第196話 水の迷宮(3)


 色々とありながら、『カウンシュタイナーの水の迷宮』を攻略したカイエたちだったが――


表面おもてめんはクリアしたけどさ……ここからが、本番だからな?」


 ラスボスである巨大鰻ジャイアントイールの群れを撃破した直後に……当然だろうと、カイエが告げる。


「それって……どういう事? もしかして……海の中に、裏の階層があるとか?」


 悪戯っぽく笑うローズに――


「ああ、正解だよ……ローズ。やっぱり、おまえには勝てないな」


 カイエは面白がるように笑う。


「まあ、騙されたと思って。一緒に、海に潜ってくれよ……最高の景色を、プレゼントするからさ」


 水中呼吸ウォーターブレッシングと、海中移動マリナーズムーヴの魔法を発動させて――カイエたちが飛び込んだ海の中には……確かに、もう一つの地下迷宮ダンジョンがあった。


 海水に満たされた広大な空間には――海竜シーサーペイントとか、多頭巨大海蛇シーヒドラとか、ベタな怪物モンスターひしめいていたが。

 それ以上に、魅力的で神秘的な怪物モンスターたちが、溢れていた。


 一角鯨ユニホーンホエールに、虹色海豚レインボードルフィンに、巨大人魚ガルガンチュアマーメード――神話の世界から、やって来たような幻想的な怪物モンスターたちが、海中の迷宮にいろどりを添える。


「え、嘘……可愛すぎる!」


 興奮気味のローズに――カイエは優しい笑みを浮かべる。

 彼が裏の階層を知っていたのは……人外のネットワークに参加しているエレノアの入れ知恵だった。


『あんなに良い子たちが、一緒に居てくれるんだから……カイエも、たまにはサービスしなさい!』


(エレノアねえさんには感謝かな……みんな、楽しんでるみたいだし)


 カイエは優しい目で、彼女たちを眺める。


「ねえ、ローズ……その気持ちは解るけど。一応、怪物モンスターだから……倒さないと、先に進めないだろう?」


 エストは自分に言い聞かせるように呟きながら――涙を振り絞って、怪物モンスターに立ち向かおうとするが……


「いや、エストは真面目過ぎるって……別に、こいつらを仕留めなくても。この地下迷宮ダンジョンは、攻略できるからさ」


 虹色海豚レインボードルフィンの群れが突進して来るのを、待ち受けながら――カイエは全身から、膨大な魔力を放つ。


 その圧倒的な力に……虹色海豚レインボードルフィンたちは、まるで深海の王を迎えるように首を垂れる。


「良し、おまえら……可愛いだけの馬鹿じゃないおかげで、命拾いしたな」


 一角鯨ユニホーンホエールも、巨大人魚ガルガンチュアマーメードも……カイエの前では、まるでペットの子犬のように、嬉しそうに尻尾を振る。


「これって……ちょっと違うわよね? 従者のように服従させるとか……こうなると、可愛さ半減じゃない?」


 アリスは抗議するが――


「「可愛い従者とか、カイエ……素敵!」」


 乙女モード全開のローズとエストは……瞳にハートマークを浮かべる。


「うわあ……海豚とか、鯨とか、人魚とか。ホント……まるで夢の世界だよね?」


「そうだね……実は僕だって、可愛いのも大好きだから!」


 などと言いながら――エマとメリッサは幻想的な怪物モンスターたちを、当然のように蹂躙していく。


「え……ちょっと、待って! エマもメリッサも……何で、そんな事をするのよ!」


「そうだ、二人とも……この子たちが、可愛そうだとは思わないのか?」


 乙女モード全開のローズとエストを余所に――


「え……だって、可愛くても地下迷宮ダンジョン怪物モンスターなんだから、作り物だし。どうせ倒したって、リポップするでしょ?」


「ああ、そもそも……この可愛さって、倒されないためのあざとさだよね? 見掛けなんかに……僕は騙されないから!」


 意外なほど現実的なエマとメリッサに――アリスは感心する。


「ホント、意外よね。ローズとエストと、エマとメリッサは真逆だとは思ってたけど……良い意味で、裏切られた気分よ」


「アリスさんだって……意外と言うか。物凄く優しいのよ……」


 ゴスロリ幼女は――ビキニスタイルのアリスのパレオの裾を掴んで……ちょっと恥ずかしそうに、彼女を見上げる。


「アリスさんが乙女なのは……ロザリーちゃんは、知っているかしら!」


 円らな瞳で見つめられて――


「ちょっと……止めてくれる? 私のイメージが狂うでしょ……」


 珍しくデレるアリスを……カイエは不意打ちで、強引に抱き寄せる。


「そうか? アリスが乙女だって……俺は知ってるけど?」


「あのえね、カイエ……幾らあんたでも好き勝手やるなら……私だって、怒るわよ?」


「ああ、怒ってくれよ……怒ったアリスも、可愛いからさ」


 真顔で言うカイエの破壊力に――抵抗できる筈もなく。


「そいうの……カイエのくせに……ズルいわよ……」


 アリスは目を閉じて……濃密な甘い時間が訪れるのを、待ち侘びていたのだか――


「アリスも……意外と、詰めが甘いわよね?」

「まさか……私たちが指を咥えて、放置するとか思っていた訳じゃないだろう?」

「だけど、アリスって……実は私たちの中で一番、夢見る乙女かなって。前から私は、思ってたよ……ゴ、ゴメンね、アリス……怒らないで!」


 ローズ、エスト、エマの三人に揶揄からかわれて……アリスのプライドは、傷ついたが――


「まあ……良いけど。私だって……自覚してるから。ええ、そうよ、解ってるわ……私が一番、子供だって!」


 真っ赤になって白状するアリスに――


「ええ、そうね……アリス。でも、アリスが私たちのお姉さんだって、私は思ってるわよ」


「ああ、そうだな……私も最初に頼るのはアリスだから……」


「そうだよね……アリスは可愛いけど。頼りになるお姉さんだから!」


 ローズもエストもエマも……想いは一つ。

 勇者パーティーの長女は――アリス以外に、あり得ないのだから。


「僕なんかが……言うのも何だけど。アリスがいると、みんなが安心すると思うんだ」


「メリッサのくせに……生意気ですのよ! ロザリーちゃんだって、アリスさんがいるから……安心して、頑張れるのよ!」


 魔族のギリギリ美少女と、ゴスロリ幼女の告白は……アリスの琴線に触れる。


「ちょっと、待って……みんな、反則だから……この私を、篭絡するなんて……ズルいわよ……」


 アリスの頬を伝う温かい液体を――カイエは優しく拭って……舐める。


「ちょっと……しょっぱいかな? でもさ……アリスの味がするよ」


 生々し過ぎるカイエの台詞が……良い雰囲気に、爆弾を落とす。


「カイエ……それは、やり過ぎ!」

「アリスだけが特別だとか……まさか、カイエは言わないだろうね?」

「ズルいよ、アリスだけ……私のことも、舐めて欲しいんだけど!」


 全身全霊で、不満を顕わにする三人に続いて――


「僕は……五番目だって自覚してるけど。アリスだけとか……そういうのは……我慢できないよ」


「ムッキー! メリッサ、何が五番目ですのよ! アリスちゃんを差し置いて……そんなの、あり得ないかしら!」


 ギリギリ美少女と幼女の声が――深海に佇む地下迷宮ダンジョンに響く。


「やっぱり……おまえたちといると。ホント飽きないよな」


 そんな彼女たちに……カイエは内心で、感謝していた。


 こうして、『カウンシュタイナーの水の迷宮』は。カイエたちにアッサリと攻略されたのだが――


 ちなみに、裏面のラスボスは巨大カマルガンチュア人魚姫で……


『『そ、そんな……こんな可愛い怪物モンスターなんて、倒せない!』』と言うローズとエストを説得するまで、二時間掛かった。

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