第178話 殺意の理由
カイエたちはイルマとガゼルを連れて、ガルナッシュ連邦国に戻ると――第一都市ウィザレスで、十大氏族の
第八氏族アロウナも、暗殺された
十人の
「私はイルマ・
イルマは母方の姓を名乗ったのは――人族である父方の親類に迷惑を掛けたく無いという想いと、彼女の覚悟を示すためだった。
「サウザントライツ……やはり貴女は、先代魔王ユリウス陛下の血族なのですね!」
先頭に立ったジャスティンが片膝を突いて、イルマの前で首を垂れる――
彼らガルナッシュの民は魔王に忠誠を誓ってはいないが。
魔王という存在は、魔族の主神とも言える『闇の魔神』の使徒であり。特別な存在であることに違いはなかった。
「あの……頭を上げて下さい。私は魔王になるためではなく、魔王という存在を封印するために、ここに来たのですから」
「ええ、そうでした……失礼しました、イルマ親人女王陛下」
『親人女王』とは――決して魔王にはならなず、人族と争う意志を持たないという決意を表す造語であり。イルマの立ち位置を世界に示すためのものだった。
(ユリウス・サウザントライツ……貴方は、本当に魔王らしい魔王だったけど。どこまでが演技で、どこまでが本音だったのか……今考えると疑わしいわね)
魔王であるユリウスを仕留めたのは、他ならぬローズであり――傍若無人に振舞う魔王を、当時は何の疑いもなく仕留めたが。
殺される瞬間、魔王は……全てを受け入れるように笑っていた。
「まあ……俺たちは情報局の計略を終わらせるために、こうして協力する訳だし。仕掛人は俺だから、どんな状況になっても、俺が全部責任を持つからさ」
情報局を潰すことは、イルマ自身の為にもなるが――『魔王の啓示』を受けた者として、表舞台に引きずり出したのはカイエなのだから。
色々と面倒な事になると、これまで避けていた状況も。場合によっては受け入れるしかないなと、カイエも覚悟を決めていた。
※ ※ ※ ※
「イルマ親人女王陛下――私はカスタロト・メルヴィン。貴女の警護を務める者です。
このカスタロト、命に替えましても、陛下をお守りして見せますぞ!」
イルマの警護責任者となったカスタロトは――我が意を得たりという感じで、生き生きとしていた。
「あ、あの……カスタロトさん。よろしくお願いします!」
それは使命感からというよりも――カイエとの立ち合いで得た新たな力を試したくて、ウズウズしているのだ。
「おい、カスタロト……おまえは情報局の奴らが襲撃して来るのを、待ってるみたいだけどさ? 警護役としては、それは不味いだろう」
カイエの苦言も、カスタロトは笑い飛ばす。
「何を言っておるのか、カイエ殿……奴らの襲撃を一番心待ちにしてるのは、他ならぬカイエ殿であろう?」
カイエの狙いなど解っていると、カスタロトは不敵に笑うが――
「いや、間違っちゃいないけどさ……」
このときカイエは――面白がるように笑っていた。
「力で全部解決出来るなら、楽なんだけどさ。奴らだって、そこまで間抜けじゃないから。他の手段を使って来ると思うけどな?」
真正面からイルマを奪いに来れば、カイエちなら、どうにでもなるが。
それが通用しないことは、情報局の奴らも解っているだろうと、このときカイエは思っていた。
そして――イルマが『親人女王』であると宣言した約二週間後に、事件は起こった。
※ ※ ※ ※
「ジャスティン閣下! 市民たちが暴動を起こしておりますが……あれは本当に、ウィザレスの市民なのでしょうか?」
メルヴィンの戦士たちの的を射ない言葉に――ジャスティンは、全てを理解する。
「ああ、そうだな……あのような狂気の力に支配されていたとしても、彼らは紛れもなくウィザレスの市民だ」
血走った眼をした数百人のウィザレスの市民たちは――素手でジャスティンの居城の外壁を破壊して、場内に雪崩込んでくる。
メルヴィンの戦士たちは、彼らの暴挙に立ち向かおうと勇敢に立ち向かうが――『呪術結晶』に支配された市民たちは、彼らをいとも容易く蹂躙しながら突き進む。
「おのれ……貴様らは、我らメルヴィンの同胞たちを! このカスタロト・メルヴィンが、切り捨ててやるわ!」
カスタロトは、市民の群れの中に特攻しようとするが――
「おまえなあ……そんな事をしたら、奴らの思う壺だろうが?」
カイエに襟首を掴まれる。
「しかし、カイエ殿……この状況を見過ごす訳には……」
抗議するカスタロトに――カイエは意地の悪い笑みで応える。
「まあ、俺たちに任せろよ……なあ、エスト?」
「ああ、了解した――」
『呪術結晶』に支配された市民たちが群がる最前線で――エストは
『
エストの指先から魔法が放たれた瞬間――市民たちの目は正常に戻って、穏やかな眠りに堕ちる。
「あのさあ……『呪術結晶』みたいな不完全なマジックアイテムを使った時点で。おまえの負けは確定だから」
ウィザレスの旧市街地から、
『呪術結晶』に支配された市民たちを、思いのままに操るには距離的な制約がある。
そして結末を知るためにも、彼らから一定距離にいる必要だから……情報局を操っている黒幕が、今回は近くまで出張って来ると、カイエは確信していたのだ。
「なるほど……さすがは『混沌の魔神』だな。カイエ・ラクシエル閣下……今からでも遅くない。我らが主たる『闇の魔神』様に、忠誠を誓わないか?」
蒼い髪と瑠璃色の瞳の魔族の女は――闇色に染まる妖艶な笑みを浮かべる。
「そんな事……カイエが承知する筈なんて無いわよ」
「ああ、そうだな……貴様とは格が違う」
混沌の魔神であることを一切隠さずに――渦巻く膨大な魔力の渦中に立つカイエに、ローズとエストは当然という感じで寄り添う。
「そうね、カイエと本気で戦うとか……甘すぎるわよ」
「うん……そのくらいなら。私たちだけで、どうにでもなるよね?」
アリスとエマは――そう言って、カイエの傍らに加わった。
「いいえ……そんなレベルじゃないのよ。ロザリーちゃんは、呆れてるらしら」
「ああ、そうだね……ロザリー先輩も、やっぱりそう思うよね?」
最後に転移して来たロザリーとメリッサが――彼女の退路を封じる。
「……ハハハハハ! そうか……私は愚かにも、勇者たちの力を見誤っていたという事だな!」
敗北を悟った女は、一切躊躇することなく、己の首を掻き切ろうとするが――その手首を、カイエは掴んで止める。
「貴様は……私を止めて、何をしようと言うのだ?」
狂気の笑みを浮かべる彼女の唇を……カイエは強引に塞ぐ。
口許から流れ込む魔力に――女は意識を失った。
「「「「「「………えええ!!! カイエ、どういうこと(よ)(だ)!!!」」」」」」
涙目で困惑するローズたちに――
「いや、慌てるなって……あれは
「あの女の意識の隙を作るために、あり得ない状況を演出したんだよ」
魔族の女とキスした方のカイエは――彼女をお姫様だっこで運んでくると、姿を消した。
「こいつには、色々と聞きたいことがあるし。出来れば殺したくなかったんだよ」
もっともらしい事を言うが――カイエなら他に幾らでも方法があったでしょうと、六人は冷ややかな目を向ける。
カイエとしては、遊び心で魔法を試しただけだが――ちょっと、やり過ぎたかなとは思う。
「えっと……全部片付いたし。そろそろ帰るか?」
そのまま自分だけ転移魔法を発動しようとするが、ローズたちが見逃す筈もなく。
「「「「カイエ……正座!!!」」」」
ニッコリと笑う四人に、取り囲まれるカイエ――ロザリーとメリッサは顔を見合わせて、深く溜め息をついた。
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