第179話 次の段階は……


 情報局の女は『強制ギアス』の魔法で、自害という選択肢だけを強制的に奪った。


 カイエなら洗脳とか魅了とか、そういう手段を取る事も出来たが――


「精神支配系の魔法は趣味じゃないんだよね。魔法で無理矢理喋らせるってのは後味が悪いからさ。情報局の内情とか構成員の情報とか、もう少し知りたいところだけど。まあ……これからも仕掛けて来る奴がいたら、狩れば良いだけの話だから」


 ジャスティンとブラッドルフは、女を拷問して情報を吐かせる気満々だったが、


「そんなやり方じゃ、あの女は何も喋らないと思うよ。それに死という選択肢を奪った上で拷問ってのは、ちょっとね……おまえたちが拷問するなら、『強制ギアス』は解除するけど?」


 結局のところ、情報局の暗躍を教えてくれたのも、事件を解決したのもみ全部カイエな訳で。そんな風に言われたら、彼らも諦めざるを得なかった。


※ ※ ※ ※


 『親人女王』となったイルマについては、形の上では魔王の亡命政権という事になるので。自治権を持つ『所領』として、ウィザレスの郊外に中心街に彼女の邸宅を絶賛建設中だった。


「そこまでして頂くのは……心苦しいですね」


 女を捕えたことで、情報局の襲撃は一応収まったが。魔王を利用しようとする奴らや、逆に魔王のせいでガルナッシュが人族の標的になると考えて、彼女を害しようとする連中も少なからずいる訳で。


 十大氏族会議で、邸宅が完成した後もカスタロトと彼の配下のメルヴィンの戦士たちが護衛を務める事が正式に決まり、その費用はガルナッシュの公費から捻出される事になった。


「形ってのも、案外意味があるんだよ。カスタロトも張り切ってるみたいだし、別に良いんじゃないか?」


「ええ、そうですな……イルマ陛下。御身は、このカスタロトが必ずやお守りします」


 女王の護衛という立ち位置を、意外にもカスタロトは気に入ったようだ。

 まあ、本音を言えば――イルマに関わることでカイエに会う事も増えるから、手合わせが出来る機会も増えるだろうという助平心が半分だろうが。


 そして、もう一つは――ガゼルの事だ。


 ガゼルに戦士としての才能が無いのは本当で。

 根本的に魔力の絶対量が少ない彼は、魔力を通して・・・身体能力を高めることも、知覚を強化することも出来ない。


 だから、カイエが戦いの基礎だと考える合理的な動きや反応を教えようにも、そもそも体現出来ないから、机上の空論以上に理解することは難しかった。


「それでも……あいつが、自分でイルマを守りたいって気持ちは本物だよ。だからさ……こういう根性論は俺の趣味じゃないけど。カスタロト、徹底的に鍛えてやってくれよ」


 カイエがカスタロトに依頼したのは――メルヴィンの戦士たちとの連日の猛特訓だった。


 理論的なことは置いておいて。心身ともに追い込むことで、身体能力と戦闘技術、危機対応能力を底上げする。

 こんなやり方では、そこそこ・・・・までしか強くなれないが。それでも、街中でイルマを守るのに役には立つだろう。


※ ※ ※ ※


 そして一月ほどが過ぎて――再び、トルメイラの街。カイエたちはギャゼスの店で、夕食を取っていた。


「ホント、思うけど……魔族って言っても、私たち人族と大差ないわよね」


 ローズはうっとりとした上目遣いで、いつものようにカイエに密着する。


 この一ヶ月の間に、カイエたちはガルナッシュの各地を巡って、魔族たちとの交流を深めていた。


 人族の姿で現れたカイエたちに、あからさまな敵意を向けて来る者も数多くいたが。剣も魔法も一切通じない彼らは、笑顔で殺意を素通りして――


『まあ……人族に対する文句は全部聞いてやるから。とりあえず、飲もうか?』


 攻撃してきた相手の懐に強引に飛び込んで、カイエは盃を酌み交わして回った。


 その上、行く先々で彼らの生活圏を脅かす凶暴な怪物モンスターとかアンデットをついでに・・・・殲滅したから――アリスの情報網を活用して、そういう地域を優先的に周ったのだ――魔族たちのカイエたちに対する態度は、劇的に変化していった。


「それでも……俺たちに対する見方だけ変わっても、大した意味が無いからな」


「そうだな。魔族と人族は、もっと互いを理解する必要があるな」


 エストが恥ずかしそうに密着するのも、相変わらずで――結局のところ、この濃密なピンク色の空間は永遠に続くに決まっていると。ロザリーは傍らにチョコンと座りながら、半ば諦めるように悟っていた。


「ということで……バーン兄さんとアレク兄さんの役目は重要だからね」


 二人に負けじと、当然のようにカイエの胸にしな垂れ掛かる妹を――ローウェル家の二人の兄は呆然と眺める。


「おい、エマ……さすがに、それは不味いだろう?」


「そうだぞ、エマ! 俺はおまえを、ふしだらな子に育てた憶えは無い!」


 魔族と人族との交流の第二弾として――カイエたちは転移魔法を使って、二人を聖王国から連れて来たのだ。


 エマが魔族の国にいることを知った親馬鹿のエリザベスとフレッドは、自分たちが付いて行くと強硬に主張したのだが……


『いやいや、あんたたちにはジョセフとエドワードの監視をして貰いたいし。それにバーンとアレクの方が扱い易……俺たちの目的には、ちょうど良いんだよ』


 カイエの本音は後半の部分で――ガルナッシュで親馬鹿ぶりを発揮されて、変な方向に噂が広まっても面倒だからとお断りした。


「もう、私は兄さんたちに、育てられた覚えなんてないよ。それに、私はカイエが本気で好きだから……エヘヘ!」


 頬を染めて幸せそうに微笑むエマに――二人の兄は殺意を込めてカイエを見るが。


「まあ、エマは俺の女だから。バーン義兄さん・・・・も、アレク兄さん・・・も文句を言うなよ。それと……今回の件が上手くいったら、今度はクリスも呼ぶつもりだから」


「カ、カイエ君が……義兄さんと! それに……」


「ああ、クリスが……」


 二人の義兄は、照れ臭そうに頬を染める。


(やっぱり……こいつら、チョロいよな)


(カイエ、あんた……ホント、性格悪いわね)


 背中から密着するアリスとカイエは、至近距離から視線を交わして――悪人の笑みを浮かべた。

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