第199話 約束と仕返し


「それでは、改めまして……勇者ローズ様、カイエ様、そしてロザリーちゃん。よろしくお願いします!」


 互いに自己紹介を終えた彼らは。カイケルの案内で、城塞の戦力を確認して回った。


 アルバラン城塞の一万二千人の将兵は、もともと仮想敵国であったチザンティン帝国に対抗するべく集められた精鋭であり。士気も練度も高く、その装備もバルキリア公国軍としては最高のモノを用意している。


 城塞に備え付けられた投石器や超弩級弩バリスタといった大型兵器も、防衛のために国費を惜しげもなく投入した最新型であり。国境を守る戦力としては、文句の言いようの無いものではあったが――


「ツェントで確認した限りじゃ、チザンティン帝国の侵攻軍は十万強ってところか。それに向こうも攻城兵器を大量投入してるから……まあ、戦力的には帝国軍の圧勝だな」


 まるで他人事という感じで、カイエは冷静に戦力差を分析する。


「ええ、その通りです……カイエ様、せっかく援軍に来て頂いたのに。残念ながら、私たちには帝国軍に対抗できるほどの戦力はありません」


 イーグレットは申し訳なさそうに言う。


 光の神の勇者であるローズと、得体の知れない強い力を感じさせるカイエ――彼らは『チザンティン帝国のやり方が気に食わないから』という理由ともつかない理由だけを言って、戦いに参加すると約束してくれたが……


 光の勇者であるローズの力を借りたとしても、これだけの戦力差を覆せるとは、とても思えなかった。


「だからさ……イーグレット。あまえはまだ、諦めてないんだろ? だったら、たかが十万の兵力くらい。俺たちが、どうとでもしてやるよ。なあ……ロザリー?」


 突然、話を振られても、


「……当たり前ですの!」


 ロザリーは頬をプクッと膨らませて、目を合わせようとしなかった。、


「……うん? どうしたんだよ、ロザリー?」


「その女が……ロザリーちゃんだけ、『様』じゃくて『ちゃん』なんて呼んで。文句を言っても、全然聞き入れないんですの……」


 イーグレットの深愛表現に、文句を言っているのだが――ロザリーが本気で拒絶していないことは、モロバレだった。


「ああ、ごめんなさい、ロザリーちゃ……ロザリー様! 気になるなら、呼び方を改めるわ!」


 大人の対応で、ニッコリと笑うイーグレットを。ロザリーはチラチラと見る。


「わ、解れば良いのよ……」


「ありがとう、ロザリー様!」


 そう言って、いきなり抱きしめて来る彼女に――ロザリーは目を丸くする。


「お、おまえは……何をいきなり……」


「本当にありがとう……私たちのために、こんな危険なところまで来てくれて……」


 ロザリーが見た目通りの幼女でない事くらい、イーグレットも気づいてはいたが。

 年端も行かないような彼女が、一緒に戦うと言ってくれたことがは素直に嬉しかった。


「まあ、ロザリーだけでも、あんな奴ら片づけられるだろうけど。ロザリーに任せたら、本気で壊滅させそうだからな……」


 カイエの台詞を、イーグレットは彼女たちを勇気づけるための冗談だと受け取って、笑みを返すが――数日後、真実を知ることになる。


「ああ、もうこんな時間か……イーグレット。俺たちは、いったん帰るけど。明日の午前中には戻るからさ。それまで、おまえらも一応、戦いの準備を進めておけよ」


「え……帰るって、どこにですか?」


「何言ってるんだよ、自分の家に決まってるだろ。そういう約束なんだ……さっき見せて貰ったけど、この城塞にも転移魔法を発動するアーティファクトがあるだろう?」


「ええ、そうですが……」


 援軍に来てくれたカイエたちに対する礼儀として。イーグレットは手の内を全て晒していた。最悪の状況となったから……この戦いとは直接関係のない彼らだけでも、逃げて欲しいという想いも込めて。


「俺たちも、転移魔法が使えるからさ。夜は仲間たち全員で過ごすって約束なんだよ。勝手にやって悪いけど、この城塞もを登録マーキングさせて貰ったから……ああ、何か不測の事態が起きたら、こっちから勝手に来るから。それじゃ、また明日な――」


 そう捲し立てるように言うと――カイエたち三人は、忽然と姿を消した。


「え……」


 簡単に転移魔法と言っていたが――イーグレットは、大公家に伝わる秘宝『転移門ゲート』を使うことで、奇跡の魔法を発動できるが。それでも、二つある『転移門ゲート』を設置した場所の間を移動する事しかできない。


 そもそも転移魔法を使える魔術士など、世界中を探しても両手の指で数える程度しかいない筈だが――さすがは光の勇者とその仲間だと、妙に納得する。


「彼らも帝国との戦力の差を悟って……勝ち目がないと撤退した訳では……」


 兵士たちに聞こえないように、カイケルが小声で呟く。


「まさか……いえ、その方が良いかも知れませんね」


 イーグレットは否定しようとしたが、途中で思い止まる。


「カイエ様も、ローズ様も、ロザリーちゃん・・・も……私たちのために命を懸ける必要なんてありませんから……」


 今でも彼女は諦めてはいないが――生き残る事を前提で戦えるほど、甘い状況ではないのだ。仮に彼らが言葉通りに、帝国軍を撃ち滅ぼせる力を持っていたとしても……犠牲は避けられない。そんな戦場に……無関係な彼らを巻き込むことは、忍びなかった。


「イーグレット……俺たちは、俺たちの戦いに懸けるまでだ……彼らから貰った勇気を胸に、絶対に勝つぞ……」


「はい、カイケル師匠……」


 夕暮れの城塞で唇を重ねる二人の姿を――訪れた夜の闇が、優しく隠してくれた。


※ ※ ※ ※


 そして、翌朝――


「へえー……ここが、アルバラン城塞か。バルキリア公国には、前にも来たことがあるけど。城塞の中に入るのは、初めてかな」


 転移魔法で出現したエマは、お気楽な感じで言う。


「まあ……及第点ってところね。相手がチザンティン帝国だから、それなりに戦えるでしょうけど。魔王軍が相手なら、魔術士の数が圧倒的に足らないわ」


「アリス……もう少し、言い方を考えないか?」


「そうかな……僕としては、十分立派な城塞だと思うけど。人族もやるよねって、感じかな?」


 アリスが、エストが、メリッサが。口々に感想を述べながら、城塞の中を歩き回る。


「これは……カイエ様、どういうことですか?」


 状況が理解できないという感じのイーグレットに、


「あのさ、援軍が増えたって勝手に期待するなよ? 昨日の夜、おまえたちの事を話したら。こいつらが会いたいって言うからさ、連れて来ただけだよ。邪魔して悪いけど、すぐに帰らせるからさ」


「いえ、それは全然構いませんが……」


 イーグレットは言い掛けて――三人の鋭い視線に気づく。


「カイエ……奇麗な人だな」

「あんたねえ……また懲りもせずにフラグを……」

「はあ……カイエは、本当に困った人だよね?」


「え、ええっと……」


 返答に困るイーグレットの肩を、カイエがポンと叩く。


「なあ、イーグレット……一応、先に謝っておくよ」


 カイエは意地の悪い笑みを浮かべると、アリス、エスト、メリッサの三人にに向き直る。


「あのさあ、おまえら……今回のは、完全に誤解だから。イーグレットと俺は全く全然、これっぽっちもそう云うんじゃなくて。これが、その証拠だから……」


 そう言って空中に映し出したのは――夕暮れの城塞で抱き合うイーグレットとカイケルのラヴシーンだった。


「カ、カイエ様……」

「お、おい、これはどういう……」


 顔を真っ赤にして動揺する二人に、


「別に出歯亀するつもりで、仕掛けた訳じゃないからな? 昨日帰るときに言っただろう、何かあったら勝手にこっちから来るって」


 カイエは知覚系のマジックアイテムを持たせた不可視のインビジブル従者サーバントを城塞に残して、不測の事態に備えていた。


 それで偶然、二人のシーンを目撃してしまったのだが――わざわざ録画したのには、別の理由がある。


「なあ、イーグレットに、カイケル? おまえらさあ……俺たちが撤退したとか、好き勝手に言ってたよな?」


「あ……それは……」


 カイエたちの事を想っての発言だとは解っているが――


「俺たちを見くびるなよ……これは、その仕返しだから。今度そんな事を考えたら……この映像を、城塞中の兵士に見せるからな?」


「いや、カイエ……みんな、もう見てるって……」


 エストの指摘に――イーグレットとカイケルも、ようやく気づく。


 城塞の兵士たちが思わず手を止めて、空に大きく映し出された延々と続くラヴシーンを見上げているのだ。


「……きゃゃゃ!!! 止めてくださいぃぃぃ!!!」


 この日、公女イーグレットの叫び声が、アルバラン城塞に響き渡った。


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