第169話 答え合わせ


「まあ、こっちが一方的に要求するんだし。ちょっとした騒ぎも起こしたからさ……こっちもタダとは言わないよ」


 十大氏族会議を占拠したことを『ちょっとした騒ぎ』の一言で片づけて、何やら言い始めたカイエに――氏族長クランマスターたちが、再び緊張する。


「タダでは無いとは、どういう事……でしょうか?」


 メリッサとカスタロトの関係者として、自分も加害者になった事を悟ったジャスティンは――これ以上騒ぎを起こしてくれるなと思ながら、口調を改める。


「何……大した事じゃない。さっき扉越しに、んだけどさ。ビオレスタってところが、竜族の侵攻を受けているみたいだから。俺たちの滞在を認めて貰う対価として、そいつらを討伐してやるよ」


「「「え……」」」


 カイエの言葉に、十人の族長クランマスター全員・・が唖然とする。


「カ、カイエ殿……貴殿が地竜アースコモドドラゴンを瞬殺した話は、私も聞いていますが。ビオレスタに侵攻したのは地竜アースコモドドラゴンではなく、本物の竜族――黒竜なのです!」


 ジャスティンが慌てて訂正する。地竜アースコモドドラゴンも凶悪な怪物モンスターには違いないが。今度の相手は本物の竜であり、強さの桁が違うのだ。

 

 竜に敗けてカイエたちが死ぬのであれば、これほど都合の良い話は無いが……魔王を滅ぼした勇者パーティーが、簡単に全滅するとは思えなかった。

 仮にカイエたちが竜に勝ったとしても、彼らも無傷では済まないだろうから。その代償として支払うものを考えれば、安請け合いなどされたらたまったものではない。


 しかし――そんなジャスティンの思惑など、カイエは全く意に介さずに、


「ふーん……黒竜ね。そう言えばみんな、本物・・の竜と戦うのは、俺たち・・・としては初めてだよな?」


「そうね、(偽物フェイクバハムートとは何度も戦ったけど)本物・・は初めてね!」


「勇者パーティーの頃は、何度か戦ったことがあるな」


「うん、(あの頃の実力だと)苦戦したよね。ちょっと懐かしいかも……」


「あのねえ……(相手が黒竜だからって)油断してたら、痛い目に合うわよ」


 気楽な感じで、ローズたちと話をする。


「それじゃ……明日までには、討伐して来るからさ」


「ま、待ってください! そもそもカイエ殿は、ビオレスタが何処にあるかご存じではないでしょう?」


「ああ、そうだったな……まあ、良いや。その辺はメリッサに訊くから問題ないよ」


「でしたら……是非、私もご一緒させてください!」


 ジャスティンが止めるのも空しく――カイエたちはメリッサとカスタロトとともに、転移魔法で姿を消した。


「ハハハ……まるで嵐が去った後のようだな」


 乾いた笑いを浮かべるブラッドルフに、


「ブラッドルフ……何を呑気なことを言ってるのだ! カイエ殿が黒竜を討伐しても、黒竜に傷を負わされたとしても……我々は莫大な代償を支払う必要があるだろう!」


 自分たちの代わりに、竜族と戦ったカイエたちに対して――相応の報いをしなければ、十大氏族の威信が揺らいでしまう。

 彼らが見捨てたビオレスタ地方に、カイエたちが無償で手を差し伸べたという噂が広まれば……十大氏族を見限る者も少なくないだろう。


「カイエ殿は……少なくとも半分は魔族だ。その上、勇者パーティーだと……いや、勇者パーティーすら支配下に置く魔族だと噂が立てば……魔王などよりも、相当に厄介な存在になる!」


「まあ、ここまで来たら……腹を括るしかないだろう?」


 ジャスティンの言葉も――ブラッドルフは覚悟を決めて、笑い飛ばす。


「カイエ殿が……竜族を本当に殲滅してきたら。そのときは……降参して、我が君と迎え入れる方が正解じゃないのか?」


※ ※ ※ ※


 勿論、会議室の話がというのは真っ赤な嘘で――カイエたちは待たされていた間、暇に飽かせて会議の内容を盗聴していたのだ。


 そもそもビオレスタ地方への竜の侵攻についても、初めから知っていた訳で――この一ヶ月の間、カイエたちは時間を浪費していた筈も無く。

 週に一度の闘技場コロシアムでの試合と、魔族たちと親睦を深める傍ら。彼らはカイエとエストの飛行と転移の魔法を駆使して、ガルナッシュ全域を調査していた。


 一ヶ月もの時間があれば、一国の状況を把握するには十分であり。ビオレスタの件も、すでにロザリーが召喚した怪物モンスターを使って竜の侵攻を食い止めている状態で。交渉が上手くいかなかった場合のプランBとして用意していたのだ。


 魔族に被害が出ていないのだから、ビオレスタの件は当面傍観するつもりだったが。色々とグズグズになったことで、竜を討伐する意味を十分理解しているカイエは『もう面倒だから、全部ジャスティンに押しつけてしまおう』と躊躇することなく実行に移したのだか――


※ ※ ※ ※


 翌日、帰還したカイエは――バツが悪そうな感じで、頬を掻いた。


「ジャスティン、悪いな……討伐するとか言ったけどさ。こいつら……簡単に降伏するから」


 十人の氏族長クランマスターの前に現れたカイエたちは、全員無傷で――数十体の黒竜を従えていた。


「竜如きが……カイエ様の前で、何を図々しく頭を上げているのかしら? 頭の悪い爬虫類なんて……生きている価値もないのよ!」


 冷徹に言い放つ幼女に――誇り高き竜族は、一斉に首を垂れる。


「ワ、ワレラハ……カイエ様ノ、従順ナシモベデス!!!」


 額を地面に擦りつける竜たちに、ロザリーは満足そうに頷くが……メリッサとカスタロトは乾いた笑みを浮かべて。ローズたちの揶揄からかうような視線を浴びながら、カイエは少し困った顔をする。


「殺さないと不味いか……だったら、始末するけど?」


 絶対的強者の言葉に――竜たちは覚悟を決めて、首を差し出すが――


「いえ、カイエ殿……カイエ・ラクシエル閣下! それには及びません!」


 十人の氏族長クランマスターたちは片膝を突いて――深々と頭を下げる。


「「「我ら、ガルナッシュ連合国の全氏族は……カイエ・ラクシエル様に忠誠を誓います!!!」」」


 奇麗に揃った声を聴いて――カイエは眉を顰める。


「あのさあ……俺って、何か間違ったことをしたのか?」


 カイエの素朴な疑問に……アリスが優しく語り掛ける。


「そうね……強いて言えば。カイエはカイエだって、そういう事じゃないの?」


「何だよ……それって結局、俺が悪いって事か?」


「うーん……私は違うと思うけどな?」


 エマがフォローを入れると、


「そうだな……誰かがカイエが悪いと言うなら。私は断罪する者たち全てを敵に回して構わない!」


 凛々しく宣言するエストを尻目に――


「えーとね、私は……今は言葉なんて、要らないと思うわ。ねえ、カイエ……」


 ローズはカイエの頬に両手を添えると――優しく唇を重ねて、濃厚に○○を絡める。


「「「あああ……ローズだけ、ズルいよ(だろう)(でしょう)!!!」」」


 三人は精一杯抗議するが……さすがは正妻というところか。ローズは一切気にせずに、完全に二人の世界に入っていた。


 そして、蚊帳の外に置かれたメリッサは……


「……あのね、お爺様! ぼ、僕もいつかは……あの輪の中に加わってみせるから!」


 涙目で宣言する孫娘に、カスタロトは優しく肩に手を置いて――


「カイエ殿といういただきは――険しく高く聳えておるが。我が孫娘よ……おまえは、少なくとも帝王の妃たちに認められておるのだ。悲観することはない!」


「はい、お爺様……」


 茶番のような展開を繰り広げる祖父と孫娘に――


(((おまえら……何を勝手に、良い話風に纏めてるんだよ?)))


 十人の氏族長クランマスターたちは、初めて同じ思いを共有した。


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