か言って欲しいですの?」


「カイエ……素敵だったわ……」


「だから、そうじゃなくて……もう、知りませんの!」


 プクリと頬を膨らませるロザリーの前で。うっとりと見つめるローズを、カイエは抱き寄せて唇を重ねる。


 いきなり始まるラヴシーンに――イーグレットが困った顔で頬を染める。


「え、えっと……お邪魔して申し訳ありませんが……」


「いや、別に良いけど。どうかしたのか?」


 ローズを抱き寄せたまま、しれっと応じるカイエに。イーグレットは目のやり場に困りながら、話を続ける。


「あのですね……途轍もない魔法を発動させるとか、無傷で帝国軍を撃退するか。私にはもう何がなんだか、訳が解りませんが。ですが……」


 彼女は突然、深々と頭を下げた。


「本当に……本当に、ありがとうございます! 私たちが、今無事に生きていられるのは……全部、皆さんのおかげです……」


 勝ちたいとは思っていたが……それでも、死ぬことを覚悟していた。今、生きている喜びを噛み締めながら、イーグレットは大粒の涙を流す。


「何だよ、大袈裟だな。俺は何とでもしてやるって言っただろう?」


「ですが……まさか、全員が生き残れるなんて……そんなこと、全然想像していませんでしたから……」


「そうだ……決して大袈裟ではない。この状況を、誰が予測などできるものか!」


 カイケルはイーグレットの肩を優しく抱いて、一緒に深く頭を下げる。

 

「カイエ殿、ローズ殿、ロザリー殿……バルキリア公国の危機を救ってくれた英雄に、我々は深く感謝する……」


 兵士たちと共に死ぬしか選択肢がなかったカイケルにとって、誰一人失わずに済んだ喜びは何事にも代えがたく……白髪の将軍は、人目も憚らず号泣した。


 その気持ちは兵士たちも同じであり……互いに抱き合う姿が、そこかしこに溢れていた。


「まあ、俺たちはムカついたから、勝手にやっただけだし。別に感謝する必要なんてないよ。そんな事より……結果的には俺たちが片づけたけどさ。命懸けで戦おうとした兵士たちを、労ってやれよ」


「ええ、勿論です。でもその前に……もう一度だけ、言わせてください。皆さんのおかげて、兵士たちの命が救われたのは紛れもない事実ですから。本当に、本当に……ありがとうございます……」


 涙の止まらないイーグレットの肩を、ローズが優しくポンと叩く。


「あなたの気持ちは受け取ったわ……だから、もう十分よ。イーグレットも、よく頑張りました」


「ローズ様……」


 目の前の赤い髪の少女は、自分よりも年下だけど……勇者として生きてきた彼女は、自分よりも沢山の大切なものを守るために、ずっと戦い続けてき先輩だった。

 だから……イーグレットは素直な気持ちで、彼女の胸で泣く事が出来た。


「カイエ様……ローズさんを奪われた感想は、どうですの?」


 ロザリーはニンマリと笑って、カイエを見上げるが――


「おまえさあ……ローズの代わりに、俺がお仕置きしてやろうか?」


「そ……それだけは嫌ですの! カ、カイエ様……今のはロザリーちゃんの可愛い冗談ですから!」


 アッサリと、返り討ちにされた。


※ ※ ※ ※


 もう用は済んだからと、カイエはすぐに帰ると言い出したが。

 せめて戦勝祝賀会には参加してくれと、イーグレットとカイケルは強引に引き留めた。


「まあ、良いじゃない……カイエなら、みんなの気持ちも解るでしょ?」


 ローズが何故か嬉しそうに言うので、


「だったら、この前来たうちの連中も呼んで良いよな? 夜はみんなで一緒に過ごすって約束だからさ」


 カイエが出した条件を断る理由など無く――


 その日の夜は、アルバラン城塞の全ての兵士が浮かれ騒いだ。

 浴びるほど酒を飲んでも、大騒ぎをしても、誰も咎める者などいない。


 城塞で振舞われた料理は、見た目よりもボリュームとカロリーに重点を置いた、いかにも兵士向けの料理だったが、


「こういうのも、悪く無いよな」


 そんな事に文句をいうほど、カイエは不躾ではなかった。


 アルバラン城塞には、バルキリア公国の首都に転移できる『転移門ゲート』というアーティファクトがある。それを使えば、首都から一流の料理人や食材を運んで来ることは可能だが。『転移門ゲート』を起動するためには、膨大な魔力が必要なのだ。


 『転移門ゲート』を使って城塞に来たイーグレットも、自分の魔力だけでは足りず。地下迷宮ダンジョン怪物モンスターから回収する結晶体クリスタルを大量に消費することで、初めて起動する事が出来た。


 魔王軍との戦いで大きな被害を受けたバルキリア公国にとって、料理のために高価な結晶体クリスタルを浪費することは結構な負担であり――


 それでもイーグレットは、カイエたちのために料理人を連れて来るつもりだったが。彼女の考えを先読みしたカイエが釘を刺したのだ。


「そうね……エマも満足してるみたいだし」


 お約束のように大量の皿の山を積み上げるエマに、酔っぱらった兵士たちが歓声を上げている。


「私はカイエと一緒だったら……それだけで、満足だもの」


 帝国軍が撤退したとはいえ、今日の今日であるし。反撃を警戒して、交代で見張りを立てるとカイケルは主張したが――


「まあ、こういうときだからこそ。全員を労ってやれよ。帝国軍の警戒は、俺たちの方でやっておくからさ……なあ、ロザリー?」


「お安い御用ですの……さあ、ロザリーちゃんの下僕たち!」


 ロザリーが召喚した大量の悪魔たちが飛び立っていくのを見て――カイケルは色々な意味で諦めた。

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