第168話 カイエの目的


(十大氏族会議でイチャつき始めた人族に……私は何を言うべきか……)


 第七氏族ストレイアの氏族長クランマスターのコルスタは、現実逃避したように、そんなことを考えていた。


 目の前にいる女たちは、あの魔王を滅ぼした勇者パーティーだと言っていたが……だったら、彼女たちに抱きつかれているカイエという男は、いったい何者なのだろうか?


 他の氏族長クランマスターたちも、現実感を感じていない者や、自分だけ助かろうと自己保身の道を探っている者が大半だったが――ジャスティンとブラッドルフ以外に、一人だけ冷静に状況を見定めようとする者がいた。


(こいつが、一番怪しいよな?)


(そうね。顔は覚えたから、後で探りを入れておくわよ)


 カイエとアリスは視線で会話をしてから――氏族長クランマスターたちに向き直る。


「それじゃ……話を始めるとするか。最初に条件を言っておくけど、おまえたちにも拒否権はあるからな。俺たちの話を聞いた上で、ガルナッシュから出て行けって言うなら――俺たちは無条件で従うよ」


 堂々と言い放つカイエに――ジャスティンとブラッドルフは警戒心を強める。

 圧倒的な力を見せつけて会議室を占拠し。おまえたちなど、いつでも殺せると言わんばかりの状況だというのに。カイエが譲歩する理由など何もなかった。


「あのさあ……おまえら、色々と勘違いしてるみたいだけな」


 二人の反応の意味を察して――まあ、それも仕方かないかとカイエは苦笑する。


「俺たちがガルナッシュに来たのは、単純に鎖国している魔族の国に興味があっただけで。魔族のフリをしていたのだって、人族だと街中も歩けないって単純な理由からだ。

 それじゃ、なんで今になって正体をバラしたかって言えばさ……おまえたちを騙したままじゃ、俺たちの目的が果たせないからだよ」


 ジャスティンは目を細める。


「貴殿たちの目的とは……いったい何なのだ?」


 カイエは揶揄からかうように笑う。


「何だよ、そんなに警戒するなって……俺たちは、おまえたちの考え方が知りたいんだよ。

 おまえたち魔族が、人族を敵視する理由とか。敵視する事に何の意味があるのかとか――人族と魔族が争う理由なんて、ホントのところ無いじゃないかって、俺は思っているんだよ」


 カイエの言葉に、ジャスティンは疑いを深めるばかりだった。


「私には……貴殿が言っている意味が全く解らない。貴殿は自身を『混じり者』だと言ったが……だったら、なおさら解るであろう? 魔族と人族は、互いが争うべくして生まれた存在だ。だから、決して相容れる事はない」


 人族と魔族の混血である『混じり者』は、人でも魔族でもなく。それ故に、二つの種族のどちらにも受け入れられることは無かった。

 その状況を己の身を以て知っている筈のカイエが、何故争う理由が無いなどと言うのかと。ジャスティンは言葉を選びながら問い掛けた。


 そんなジャスティンに、カイエは苦笑する。


「やっぱり、ガルナッシュに最初に来たのは正解だったな。教科書通りって言うかさ……おまえは魔神の教典に書いてあるような言葉を、そのまま使うんだな」


 馬鹿にされたと思い、ジャスティンは憮然とするが、


「あ、誤解するなよ? 別におまえを馬鹿にした訳じゃなくてさ……人族だって、魔族と一切交流がない国だと似たような考え方をするし。

 俺が言いたいのはさ……それでも『混じり者』の俺は、こうして人族と一緒にいる。魔族にだって知り合いとか、もっと深い付き合いの奴だっているからな」


「左様だ、ジャスティン……カイエ殿は、何を隠そう我が剣の師匠だ!」


 話に割り込んできたカスタロトの台詞に――氏族長クランマスター全員が驚いた。

 ブラッドルフは、カスタロトとカイエと頻繁に接触している事は知っていたが。己の剣の事しか考えていない偏執狂の老人が、誰かを『師』などと呼ぶとは思っていなかった。


 しかし――


「いや……カスタロト。おまえのことを言った訳じゃないんだけどさ」


 意地の悪く笑うカイエに、


「そ、そんな……」


 カスタロトは愕然として、膝を突く。


「な、ならば……カイエ殿が『深い付き合いのある者』と言ったのは、いったい……」


「そんなの……決まってるでしょ」

「ねえ……ほら、早く入っておいでよ!」


 ローズとエマに促されて、会議室に入って来た魔族の――ギリギリ少女と言えなくもない年齢の女だった。


「メリッサ……おまえは……」


 愕然とするジャスティンの前で。メリッサは顔を赤らめながら、恥ずかしそうにチョコンとカイエの袖を掴むと……


「お父様……僕は、みんなが……カイエの事が好きなんだ!」


 娘の爆弾発言に、ジャスティンの頭は真っ白になる。


(あのさあ……俺が言おうとしたのは、ゼグランたちの事なんだけど。あいつらは一応、俺の保護下に入っているからさ……)


 メリッサとカスタロトの話を出すと、ややこしい展開になりそうだから避けるつもりだったのだ。


(それにしてもさ……何なんだよ、この状況は?)


 ローズたちと密着している自分が言っても、説得力が無い事は自覚しているが――


 メルヴィンの氏族長クランマスター一族の三代が繰り広げた安っぽいドラマのような光景に……会議室の雰囲気は、すっかりグズグズになっていた。


「つまりさ、俺が言いたかった事は。人族だから敵だとか、そんなの先入観に過ぎなくて。ホントは何の意味も無いんじゃないかって事なんだけど……いや、もう良いや」


 娘の行動に呆然としているジャスティンの耳に、今さらカイエの言葉が届く筈も無く――

 他の氏族長クランマスターだって、こんなグズグズの空気の中で話をしても。カイエの意図が伝わる訳がなかった。


「目的の話は別にして……要求は一つだけだ。俺たちがガルナッシュに留まることだけは認めてくれよ。安全を保証しろとか一切言わないし。この国の誰が俺たちに喧嘩を売ろうが、攻撃して来ようが、個人の問題として片づけるからさ」


 もう面倒臭くなったと、話を纏めようとするカイエに。ようやく我に返ったジャスティンは、他の氏族長クランマスターたちの顔を見回す。


「カイエ殿の要求が、本当にそれだけであれば……貴殿たちも、異論は無いだろう?」


 そんな旨い話がある筈がないと、ジャスティンは疑っていたが……何か起きた場合も彼らを共犯者にするために、同意を取っておこうというのだ。


「カイエ殿……貴殿の真の狙いは何だ?」


 そんなジャスティンとは真逆に、ブラッドルフは直球の質問をぶつける。

 理由は二つ……一つは、何者にも屈しないロズニアというパフォーマンスで。もう一つは、本心からカイエの意図を知りたいからだ。


「ブラッドルフ、おまえも執拗しつこいよな……俺たちは友好的で平和的に、ガルナッシュで過ごしたいだけだよ」


 カイエは、しれっと爽やかな笑顔になると――


「まあ、おまえたちが疑うのは最初から解ってたから。こうして十大氏族会議に出張って、約束を取り付けようと思ったんだけどさ。他に要求ねえ……そうだな。今回の件でメリッサとカスタロトと……ブラッドルフ、おまえとその関係者に、一切責任を追及するなって事くらいかな」


 この瞬間――ブラッドルフは自分が加害者であることを再認する。

 自分がカイエたちを呼んだのだから、責任を追及される事は覚悟していたが……カイエに擁護されてしまえば、共犯者だと宣言されたようなものだ。


「カイエ、僕が勝手にやった事だから……でも、ありがとう……」


「カイエ殿……お心遣いに、感謝致しますぞ」


 感涙せんばかりのメリッサとカスタロトの反応に――おいおい、おまえたちは何を考えているんだと、ブラッドルフは一人冷静になる。


(メルヴィンとロズニアを悪役にして、完全にこの場を牛耳るか……なるほどな。二大氏族を敵に回してまで、異論を唱える者などいる筈がない)


 しかし逆に考えれば。二大氏族が結託してカイエたちを味方に付ければ、圧倒的な支配力を手にする事ができる。メルヴィンの事は……タイミングを見て、出し抜けば良いのだ。

 毒を食らわば皿までと――ブラッドルフは野心と共に覚悟を決める。


(何を勝手に解った気になってるんだか……)


 彼の思惑を見抜いて、カイエは呆れた顔をするが、


(ホントに勘違い? カイエ、あんた……狙ってやってたんじゃないの?)


 意味深な笑みを浮かべるアリスに、反論はしなかった。

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