第167話 十大氏族会議
十大氏族会議――ガルナッシュ連邦国を実質的に支配する
「では……ビオレスタ地方における竜族の侵攻については、当面は静観するという事に決定する」
決議を取った後。議長を務める第一氏族メルヴィンの現
メルヴィンの誇りである金色の飾り角を付けた、短く刈り込んだ藍色の髪と顎髭の四十代の男――メリッサの父親は、淡々と議事進行を行っている。
十大氏族と言っても、序列による力関係は明白であり。上位の氏族の意見を下位が覆すことなど稀で、決議を取りこと自体が完全に形骸化していた。
ガルナッシュ建国以来、十大氏族の序列が変わったことは無く。常に第一氏族であり続けたメルヴィンにとって十大氏族会議とは、他の九の氏族の利害を上手く調整しながら、メルヴィンにとって最も都合の良い
「また、そんな弱腰な結論を出すとは……竜族との徹底抗戦を望むのは、我々ロズニアだけなのか?」
第二氏族ロズニアの
「何度も言わせるな、ブラッドルフ殿。ビオレスタなどと言う無価値な土地のために、派兵するメリットなど何もない」
「だがな、ジャスティン殿……ビオレスタにも我々の同胞がいるだろう。それを見捨てろと、貴殿は言うのか?」
「……綺麗ごとを。弱小氏族のために、他の氏族に犠牲を強いるのが正解だと? 貴殿も本気で言っているのではあるまい?」
ブラッドルフが本気なら、ロズニアだけで勝手に動けば良い――ジャスティンは、そう切り捨てる。
武闘派でならすロズニアの戦力は、現時点ではメルヴィンに勝る。しかし、財力や政治力を含めた氏族としての総合的な力では、まだまだメルヴィンに劣っているのだ。
ロズニアとて単独で竜族の討伐に向かえば、相応の犠牲を強いられ、強みである戦力を削られることになり。下手をすれば、それこそ建国以来の第二氏族という序列を失うことになるだろう。
「……まあ、良い。十大氏族会議の議決には、ロズニアも従うしかあるまい。だが、ロズニアだけが派兵に賛成していたことを、貴殿たちも覚えておいて貰いたいものだな」
ブラッドルフはリスクを負ってまで無謀な行動に出るような馬鹿ではなく。むしろ、好戦的なポーズに反して、計算高い男だった。
だからこそ、初めから自分の意見が通らないことを前提に、ロズニアが強硬派であることをアピールする。その狙いは、十大氏族会議における発言力を強めることにあった。
他の
メルヴィンもロズニアも、自分たちが有利な方向に話を持っていきたいだけで。ジャスティンは『公平さ』を、ブラッドルフは『武力』をアピールしているが――
会議という名を借りた予定調和の中に、序列を覆すほどの結論が生まれる筈も無く。そして十大氏族にとって最も重要なことは、ガルナッシュ連邦国の支配者である現在の立場を守ることだった。
「実に……実に下らぬな。十大氏族会議は、いつから腑抜けの集まりになった?」
全く空気を読まない発言に、
「父上……
名誉職である『老大家』として十大氏族会議の永年傍聴権を持ちながら、ついぞ会議に顔を見せる事が無かったカスタロトが。突然会議に出席すると言い出した時点から、ジャスティンは訝しんでいたのだが。
「私に議決権はないが、発言自体は自由な筈であろう? 下らぬ話を下らぬと言って、何が悪い……のう、ブラッドルフ殿?」
カスタロトは何を考えているのか――ブラッドルフは疑わし気に目を細める。
彼が一ヶ月ほど前にカイエたちと接触して以来、トルメイラに留まって、彼らと頻繁に会っている事はブラッドルフも知っていた。
そして今日の会議に、『
会議に出席することはカイエからの申し出だが。すでにガルナッシュ全域に噂が広まっている彼らを、まるで自分の手駒のように紹介することにメリットはある。
カイエの目的は理解できなかったが、どう転ぼうとも、ロズニアが有利な方向に話を持っていく自信はあった――しかし、カスタロトの行動に一抹の不安を懐く。
(この
カイエたちの存在が、メルヴィンの実力をアピールする材料になってしまえば、全ての計算が狂ってしまう。
同じ武闘派と言われながら、ブラッドルフはカスタロトの事が理解できなかった。
あくまでもブラッドルフは、ロズニアの利益を考えて武力を選択しているが。カスタロトは彼に言わせれば、己の剣の事しか考えていない偏執狂なのだ。
「老大家……今の発言は、メルヴィンもビオレスタへの派兵に賛成だと受け取って宜しいのでしょうか?」
探りを入れるブラッドルフに、
「……何を言っておる? 今のメルヴィンの
挑発するように覇を剥き出しにして笑う老人を――ブラッドルフは忌々しく思いながらも、内心で安堵の息をつく。
(これで言質は取ったな……)
カスタロトがどんな発言をしようと、全て『私見』と片づける事ができる。少なくともカイエたちを『メルヴィンの剣客』と主張する余地は無くなったのだ。
「ああ、そうでしたな……それでは、ジャスティン殿。次は我がロズニアが運営する
ジャスティンを牽制したから、ブラッドルフは
「誇り高き十大氏族の
入口の前で控えていたキルケスが一礼して扉を開くが――その瞬間、彼は凍りつく。
「……カ、カイエ殿?」
「何だよ、随分と待たせたじゃないか?」
部屋に入って来たカイエたちを見て、
彼らは全員変化の魔法を解いており――人の姿に戻っていたからだ。
「人族だと……ブラッドルフ殿、どういうことだ?」
「け、警備兵を呼べ! おい、貴様ら何をしている!」
「ああ、悪いけど。結界を張ったから、呼んでも誰も来ないよ……それと、訂正しておくけど。俺
何食わぬ顔で応えながら、カイエはゆっくりと近づいて来る。
「よう、皆さんお揃いで……俺はカイエ・ラクシエル。面倒だから先に紹介しておくけど、一緒にいるのは本物の勇者パーティーで、ローズ、エスト、アリス、エマ。それに、うちの侍女のロザリーだ」
疑われるのも面倒だからと、敢えて解放した彼女たちの光の魔力に――
「面倒だからって結界を張った事と、魔族のフリをしてた事は一応謝っておくかな……でも、そんなに慌てるなよ? 俺たちは話をしに来ただけだから」
それすら霞ませるほどのカイエの圧倒的な力に、幾ら感知能力が鈍い
「ブラッドルフ……貴様は、人族にガルナッシュを売り渡したのか!」
珍しく気色ばむジャスティンに、ブラッドルフも言い訳の言葉が見つからずに狼狽する。
「い、いや……違うんだ! ジャスティン殿、私は何も知らなかった……」
カイエが何か企んでいるとは思っていたが。こんな状況を予想していた訳ではない。
「まあ、ブラッドルフが俺たちの正体を知らなかったのは本当だな」
話に割り込んで来るカイエに、
「カイエ殿……やはり、貴殿の目的は……」
結局踊らされたのだと、ブラッドルフは自分の浅はかさを悔いるが。
「だから、何度も言わせるなよ。俺は話をしに来ただけだからさ」
カイエが苦笑すると――
「そうよ。少しは、カイエのいう事を聞きなさいよ」
「全くだ……別に私たちは、危害を加えるつもりなどない」
「ホント、失礼しちゃうよね」
「そんなに怖がらなくても、何もしないから」
四人は当然のように前後左右から密着する。
カイエは
余りにも場違いなピンク色の空間に、別の意味で唖然とする他はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます