第170話 黒竜討伐戦


 少し時間を遡って――黒竜討伐戦。


「おまえたち……ご苦労ですの!」


 褐色の鱗を持つ悪魔の集団に、ロザリーが労いの言葉を掛ける。


 竜たちの侵攻を行く止めるために彼女が投入したのは、いつもの銀色の悪魔シルヴァンデーモンではなく。その上位種である鮮血の悪魔ブラッドリーデーモン百体。ロザリーの地下迷宮ダンジョンの精鋭たちだった。

 横に広く展開する悪魔たちの隊列が、威圧感の防壁を創り出している。


 カイエたちが転移魔法と飛行魔法を使ってやってきたのは、荒れ果てた山岳地帯。ここから二日ほどの距離に、魔族の氏族が住む村があったが、竜の侵攻を知った彼らの避難は既に完了していた。


 獲物が不足してるだとか、単に版図を広げることが理由で。竜族が狩場を帰ることは珍しくは無いが。多数の魔族が住む都市部へ侵攻するリスクは、知能の高い竜族も解っているから。魔族とバッティングするケースは、決まって小規模な集団が相手になる。


「とりあえず……みんな解っているだろうけど、できれば殺すなよ? 地竜アースコモドドラゴンと違って黒竜は馬鹿じゃないから、こっちの強さを教えてやれば服従するからな」


 鮮血の悪魔ブラッドリーデーモンの隊列を追い抜いて、エストの『多人数飛行(マストラベル)』でさらに奥へと移動しながら、カイエは空の上で剣を構える。

 もう隠す必要は無いからと、彼が手にしているのは二本の漆黒の剣だった。


「もう、解ってるよ。うーん、ヴェルサンドラを使うのは久しぶりだな!」


 金色の大剣を構えるエマは嬉しそうで、


「私も……アルブレナじゃないと、違和感があったのよね」


 ローズも光の剣を手にしてニッコリと笑う。


「私は普段から武器を使い分けているから、別に気にならなかったけど……でも、さすがにヤワな武器よりしっくりくるわね」


 今回アリスが選択したのは刀で、片刃の刀身が煌めく。


「僕も……竜を相手に、カイエに貰った新しい武器を試せるのは嬉しいよ」


 メリッサが手にしているのは、黒く光るバスタードソード――彼女が身に付けている漆黒のハーフプレートとともに、カイエお手製のマジックアイテムだった。


「いや、そろそろ前に渡した装備も、パワー不足だなって思ってたからさ。おまえも、それなりに強くなったし。その剣だって使いこなせるだろう?」


 すでにメリッサの鍛錬は第三段階に進んでおり――転移魔法でアルジャルスの地下迷宮ダンジョンに遠征して、ラスボスクラスの『偽物フェイク』たちと戦い始めていた。

 『偽物フェイク』の結晶体クリスタルを埋め込んだ新たな剣は、パワーがあるが、使い手にも相応の魔力を要求する。


「うん、良い剣だね……カイエ、ありがとう!」


 メリッサは頬を染めて、嬉しそうに微笑むが――


「「「ねえ、カイエ……どうして、メリッサだけ?」」」


 『カイエお手製』という点に反応して、ローズたちはジト目になる。


「何だよ。おまえらには、十分使える武器があるだろう?」


「「「ふーん……」」」


 しかし、文句があるのは三人だけではなかった。


「カイエ殿……私の武器はありませんのか?」


 カスタロトも『なんでメリッサだけ?』という顔でカイエを見ている。


「いや、おまえと一緒に行動する予定なんて無かったからさ。それに、おまえの武器は形状が特殊だから、上位互換の武器なんて持ってないし。その剣でも、黒竜相手くらいなら役に立つだろう?」


 カスタロト愛用の剣は刀身が長過ぎるので、カイエのコレクションにも同じタイプの武器は無かった。


「まあ……今のおまえの実力なら、黒竜になら勝てるだろうけどさ。おまえのペースに合わせるつもりは無いから、出番なんて無いと思うけど?」


「な、なんと、せっかくの強敵と戦う機会が……どうにか、なりませんか?」


 戦う気満々だったカスタロトはガクリと肩を落とす。


「いや、黒竜が強敵とか言う時点で戦力外だけどな……まあ、服従させた黒竜と、今度ガチで戦わせてやるから。今回は、孫娘の成長ぶりでも確認しておけよ」


「メリッサが……それほどまでに、強くなりましたか?」


「ああ、それなりにはな……ほら、先発隊が来たぞ」


 カイエたちの前方に現れたのは――五体の黒竜だった。蝙蝠のような翼を持つ体長十メートル前後の成竜たちは、自分たちの版図に侵入してきた外敵を迎え撃とうと、堂々たる姿をさらして突撃して来る。


 竜たちが彼らを侮っていないのは、鮮血の悪魔ブラッドリーデーモンで牽制していたせいだろう。


「そもそもカスタロトは、空中戦は初めてだよな? メリッサも経験が少ないんだから、最初は慎重にやれよ」


「うん、了解!」


「エスト!」


「ああ、解っている……『飛行フライ』! 『加速ブースト』!」


 メリッサも含めて、全員が飛行と加速の魔法は習得しているが――発動時間や回数に制限があるから、時間があるときはエストが全員に魔法を掛ける。


「それじゃ、一人一体ってことで……行くか」


 一斉に空中に飛び出したカイエたちは、通常飛行の黒竜よりも速く空を駆け抜ける。


 案の定、カスタロト一人を置き去りにして、それぞれが標的の一体に迫ると――最初の一撃で、黒竜たちを地上に叩き落とす。


 敢えて殺傷力を落とすために、魔力の壁を纏わせて急所を外した一撃だったが――黒竜たちの身体は、あり得ない方向に捻じ曲がっており。意識を失った巨体は真っ逆さまに、地上へと落下していく。


「後始末は任せてくれ!」


 こうなることが解っていたエストは、魔力の網を張り巡らせて空中で竜たちをキャッチする。


「……」


 一分と掛かることなく終了した戦闘に、カスタロトは大口を開けて動けなくなる。


『貴様ラ……ヨクモ、同胞ハラカラヲ! 絶対ニ許サヌゾ!!!』


 空中を飛び交い叩きつけられた思念――


 彼前方から新たに現れたのは、三十を超える黒竜の群れで――その中心には、十五メートルを超える巨大な竜の姿があった。


「一応、太古の竜エンシェントドラゴンって呼んでも良いレベルかな? まあ、ちょっとだけ面白くなって来たか。それじゃ……先制攻撃ってことで」


 カイエが漆黒の剣を振ると――黒い斬撃が一瞬で太古の竜エンシェントドラゴンに迫る。


 初めから当てるつもりのない一撃は、竜の頬を掠めて……遥か後方にあった岩山にそのまま突き刺さり、轟音と共に破壊する。


 轟音に驚いて思わず振り向いた太古の竜エンシェントドラゴンは――


『…………降伏シマス!!!』


 先ほどの倍以上強い思念を放って、そう宣言した。


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