第197話 活動再開


 それから一週間ほど。カイエたちはロマリア王国で南国リゾートと、『カウンシュタイナーの水の迷宮』を満喫した。

 その間に、王国の有力者たちと魔族の両方に人脈ネットワークを築いて、今後の布石を打つことも忘れなかった。


「形は悪いけどさ。この国では人族と魔族が共存してるんだから。他の場所よりは……やり易いよな?」


「そうね。魔族の立場を良くするには、暴力以外の方法で実力を認めさせれば良いだけの話だから……やり方なんて、幾らでもあるわよ」


 カイエとアリスが悪巧みを進める一方――冒険者ギルドを訪れる度に、何故か・・・毎回ミリオネに遭遇した。


「あ、カイエ君……同じ時間にギルドに居合わせるなんて、奇遇ね? あの、この前のお礼がしたいから……一緒にご飯でもしない?」


「別に礼なんて必要ないけど。良いよ、メシくらい付き合うよ」


 何かと理由をつけては絡んで来る彼女に、カイエも気安く応じるので。ローズたちはジト目で見るが――


「あのなあ……こんなことで、いちいち文句を言うなよ。おまえたちだけが俺の特別だって……解ってるだろう?」


 真顔で言われて、一瞬で乙女モードになる。


「「「「カイエ……」」」」


 彼らが醸し出すピンク色の空間に、他の誰かが入り込む余地など無く。


(わ、私だって……カイエ君のことを、絶対に諦めないんだから……)


 打ち拉がれたミリオネが、涙目になる結果となった。


※ ※ ※ ※


 カイエたちはレニング島から戻ると、すぐに活動を再開した。


 聖王国ではエストとエマが、ガルナッシュ連邦国ではアリスとメリッサが。それぞれ相手の種族を迎えるための下準備に奔走する。


 千年以上も対立してきた種族同士が、互いを迎え入れるのだから。全てのトラブルを回避するなんて不可能だろうが。出来ることは全てやっておこうと。問題を起こしそうな連中をピックアップして、根回しと牽制をして回った。


 トラブルが起きた際にも、すぐに対処できるようにと――ロザリーは大量の下僕たちを召喚して、両国に配備を進めた。

 不可視化できる知能の高い下僕を街中の護衛に付けて。大規模な衝突が起きたときは、郊外に潜ませた悪魔デーモンたちが駆け付ける算段だ。


 そして、カイエとローズは――


「みんなも頑張ってるんだから……私たちだって、負けられないわね」


「ああ、そうだな……でもさ、おまえと二人きりなんて。本当に久しぶりだよな?」


「フフフ……そうね。ねえ、カイエ……今日は、私が独り占めだからね」


 二人が歩くのは――聖王国よりも南方に広大な版図を構えるチザンティン帝国の西部。隣国であるバルキリア公国との国境にほど近い都市ツェントの街中だった。


 普段は人口五万と、地方の一都市に過ぎないツェントは……今、チザンティン帝国の兵士で溢れ返っていた。

 街のどこを見ても、鎧姿の兵士、兵士、兵士……それもそうだろう。現在、ツェントには十万人を超える帝国軍が滞在しているのだ。


 それだけの数の兵士が泊まれる宿泊施設などある筈もなく。溢れ出した兵士たちは都市の郊外にテントを張って野営していた。


 彼らはバルキリア公国への侵攻部隊であり――帝国各地から兵士たちが、ツェントに集結していた。


「アリスの情報は、相変わらず正確だよな」


 チザンティン帝国がバルキリア公国に宣戦布告したのは二日前だが。その準備は数週間前から進められており。アリスは独自の情報網を通じて、帝国軍の動きを掴んでいた。


 人族の国同士の紛争であれば――本来なら、カイエたちが関わるような問題ではない。

 戦争とは、国同士が利害の衝突を解決するための外交手段の一つであり。互いの血を流して争うなど無益だと、無関係な第三者が言っても何の説得力も無かった。何事も平和的な手段で解決出来るのなら、そもそも争いなど起きる筈がない。


 だからカイエも、関わりのない国同士の争いに首を突っ込む気など無かったが――今回は、事情が違った。


『人族の敵である魔族を匿うバルキリア公国に対して、我らチザンティン帝国は正義の槌を下す』


 チザンティン帝国の皇帝マルクス・オスタニカは、そう言って宣戦布告したのだが……問題点は二つある。

 一つは、魔族という種族を理由に戦争を仕掛けたこと。もう一つは……そもそもバルキリア公国は、魔族を匿ってなどいないという点だった。


 バルキリア公国の北部にある中立地帯に、先日の魔王討伐戦争に加担しなかった魔族の氏族が複数存在する。その地へチザンティン帝国が侵攻するには、バルキリア公国の国内を通るしか道はなかった。


 しかし、他国の軍隊が国内を進軍するなど、バルキリア公国側が認める筈もなく。当然のことながら拒絶したところ――チザンティン帝国は『魔族を匿った』と難癖をつけて来たのだ。


 チザンティン帝国が『魔族の討伐』を理由にして他国に戦争を仕掛けることは、今に始まった事ではなかった。帝国は聖王国と同様に、世界で最も魔族を排除している国の一つだが――その理由は全く異なる。


 聖王国が光の神を崇める聖なる国として、ある意味で『純粋』に魔族に敵対していたことに対して。チザンティン帝国は魔族を政治利用しているのだ。


 魔族を滅ぼすという理由で他国を侵略して版図を広げて。その後も魔族という『外敵』を作ることで、多民族国家となった国内の統治を図る――これがチザンティン帝国の常套手段だった。


 魔王軍との戦いには、チザンティン帝国も参戦しており。その影響で帝国も少なからず疲弊していたが。それ以上に被害が大きかったのは、南部戦線の戦場となったバルキリア公国であり――帝国の本当の狙いは、国力の弱まった隣国バルキリアから領土を奪う事だった。


「大国が恥ずかしげもなく、屁理屈で戦争を仕掛けるのは、昔もよくあった事だけどさ……魔族の討伐を理由にするなら、見過ごせないな。それに、そもそもチザンティン帝国は、俺たちの目的を果たすための障害の一つだからな」


 魔族という外敵を利用して発展して来た帝国が、魔族を簡単に受け入る筈もなく。人族と魔族に互いを理解させるというカイエの目的の前に、帝国の存在は大きく立ち塞がっている。


 しかし、帝国の中枢にいる者たちは、感情的に魔族を敵視しているのではなく、政治的に利用しているだけだから。実害が無ければ、後回しにしても構わないとカイエは考えていたが……帝国の方から動いて来たのだから、こっちも利用しない手はない。


「魔王軍と一緒に戦った同盟国が弱っているうちに侵略するなんて……許せないわ。ねえ、カイエ……この戦争は、私たちの手で絶対に防ぐわよ」


 カイエと一緒にいると、年中恋する乙女のローズだが――本来の彼女は、人々を守るために全てを賭ける性分なのだ。人族同士の戦争を止める事は、光の勇者である彼女の役目ではないが……だからと言って、手を拱いている理由にはならない。


「ああ。ローズなら、そう言うと思ってたよ。俺も帝国のやり方は気に食わないからさ……徹底的に叩き潰してやるから」


「うん、カイエ……頼りにしてるわよ」


 周りの兵士の目など一切気にせず、二人は互いだけを見つめていると――


「あの……カイエ様に、ローズさん。黙って聞いていれば……ロザリーちゃんのことを、完全に忘れてますわよね?」


 二人の背後で、ゴスロリ幼女がジト目をしていた。


「あ、ごめんね、ロザリー……私にはカイエしか見えなくて。でも、忘れていた訳じゃないのよ?」


「ああ。もちろん、ロザリーにも頑張って貰うからさ」


「そんなことを言っても……さっきから、二人きりだとか、独り占めだとか……」


 ツェントには三人でやって来たのだが――街に入った瞬間から、カイエとローズは二人の世界に入っていた。


 頬を膨らませて、そっぽを向くロザリーに。


「それにしても……ロザリーは、やっぱり凄いよな。ここから遠隔操作で、聖王国とガルナッシュにいる下僕たちを支配してるんだろ? あれだけ沢山の怪物モンスターを支配するなんて……俺には出来ないな」


「あ、当たり前ですの……ロザリーちゃんは、地下迷宮の支配者ダンジョンマスターですから。それに、カイエ様が教えてくれた失われた魔法ロストマジックのおかげでもありますわ」


 ロザリーが元々持っている下僕を支配する能力には、意思疎通の点で制約があったが。それを補う魔法をカイエが教えていたのだ。


「いやいや、ロザリーに才能が無かったから、何を教えても無駄だからさ。やっぱり、凄いのはロザリー自身だよ」


「カ、カイエ様……そんな事を言って……」


 頬を染めて、嬉しそうにモジモジするロザリーに――『こいつも、まだまだチョロいよな』とカイエは内心ほくそ笑む。


「それじゃあ、帝国軍の様子見も済んだし。そろそろ、バルキリアの方に行くか?」


 街中をブラついてる間に。カイエは不可視のインビジブル従者サーバントと自身の魔力感知能力を使って、帝国軍の戦力を探っていた。掴めた情報は大凡《おおよそに過ぎないが、問題は無いだろう。


 ちなみに、帝国を批判するような発言も。カイエの魔法によって、兵士たちには認識されないように一手間加えていた。


「バルキリアには、エストに登録マーキングして貰った転移の指輪で移動しても良いけど。一応、帝国軍の侵攻ルートを確認しておくか」


 カイエはそう言いながら、三人を包む認識阻害を発動させると――飛行魔法で、バルキリアへと向かうのだった。

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