第201話 紛争の結末

※すみません、思いっきり暴走しましたので修正します。後半のシーンは削りましたが、副官の彼女を今後登場させるかは未定です※


 瞬間移動で、雷鳴の防壁ライトニングシールドを飛び越えたカイエとローズは――チザンティン帝国軍十万が展開する布陣の上空に出現した。


 ローズを片腕に抱くカイエに気づいて、地上の帝国軍は大量の矢と魔法の雨を浴びせ掛けるが――二人が自然ナチュラルに纏う魔力だけで、その全てを防いでしまう。


「向こうから攻撃してきたんだから、遠慮は要らないな?」


「そうね。私としては、もう少しカイエと一緒にいたいけど……先に邪魔者を退治することにするわ!」


 名残り惜しそうに、カイエの腕から離れると――赤い髪の少女は光の剣を抜き放ち、破城槌を装備した巨大な馬車を一刀両断にする。


「それじゃ、俺も……さっさと片づけるか」


 カイエは二振りの黒い大剣を出現させると、攻城兵器を狙い撃ちにした。彼が動く度に、移動式投石器と超弩級弩バリスタが破壊されていく。


 チザンティン帝国の兵士たちも、二人が上空を飛んでいるときは魔法と矢で。地上に降りたときは剣と槍とで襲い掛かるが。彼らが纏う魔力に阻まれて、近づくことさえできなかった。


「貴様ら……邪魔だ、退け! この俺が飛び回る羽虫を、叩き落としてやる!」


 傷だらけ甲冑を纏う筋骨隆々の巨漢の騎士――チザンティン帝国が誇る『暴風の騎士』ジド・ザウラスは、味方の兵士を投げ飛ばしながらローズに迫る。


「赤い髪に光の剣……おまえは、勇者ローズだな? 面白れえ……とち狂った勇者を、この俺様が成敗してやるぜ!」


 第六次魔王討伐戦争において、ジドはローズの姿を遠目に見た事がある。

 そのときに思ったのが――『ああ……こんな小娘を勇者と祭り上げるとか。おまえら全員ロ〇コンだろ? 本当の強者が誰か、教えてやるぜ!』


 ジドは魔力の防壁を強引に突破して、ローズに襲い掛かる。


「魔力の壁を抜けて来るとか……貴方は頑丈みたいね。だったら……少しくらい、本気を出しても良いわよね?」


 ローズが剣を一閃した瞬間――ジドは遥か後方まで弾き飛ばされる。


(な……)


 まるで巨大な城壁に激突したような衝撃に、ジドの意識は刈り取られた。


「ローズ……おまえも容赦ないよな?」


 カイエの方はと言うと――帝国兵の山を踏みつけて、悪人の顔で笑っていた。


「それだけ倒しておいて、一人も殺してないんでしょ? カイエってホント、器用って言うか……そういうところも、素敵!」


 恋する乙女は盲目だった。


「勇者ローズ殿とお見受けするが……国同士の争いに、光の神に仕える勇者が加担するとは如何なものかと思うが?」


 声がした方に二人が視線を向けると――豪奢な甲冑を纏う壮年の男が、したたかな笑みを浮かべていた。灰色の髪と口髭、右の頬に大きな傷跡がある厳格な顔つき。


「私は帝国軍遠征部隊を預かるバルバロッサ・カルガルフだ。勇者ローゼリッタ・リヒテンバーグ殿に今一度問う……光の勇者である貴殿が、バルキリア公国に味方するのは、如何なる理由によるものか?」


 ローズとカイエを前にして、バルバロッサは堂々と言い放つ。


 帝国軍の将軍が、単身で敵の前に立つなど異例であり。己の武力に然したる自信がある訳でもなかったが――二人が誰一人殺していない事を、バルバロッサは見抜いており。そこに付け込む余地があると思っていた。


「カルガルフ将軍、今の私は勇者としてではなく。ローゼリッタ・リヒテンバーグ個人として戦っているのよ」


「詭弁だな……勇者ローズ。勇者である貴殿が我ら帝国軍に剣を向けるという事は、聖王国とチザンティン帝国との国際問題に繋がることくらい、理解しているだろう? 我々は聖王国に対して、今回の件を断固抗議する」


「あのねえ、聖王国は関係ないでしょ? 貴方も言ってたように、勇者は国に属する存在じゃないんだから」


「いや、聖王国は光の神を奉る総本山であり。勇者ローズ殿の母国であろう……勇者の行動に無関係などと、誰も思いはしない」


 半分は屁理屈だが――バルバロッサが言っていることも、あながち間違いではなかった。勇者と聖教会、そして聖王国を、光の神に仕える一つの勢力と考える者も少なくない。

「このまま貴殿が剣を引かぬのであれば……聖王国とチザンティン帝国は、確実に戦争になる。貴殿の軽率な行いのせいで、多くの命が失われることになるが……勇者殿は、それでも構わないと言うのか?」


 ローズたちが決して兵士を殺そうとしない事に気づいたバルバロッサは、聖王国を人質にして交渉を迫る。

 たとえ相手が勇者と言えども、人を殺せない者を恐れる必要などない。老獪な将軍は言葉巧みに、ローズの思考を誘導しようとするが――


「おまえさあ……俺たちは聖王国とも聖教会とも無関係だって言ってるだろう? その証拠として……聖王国国王のスレインと、聖教会枢機卿のオルガーナの連名で『勇者とは如何なる国にも組織にも属さない存在だ』と宣言した親書を、各国の王宛てに送ったんだからな」


 今回の件が、聖王国とチザンティン帝国の戦争に発展しかねない事くらい、カイエも当然解っていたから――スレインとオルガーナにゴリ押しして、先に手を打っておいたのだ。


 このような宣言をする事は、聖王国と教会にとってデメリットでしかないが。かつてアルジャルスが王都の空で同じ事を宣言しており、理屈としても正しいから……


『おまえらが断るならさ……勇者パーティーはガルナッシュに亡命したって、宣伝して回るけど?』


 カイエに脅されては、承諾せざるを得なかった。


「チザンティンの皇帝のところにも親書が届いている筈だから……何なら、確認してみろよ?」


「そんな馬鹿な事が……もし、本当にそのような宣言がされていれば。私が聞いていない筈がないだろう?」


「そうか? おまえは帝都を離れていたし。バルキリア公国への侵攻と勇者の件は、普通に考えれば何の関係も無いだろう? だから戦場に向かうおまえに、わざわざ伝言メッセージまで使って伝える理由は無いよな?」


 確かにそうだ――バルバロッサは慌てて魔術士を呼び寄せると、伝言メッセージを帝都の書記官宛に送って、事実関係を確認した。


「まさか……本当に……」


「懸念事項を先に潰すのは当然だろ? まあ、そんな事より……おまえたちチザンティン帝国のやっている事が、俺は気に食わないだよ。だから、さっきローズも言ったけどさ……これは個人的な八つ当たりだから。文句があるなら、直接言えよな?」


 この瞬間――バルバロッサは気づいた。目の前の黒髪の少年が、勇者ローズを凌駕する圧倒的な魔力を放っている事に。


「言っておくけど。先に攻撃したのは、おまえたちの方だからな? 偶然・・戦場に居合わせ俺たちは帝国軍に無差別攻撃されたから、反撃しただけだ」


「ま、待ってくれ……それでは、さっきと言っている事が………」


「いや、俺は事実関係を確認しただけだから……なあ、ローズ。俺がやり過ぎたとか、エストたちに告げ口するなよ?」


「うん、解ってるわよ……今日、カイエの素敵なところを見れるのは、私だけの特権だから。それを自慢してエストを煽るとか……あり得ないわよ」


 乙女モード全開で、カイエの胸に飛び込むローズを眺めながら――バルバロッサは走馬灯を見る。


 上空に出現した巨大な混沌の魔力は、十万人の帝国将兵を包み込むと――大地を抉って。地の底までも続くような深い渓谷を創り出した。


「おまえは何か勘違いしてるみたいだけど……俺が誰も殺さないのは。戦場に偶然・・居合わせた俺たちを、敵だと勘違いしても仕方ないと思ったからで。俺たちだと認識した上で攻撃するなら……おまえら全員、地上から消滅させるからな?」


 漆黒の瞳が放つ冷徹な光に――バルバロッサは、ゴクリと唾を飲み込む。

 目の前に立つ黒髪の少年が、勇者や魔王以上に恐ろしい存在だと彼は悟った。


「選ばせてやるよ……俺に殲滅されるか、諦めて撤退するか。どっちでも俺は構わないんだけどさ?」


 もはや撤退以外の選択肢などある筈もなく。バルバロッサは全軍に指示を出そうとしてふと思う……周りを渓谷に囲まれて、どうやって撤退しろと言うのだ?


「ああ、退路なら用意してやるよ」


 そう言うなり、カイエは大地を操作して、大量の土砂で帝国軍後方の渓谷だけを埋める……地崩れしないように、地盤を固めることも忘れずに。


「……ぜ、全軍。撤退だ……」


 もはや反論する気力もないのは、兵士たちも同じであり。帝国軍の将兵たちは肩を落として、退路に向かって移動を始めると――


「ああ、そうだ……今度、チザンティン帝国にも挨拶に行くからな。今回の件について上層部の連中にも、しっかり説明しておけよ?」


 振り向いたバルバロッサに、カイエは追い打ちを掛ける。


「バルバロッサ・カルガルフ――おまえの名前は覚えたからな」


 その悪魔のような笑みを……バルバロッサは生涯、忘れることが出来なかった。


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