第198話 規定違反


 バルキリア公国は、大陸南西部の強国ギズアロン王国の一部が独立して創られた国だ。


 同様に建国されたローチェスタ公国、ウィダリア公国、スロムガル公国、および、母体であるギズアロン王国とともに、大陸南西部五国と呼ばれていた・・


 当時のギズアロン国王が、第四次魔王討伐戦争に尽力した四人の将軍に、褒賞として領土の一部を完全自治権と共に分け与えたのだが……すでにウィダリア公国は百二十年前に、スロムガル公国は三十年ほど前に、チザンティン帝国の侵略を受けて併合された。


 近年の西部三国・・・・の一つ、バルキリア公国は――宗主国であるギズアロン王国の支援の元に、肥沃な土地を活かした農業を主な産業とする国として発展した。


 しかし、先日の第六次魔王討伐戦争において、南部戦線の戦場の中心となったことで国土が焼かれて……将兵の三割を失い、農作物に壊滅的なダメージを受けたバルキリア公国は疲弊したていたが。


 それでも、バルキリア大公の下。国民一丸となって復興に尽力していたところに――寝耳に水のようなタイミングで、チザンティン帝国から宣戦布告を受けたのだ。


『我々バルキリア公国は――魔族を匿ってなどいない。オスタニカ皇帝陛下は、誤解されているだけだ』


 バルキリア大公が、チザンティン帝国の皇帝に宛てた親書は……まるで用意されていた・・・・・・・・・・かのように、当日のうちに返信が来た。


『ならば……貴国が魔族と敵対している証拠として、北方に居を構える魔族の氏族長全ての首を三日以内に差し出せ』


 バルキリア公国は、魔族を特別敵視する国ではなかったが――仮に、魔族を本気で根絶やしにするつもりでも、三日で滅ぼすなど無茶な話で……ウィダリア公国やスロムガル公国と同じように、チザンティン帝国が侵略するための無理難題を吹っかけているのだと、バルキリア大公は覚悟を決めた。


※ ※ ※ ※


 そして、宣戦布告がなされた翌日――バルキリア公国の東部、チザンティン帝国との国境にほど近いアルバラン城塞に、プラチナブロンドの髪の公女の姿があった。


 バルキリア公国第二公女――イーグレット・バルキリアは、大公家に伝わる興国の騎士……家系図の初めに記されたマリア・バルキリアより受け継いだと言われる青い鎧を身に纏っていた。


「それでは……ホークライト将軍。ツェントに集結している帝国軍は、どれほどの数ですか?」


「はい、殿下……隼師による報告では、すでに十万を超える兵力が終結しております。アルバラン城塞は……数日と持たないでしょう」


 白髪の壮年の将軍は――覚悟を決めた顔で、イーグレットに告げる。


 アルバラン城塞の現在の兵力は一万二千……これはチザンティン帝国の侵攻の可能性を考慮して、近郊から掻き集めた兵力であり。

 さらなる援軍を、公国各地から集めるとしても。兵力が揃うまでに、二週間以上が必要で。チザンティン帝国の侵攻には、とても間に合う筈もなく――


「仮に、時間を掛けて兵力を集めたとしても……帝国側は、それ以上の兵力を投入してくるだけの話です。イーグレット公女殿下……我々が可能な限り時間を稼ぎますので。殿下は、今すぐ転移門ゲートで首都にお戻りになられて、今後の方策をお考え下さい」


 転移門ゲートとは――バルキリア大公家に伝わるアーティファクトで。二点間の移動に限定されているが、転移魔法を発動する事が出来る。


 バルキリア公国はチザンティンの侵攻を警戒していたから、秘宝である転移門ゲートの片側をアルバラン城塞に設置しており。もう片側が設置された首都から、イーグレットは転移門ゲートを使って、駆け付けたのだ。


「何を言うのですか、ホークライト将軍……大公家の者が、臣下を捨てて逃げるなどあり得ません!」


「イーグレット殿下……殿下のお気持ちは理解しておりますが……」


 ホークライトは、深々と頭を下げる。


「大公家こそが……我ら公国の民の希望なのです。バルキリア公国の名を失わないために……公女殿下、どうか……大公家の皆様は、生き延びてください!」


 仮にイーグレットが首都に逃げ延びたとしても――チザンティン帝国と、バルキリア公国の戦力差は歴然であり。バルキリア公国の滅亡は、ほとんど確定したようなものだった。


 だからこそ……ホークライトは、大公家の人々が亡命してでも生き残る道を模索することを進言する。それこそが……彼らバルキリア公国の民の誇りが、世界に残る唯一の方法だから……


「そんなこと……出来る筈がないでしょう? ねえ、ホークライト将軍……いいえ、カイケル師匠……バルキリア大公家の名は、兄様や姉様が受け継いでくれるから……私は、最後まで師匠と一緒に戦わせてください……」


 イーグレット・バルキリアにとって、カイケル・ホークライトは剣の師匠であり――彼女が剣士としての道を志したのも、マリア・バルキリアの鎧を受け継ぐ資格を得たのも、師匠であるカイケルのおかげだった。


「何を……何を言っている、我が弟子イーグレット。師匠と共に死ぬなど……最大の裏切りだろう?」


 優し気な笑みを浮かべる老将軍に……


「ええ、そうですね……私は駄目な弟子ですから……バルキリア公国と、師匠の弟子という誇りを守るために。最後まで……我がままを言わせてください」


 このとき、イーグレットは――何もかもを捨てる覚悟で、宣言したのだが。


「あのさあ……死んでも誇りを守るとか。そういうの……悪いけど。俺は認めないからな?」


「そうね。あなたたちの気持ちは解るけど、諦めるのが早過ぎるわよ。私なら……ギリギリまで、何とかする方法を考えるわ」


 突然響いた聞き覚えのない声に――イーグレットとカイケルは、咄嗟に身構えるが……


「だから……遅すぎるのよ。唯の人族風情が……身の程をわきまえるのよ!」


 上空から舞い降りるゴスロリ幼女――しかし、それ以上に存在感がある二人が、彼女たちの前に現れる。


 一人は白銀の鎧を纏う赤い髪と褐色の瞳の少女で……神話の世界より舞い降りたような高潔な笑みを浮かべる。


 そしてもう一人。少しだけ前が長い黒髪と、漆黒の瞳の少年は――二人の覚悟を苦笑して、悪戯っぽく笑う。


「勝手に諦めるなよ。十万超の兵力だとか……だから、何だよ? おまえたちさえ、諦めなければ……俺たちが何とでも、してやるからさ!」


 黒髪と漆黒の瞳の少年が放つ力に――イーグレットとカイケルは、圧倒されるが。


「えーとね……カイエ? 今の台詞……素敵!」


 先ほどまで高潔な笑みを浮かべていた赤い髪の少女が……一瞬でデレて、黒髪の少年に抱きつく。


「カイエ。あのね、私……」


「ああ、解ってるよ。ローズ、おまえの気持ちは……」


 互舌を絡ませて、互いを求め合いながら――濃厚なラヴシーンを繰り広げる二人に、イーグレットとカイケルと、口をあんぐりと開ける。


「こんなことに驚くとか……あり得ないかしら。ロザリーちゃんは全然、羨ましくないのよ!」


 などと言いながら、必死で目を背けるゴスロリ幼女に。イーグレットは、母性本能をくすぐられる。


「貴方は……ロザリーって、名前よね? ねえ、いらっしゃい……私が、抱きしめてあげる!」


 慈母のような笑みを浮かべる彼女に――ロザリーは、プ~ッと頬を膨らませて。


「な、何を、人族風情が言ってるのかしら? ロザリーちゃんは、全然寂しく無いんだから!」


「そうかもね……でも、ロザリーちゃん。私は貴方を……抱きしめたいのよ」


 両手を広げて……ゴスロリ幼女を迎え入れようとするイーグレットだったが――


「おまえってさあ……結構、良い度胸してるよな? そう言う奴、俺は嫌いじゃないよ」


「私だって……どちらかと言えば、好きな方だけど。ねえ……あなたは、本気で勝とうと思ってる?」


 ローズの褐色の瞳が――イーグレットに問い掛ける。

 自己犠牲とか、そうい云うんじゃなくて。勝利をつかむために戦うつもりがあるのかと……


「私たちは……私は、正直に言えば。チザンティン帝国に勝てるとか、そんな風に楽観的には考えられないけど……」


 イーグレットは――想いの全てを叫ぶ。


「勝ちたい……私はどんな手段を使っても。最悪の手段に頼って、例えこの身が地獄の業火に焼かれようと……バルキリア公国のみんなを守るために、絶対に勝ちたい!!!」


「イーグレット……」


 カイケルは思わず、彼女を抱きしめる。


「え……し、師匠……」


「ああ……俺は、ようやく覚悟を決めた気分だ。身分が違うってのも、年の差があるのも解ってるが……俺はイーグレットを愛してるから……おまえを死なせたくない」


 老将軍の突然の告白に――告白された相手は、大粒の涙を湛える。


「はい……私は……最後まで、師匠と一緒で……それだけで、幸せです」


 良い雰囲気のイーグレットとカイケルだったが……


「あのなあ……そういうの、吊り橋効果って言うんだけど?」


 冷徹な笑みを浮かべる少年に――甘い雰囲気など吹き飛んで、二人は震えながら抱き合う。


「まあ、良いや。言質は取ったから……おまえら、勝手に盛り上がってくれよ」


「そうね、カイエ……でも、私は……全然、満足してないからね?」


 身体の色々なところを押し付けて来るローズに――カイエは、優し気な笑みで応える。


「そうだよな……ああ、解ったよ。ローズ……今夜は、寝かせないからな?」


「うん……カイエ……世界で一番、愛してる……」


 色々と……表現的に不味いことを始める二人に。レギュレーション的に、規制が掛かるが……そんな事は、お構いなしにイチャつきまくる。


(何て言うか……素敵だわ……)

 

 そんな二人は史上最強だと、イーグレットは思ってしまった。


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