第171話 暗躍するアリス


「あのなあ……ホント、何度も言わせるなよ。おまえたちの忠誠なんて要らないから。俺たちはガルナッシュに居られれば、それで良いんだって。

 十大氏族が下手に態度を変えたら、動きにくくなるからさ。それだけは、絶対に止めろよな?」


 カイエは氏族長クランマスターたちの申し出を断って。自分たちに対して、表立った動きは一切するなと釘を刺した。


 黒竜討伐の報酬については『貰えるものは貰っておく』というアリスの方針と、彼らの立場を考慮して。適正価格と思われる金額だけ貰うことにする。


「おまえらは、自分たちの棲みかに戻れよ。付いて来られても邪魔なだけだからさ」


 カイエの素っ気ない言い方に、項垂れる黒竜たちも、


「カイエの代理人として、版図を統治するんだから。名誉なことじゃない」


 などとアリスが言いくるめて。元々彼らの支配地域であるビオレスタのさらに北まで、お引き取り願った。


 魔族の生活圏に立ち入り禁止という事と。食糧不足など何か問題が発生したから、伝言メッセージで連絡する事。それは当然条件に入れておく。


 そんな感じで、問題を一通り片付けて。カイエたちは人族の姿で出歩くことを、公的には認められた訳だが。

 一般の魔族たちが、そんな事情を知る由も無く。街中を堂々と歩く人族の姿に、彼らは奇異の視線を向けて来る。


(あれって……闘技場コロシアム勝利者ルーラーのカイエだよな?)

(え……でも、耳が……あれじゃ、まるで人族……)


「ああ、俺は『混じり者』だからさ。こっちが本当の姿なんだよ。人族ぽいと、悪目立ちするだろ?」


 噂話に興じる魔族たちを見つけると、カイエは何でも無いことのように説明する。


 相手の反応はまちまちで。この時点で、あからさまに蔑んだ目をする者もいれば、


「悪目立ちって……街中で堂々とイチャついておいて、今さら言うか? だったら、彼女たちも……皆『混じり者』なのか?」 


 闘技場コロシアム勝利者ルーラーの威光なのか。普段の彼らのフレンドリーな態度のお陰か。一応、普通に話を訊いてくる者もいたが――


「いや、ローズたちは正真正銘の人族だけど?」


 それが何か? という感じでカイエが応えると――


「人族だと……ふざけるな!」

「魔族の敵を、勝手に街に入れたのか?」

「俺たちを……騙しやがって!」


 大抵は、こんな感じで掌を返した。


「ああ、騙したのは悪いけどさ。人とか、魔族とか。そんなの大した問題じゃないだろ? 

 種族云々を言う前に、おまえたちが認めたのは、俺たちの強さじゃないのか? だったら……今度は本当の実力を見せてやるから。暇だったら、闘技場コロシアムまで見に来いよ」


 何を言おうと、石を投げつけて来る者も後を絶たなかったが。そんなモノがカイエたちに当たる筈も無く。

 感情的になって掴み掛って来る者も、最小範囲で展開した結界によって、触れる事すらできなかった。


「悪いな。今は喧嘩を買う気はないから」


 悔しさと憎悪が混じった視線を浴びながら、カイエたちは堂々と街中を歩く。罵声も敵意にも、涼しい顔で笑みを返した。


 そして人族の姿になって初めて登場した闘技場コロシアムで――彼らは本来の力を遺憾なく発揮して、圧倒的で絶対的な勝利を見せつけた。


 どうして人族を試合に出すのか。そんな説明は一切無かったが。少なくとも、十大氏族が彼らを排除しないという姿勢スタンスは観客たちに伝わり。そして何よりも――


 魔族を装っていた頃を遥かに凌ぐ実力に、多くの者が魅せられてしまったのだ。


 勿論、強さに恐怖を抱く者や、やはり人族というだけで拒絶する者も多かったが。

 個々の強さを誇る魔族のアイデンティティーは、絶対的な強者に対する憧れにも繋がった。


※ ※ ※ ※


 さらに一週間後。トルメイラの街を歩くカイエたちは、好意と敵意の両方の視線を浴びるようになった。


「まあ……こんなもんだろう? 魔族に全否定された訳じゃないから。あのやり方で正解だったと思うよ」


 今日は昼過ぎまで試合があり。カイエたちはギャゼスの店のVIPルームで、遅めの昼食を取っていた。


 人族の姿になってからも、ギャゼスは一切態度を変えておらず。『他の客と一緒だと、落ち着かないだろう?』と、個室をキープしてくれる。


「そうね。逆にもろ手を挙げて歓迎とかされたら、何かあるって疑うわよ。黒龍の件も、黙っていて正解じゃない? 私たちには逆らえないって空気を作ったら、本音が聞けなくなるから」


 アリスはワインを飲みながら、カイエに相づちを打つ。ここまでの魔族たちの反応は、二人が想定していた範囲のモノだった。


 こういった計略めいた話は、カイエとアリスの専門であり。エストだけは、静かに耳を傾けていたが――


 ローズとエマは全く話を聞いておらず、カイエに密着して幸せそうな顔をしており。メリッサは、そんな二人を羨ましそうにチラチラ見ながら、チョコンとソファーの端に座っていた。


 そしてロザリーはと言うと――そもそも下等種族なんて眼中に無いのよという感じで、澄ました顔でお茶を飲んでいた。


 そんな四人を横目に、カイエは話題を変える。


「ところでさ……アリスは例の諜報活動の方も、順調みたいだな?」


 面白がるように笑うカイエに、アリスもニヤリと笑みを返す。


「当然じゃない……タニア・シェードは、ガルナッシュ屈指の裏組織を創り上げたわ。もう情報局の動きくらい、完璧に把握してるわよ」


 タニアとは――アリスがもう一つの魔族の姿・・・・・・・・・のときに使う偽名だった。

 いずれは人族であることをバラすことを前提に、彼女は別の姿と名前を用意していたのだ。


 カイエとエストの魔法と、アリスのスキルがあれば、同時に別人を演じるのは容易い事だった。


 人族の世界で暗躍する闇組織の幹部タニアが、ガルナッシュの裏社会を支配するためにやって来た――というキャラ設定で、現在も勢力を絶賛拡大中だ。


「十大氏族の連中は、諜報活動に関しては素人同然だから。欲しい情報を集めるには、自分で組織を作った方が手っ取り早かったのよ。中核メンバーは、私が自分で引き抜いたから。聖王国の暗殺者ギルドにも負けてないと思うわよ」


 資金力にモノを言わせて、強引に作り上げた組織だったが。互いを監視させて、裏切者を決して許さない鉄のルールを敷くことで、完璧に機能させていた。


「アリス……あんまり、やり過ぎるなよ?」


「解ってるわよ。モラル的に問題のある連中を排除したら、飴と鞭モードに切り替えるから」


 諜報活動の世界では、残酷で無慈悲なのが当たり前なのだと――アリスは堕天使のような妖艶な笑みを浮かべる。


「だけど……おまえだって、好きでやってる訳じゃないだろ?」


「あのねえ、カイエ……」


 何を馬鹿なことを言ってるのと、アリスは呆れた顔をするが――


 『全部解ってるから』と、全てを包み込むような笑みを浮かべるカイエに……アリスは思わず見とれて、無垢な少女のように頬を染める。


「ば……馬鹿。あ、あんたねえ……何言ってんのよ!」


 甘酸っぱい雰囲気が辺りを包み込むが――ローズたちが見逃す筈も無く。


「ねえ……カイエ? これって、どういうこと!」

「ああ、そうだな……アリスからも、キチンと説明して貰おうか!」

「カイエもアリスも……もう、ズルいよ!」


 極寒の視線を向ける三人に、


(ぼ、僕も行かなくちゃ……)


 メリッサも慌てて追随しようとするが、ロザリーが止める。


「おまえは……そういうポジションじゃないから、黙っているのよ。無暗に口を出したりしら、最悪な状況になるかしら」


 それは文句ではなく、『外見だけ幼女』の老婆心からの忠告だった。

 カイエたちと同行するようになった当初は、ロザリーも何度も地雷を踏んで痛い目に合ったのだ。


 少し前までは『魔族の小娘風情』と馬鹿にしていたが――必死に努力して、確実に実力をつけてきたメリッサを、今ではロザリーも認めていた。


「うん。ありがとう、ロザリー……」


 メリッサにも、そんなロザリーの気持ちが解ったから。嬉しそうに微笑んで、頭を下げる。


「な、何を言ってるのかしら……ロザリーちゃんは、おまえみたいな役立たずは嫌いなのよ!」


「うん、そうだね……僕は役立たずだから。ロザリー先輩に、迷惑を掛けちゃうかも」


「せ、先輩? お、おまえも迷惑を掛けると自覚があるなら。自分の面倒くらい見れるように、早く成長するのよ!」


 微笑ましい二人のやり取りを見ていると――カイエたちも、自分たちのやっている事が何だか急に馬鹿らしくなった。


「えっと……アリス。今日はおまえの組織の活動に関して、報告があるんだよな?」


「ええ、そうね……情報局について色々解ったから。今日は当事者たちを、この店に呼んだのよ」


 このとき――タイミングを計ったかのように、部屋の扉がノックされて。


 開いた扉から顔を出したのはギャゼスで、 


「カイエ……例の偉いさんが来てるけど。通して良いんだよな?」


「ああ、構わないよ……ってアリス? そういう事で良いんだよな?」


「当然でしょ……ギャゼス、入って貰うように伝えてくれる?」


 そしてギャゼスが連れて来たのは――ジャスティンとブラッドルフの二人だった。


「皆さん……お招き頂いて光栄です」


 ちょっと緊張した感じで、他人行儀なジャスティンに対して、


「おお、カイエ殿。それで……今日は、何の用なんだ?」


 ブラッドルフは平然とした感じで、堂々と部屋に入って来るが――結局、どちらも全く事情が解っていない第一、第二氏族の氏族長クランマスターに。カイエとアリスは視線を交わして、悪人のような笑みを浮かべる。


「アリス……おまえが仕掛けた事だから。全部、好きにやれよ」


「ええ、解ってるわよ――ジャスティンにブラッドルフ、よく来てくれたわね」


 アリスはニッコリと笑うが……その瞳は冷ややかな光を帯びていた。


「間抜けな二人にも、教えてあげるわよ。あんたたちの国で、旧ギルートリア帝国――元魔王軍の情報局が、いったい何をしてるのか……ホント笑えない話だから。心して聞いてよね?」


 そう前置きしてから、アリスは説明を始めた。

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