第173話 アリスの警告(2)
そう言って、アリスがテーブルの上にバラ蒔いたのは――大量の金属板だった。
そこに描かれていたのは様々な氏族の重鎮たちが、情報局と密会する場面で……その中には、メルヴィンとロズニアの幹部の姿もあった。
「こ、これは……」
情報局のメンバーは――自分が魔王に選ばれたという自負心から、闇色の制服を常に身に纏っている。そして冷静さを装いながらも、滲み出る狂信者じみた雰囲気から。彼らが情報局の一員であることは一目で解った。
「奴らは禁忌の
断言するアリスに――ジャスティンは息を飲む。
「それが本当であれば、由々しき事態ですが……」
「あんたねえ……私を疑うのは勝手だけど。情報局にとって一番邪魔なのは、支配者層である十大氏族だって解ってる?」
アリスはフンと鼻を鳴らす。
「ジャスティン、あんたは何も気づいていないみたいだけど……私が呼び出さなければ、あんたは暗殺されていたかも知れないのよ? 今日、あんたが会う予定だったメルヴィンの幹部も、情報局に取り込まれてるからね」
アリスが最後に投げた金属板には――ジャスティンが密会する予定だった女性と、情報局の魔族が談笑する姿が映っていた。
「いや、まさか……カロリーナが、私を裏切るなど……」
親衛隊の副隊長を務めるカロリーナ・シュテッセフは、ジャスティンが最も信頼を置く者の一人だったが……このとき彼は、自分の失態に気づいていなかった。
「お父様は……どうしてカロリーナと、二人きりで会おうとしていたのですか?」
ジト目で見る愛娘に――
「い、いや……メルヴィン城の警備については、機密情報だからな。他の者がいない場所で、話をする必要があったのだ」
ジャスティンは言葉を取り繕うが。
「ふーん……でしたら、僕は親衛隊長のストローエンと話をするべきだと思いますが?」
全く信用していないメリッサの視線に――第一氏族の
「ああ、そういう事か。へえー……ジャスティンも、隅に置けないよな?」
意地の悪い笑みを浮かべるカイエに――おまえが言うなよと、ジャスティンは内心で思っていた。
「まあ……そんな事はどうでも良いんだけどさ」
カイエは漆黒の瞳に冷徹な光を帯びて――アリスと目配せする。
「アリスが言ったように……自分が如何に間抜けなのか。さすがに、おまえにも解ったよな?」
「……はい、カイエ殿。己の愚かさを、私は思い知りました!」
深々と頭を下げるジャスティンを、メリッサは見かねて駆け寄ろうとするが――カイエはその手首を掴んで、振り向かせる。
「カ、カイエ……何をするの?」
「止めておけよ……そんな事をしたって、誰も救われないからさ」
「え……」
メリッサを抱き寄せて、その赤い瞳を覗き込むと、
「「「「ちょっと、カイエ……どういうこと(よ)!!!」」」」
四人の抗議の視線を浴びても――『まあ、俺に任せておけよ』と、カイエは片目を瞑る。
「ジャスティン……情報局の踊らされるのが嫌ならさ。何をするべきなのか、おまえが自分で考えろよ?」
おまえが決めないなら……俺が全部奪ってやるらからと。
頬を染める愛娘を胸に抱いたカイエは――嘲るように笑った。
「解りました……カイエ殿。第一氏族メルヴィンの名に賭けて、私が情報局を排除し。この件に関わった者たちを粛正しましょう!」
「そういう事なら……ジャスティン、私も手伝わせて貰う。ロズニアとメルヴィンが手を組めば、決して難しい事じゃないだろう」
どや顔で口を挟んで来るブラッドルフだったが――
「あんたたちって……ホント、救いようのない馬鹿ね? 情報局と会ったというだけじゃ、クーデターの証拠にはならないわよ。呪術結晶を持っているところを抑えれば、密輸の証拠と謀反の容疑は掛けられるけど……こんな小さなブツを、確実に見つけられると思う? 出てこなかったら、どうするつもりよ?」
アリスは呆れ果てたという顔で、溜息をつく。
「そもそも、こいつらを全部粛正なんてしたら……それこそガルナッシュが分断されて、情報局の思うツボになるわよ」
「しかし……それでは、いったいどうすれば良いと言うんですか? 裏切者を粛正しなければ……クーデターが起こってしまうのでしょう!」
困惑するジャスティンと、同意するブラッドルフ。
「そんなの簡単じゃない……あ、でもカイエ? 私が答えを言っちゃって良いの?」
「まあ、良いんじゃないか? 一応、自分から戦うって答えは出したんだし。要は、
気楽な感じで応えるカイエに、アリスはニヤリと笑って頷く。
「別に粛正なんてしなくても……呪術結晶を取り上げた上で、この
彼女は何でもない事のように言うが――
「いや、アリス殿は、呪術結晶を見つけるのは難しいと……」
「
しかし、カイエたちに掛かれば――そんな制約など、どうにでもなった。
「あんたたちが本当にすべきことは……自分たちの甘さを認識して、今はそれができる私たちに解決を依頼する事と。キッチリ反省して、今後の対策を打つ事――諜報部門のノウハウなら、私が有料で教えてあげるわよ」
当然でしょと笑うアリスに――ジャスティンは何も反論できなかった。
「アリス殿、解りました……この者たちから呪術結晶を押収してください」
「それは良いけど。脅しを掛けて黙らせるのは、あんたたちの仕事だからね?」
全部カイエたちが解決してしまったら、彼らが裏切者の心臓を握る事になり。それこそガルナッシュを支配することになってしまう。
魔族たちを支配するなど、カイエの望む事ではないのだ。
このとき、クーデターと情報局の事で頭がいっぱいのジャスティンは――
(お父様……カロリーナの事は、僕からお母様とお爺様に、全部報告しますから)
ずっと冷たい目で見ている愛娘の視線に、気づいていなかった。
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