第172話 アリスの警告(1)


「間抜けな二人にも、教えてあげるわよ。あんたたちの国で、旧ギルートリア帝国――元魔王軍の情報局が、いったい何をしてるのか……ホント笑えない話だから。心して聞いてよね?」


 アリスの言葉に――ジャスティンは顔をしかめる。


「アリス殿……私は貴方の急な呼び出しを受けて、取るものも取らずに馳せ参じたと言うのに。さすがに随分な物言いだと思いますが?」


 メルヴィンの氏族長クランマスターである彼は、十大氏族会議が行われた第一都市ウィザレスに居城を構えており。アリスからの伝言メッセージを受けたときも、ウィザレスにいたのだ。


 ウィザレスからトルメイラまでは、騎乗用の魔獣を使っても三日は掛かる距離だが。『至急の用事があるから、絶対に本人が来るように』というアリスの要請を受けて、虎の子であるワイバーンを使って駆けつけて来たのだ。


「言いたい事は解るけど……あんたにも納得できるように説明してあげるわよ。まあ、立ち話も何だから、座ったら? ギャゼス、二人の飲み物を持って来て貰える?」


 ジャスティンはまだ納得していなかったが。ブラッドルフとともに、勧められるままに席に着く。

 

 二人の訝しむような視線を浴びながら、アリスはと言うと――当然という感じで、カイエの膝の上に座った。


「おまえ……何やってんだよ?」


「何よ……別に良いじゃない。もう、やることは全部やったんだし。今回私は頑張ったんだから……」


 首に腕を回して、しな垂れ掛かると――アリスは艶やかな笑みを浮かべながら、唇を重ねる。


「「「あああ……もう、アリス! 何やってるの(んだ)!!!」」」


 三人の抗議もお構いなしで――給掛係ウエイトレスが飲み物を運んで来て、ギャゼスと一緒に部屋を出て行くまで、濃厚なキスを味わうと。アリスは勝ち誇るように、髪を掻き上げる。


「みんなには悪いけど……今日は私が主役だから」


 そう言って、彼女がテーブルに置いたのは小ぶりな金属板で――カイエが今年の夏に『念写ポートレート』の魔法で、アイシャの精密画水着写真を作ったのと同じモノだ。


 そこに描かれているのは――血溜まりに倒れる壮年の魔族の姿だった。


「……ジョセフ・アロウナ!」


 ジャスティンが叫んだのは――第八氏族アロウナの氏族長クランマスターの名前だ。


「一応断っておくけど、これは現実の光景を魔法で転写したモノだからね。疑っても構わないけど、本人に会いに行けば、すぐに現実だって解るから」


 ちなみに、精密画写真を取ったのはカイエではなくアリスで――ガルナッシュで諜報活動を始める前に、カイエに頼んで、『念写ポートレート』を発動できるマジックアイテムを作って貰ったのだ。


「隠し撮りするには、閃光魔法フラッシュとか邪魔だから。光が無くても同じくらい鮮明な画像を残したいんだけど……カイエなら、当然出来るわよね?」


 アリスのリクエストに『無駄に凝る』ことが大好きなカイエが応えて――盗撮器シークレットショットを作ったことで、今回の激写が実現した。


 さらに、ちなみに言うと。アリスが現場に合わせる事ができたのも偶然ではない。

 組織による情報網と伝言メッセージによって、彼女は事件発生を知ったのだが。現場に急行できたのは、カイエに作って貰ったもう一つのマジックアイテム『転移の指輪テレポートリング』のおかげだった。


 『転移の指輪テレポートリング』は――自分で新たな転移ポイントを登録できず、他者を連れて転移できないという制限はあるが。魔力さえ消費すれば、登録済みの転移ポイント間を自由に移動できる。


 アリスも魔力量は尋常ではないから。『念写ポートレート』も『転移テレポート』も、彼女にとっては打って付けのアイテムだった。


「しかし、どうして……ジョセフは使用人に殺されたのですか? アロウナも誇り高き十大氏族です。その使用人が、氏族長クランマスターを裏切るなど……いや、そもそも使用人などに、氏族長クランマスターが殺されるなど、あり得ません!」


 ジョセフ・アロウナは武闘派ではないが。れっきとした上級魔族であり、使用人に後れを取るような男ではない。


「その理由は……これよ」


 アリスが次に取り出したのは――小さな赤黒い石だった。

 二人はそれをまじまじと見てから……答えを求めるようにアリスを見る。


「ホント……あんたたちは何も知らないのね?」


 アリスは呆れ顔で応える。


「これは『呪術結晶』――相手に狂気の力を与える禁忌の魔法薬物ポーションよ。情報局の奴らがガルナッシュに大量に持ち込んで、高値で売り捌いているわ」


「それをアロウナの使用人が手に入れて……彼はジョセフに、何か恨みでもあったのでしょうか?」


 ジャスティンの呟きに――『ああ……こいつって、本当に何も解って無いのね』と、アリスは違う意味で納得する。


「そもそもジョセフ・アロウナは、情報局と癒着していたんだけど……あんたちは、それを知っていたの?」


「ええ……ジョセフが情報局と繋がっていると、我々も疑っていました。しかし、特に何かをしているという証拠も無かったもので……」


「あんたたちって……ホント、危機管理能力が皆無ね。怪しい動きをしている奴がいたら、徹底的に調査をしなさいよ。もう良いわ……私が全部教えてあげるから」


 アリスは二人に向き直ると――揶揄からかうような笑みを浮かべた。


「使用人は操られただけで、ジョセフ・アロウナを殺した真犯人は情報局よ。その理由は、ジョセフがカイエに怖気づいて、彼らの思惑通りに動くことを拒絶したから……でも、こんなの、情報局がやっている事の氷山の一角だからね?」

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