第166話 告白


 手合わせを終えた後――カイエたちはカスタロトから、夕食に招かれた。


 屋敷の最上階にある広い部屋で。白いクロスを引いたテーブルに並んだのは、メリッサが『メルヴィン好み』と言っていた素材を生かした料理だった。


 とは言え、武人である彼らの胃袋を満たすためか、肉料理中心のかなりボリュームのあるものであり、エマは量にも味にも満足していた。


「はい、カイエ……あーん!」

「私の方もだ、カイエ……あーん!」


 手合わせのお陰で、半日も『お預け』を食ったローズたちは、カスタロトや使用人の目など一切気にせずに、カイエに密着している。


 予想はしていたが、突然発生した濃密なピンク色の空間に、カスタロトも使用人たちも、目のやり場に困っている。


 しかし、メリッサだけは、すっかり慣れた感じで。カイエに密着する彼女たちと普通に会話しているから。使用人たちも一瞬『私たちの方が間違っているの?』と思ってしまった。


「カスタロト。おまえやメリッサだけの話じゃなくてさ。そもそもガルナッシュの連中は実戦経験が足りてないな?」


 アルコール度の高い透明な蒸留酒を、カイエは水のように飲み干す――当然のように左右にはローズとエストが、背中の方からアリスとエマが密着した状態で。


「……確かに、そうかも知れませんな。ガルナッシュは鎖国しておりますし、国内でも氏族間の紛争など、もう百年以上も起きていませんからな」


 彼らは互いが争うことで疲弊しないように。氏族同士の諍いは、互いの代表による『仕合い』によって解決してきた。


 その延長線上にあるのが闘技場コロシアムで。どちらも『戦争の代わり』という色合いが強い。


「なるほどね。平和なのは結構な事だけどさ。あまえも強くなりたいなら、もっと本気の殺し合いを経験する必要があるな」


 カスタロトもメリッサも、強さのポテンシャルは優に魔将クラスだが。総合的な戦闘能力では、話にならないレベルだった。


 例えば、二人がカイエと出会う前に、聖王国の辺境にいる元魔王軍魔将のゼグランたちと戦ったら。手も足も出ずに惨敗していただろう。


 一対一なら、それなりに戦えるだろうが。対応力を求められる集団戦では、歴戦の彼らに勝てる確率は皆無だった。


「本気の殺し合いですか……ならば、不適合種の怪物モンスターを狩りに行くのが手っ取り早そうですな」


 魔族には怪物モンスターを従わせる能力があり。ある程度知能があって扱い易い怪物モンスターは使役してしまうので、怪物モンスターと戦う機会もあまり無い。


 例外は『不適合種』と彼らが呼ぶ地竜アースコモドドラゴンなどの凶暴で制御が難しい怪物モンスターで。

 生活圏が違う『不適合種』と対峙する機会は少ないが。時折魔族の支配地域に侵攻してくるから、討伐する事がある。


「他には……『魔人大戦』のときに、魔王軍に物資を運んでいた部隊の連中とか。そいつらなら、それなりに実戦経験があるんじゃないか?」


 カイエの指摘に、カスタロトは苦笑いする。ガルナッシュが魔王軍の支援をしていたのは公然の秘密だった。


「そう言えば……カイエ殿は、ブラッドルフ・ロズニアに会われたそうですな?」


 あからさまに話題を反らしたようにも聞こえるが――


「ああ、そういう事か。やっぱりあいつは……なるほどね」


 ルラッドルフだけは他の奴と比べて戦い慣れしていたから、何かやっているとは思っていたが。輸送船団に関わっていたのなら、納得できる。


「相手は怪物モンスターでもロズニアの連中でも構わないけど。かくおまえは、試合形式以外の場数を踏んだ方が良いな……という事で、鍛錬の話はこのくらいにして。今日は俺の方からも、話があるんだよ」


 意味深に笑うカイエに、カスタロトは訝しそうな顔をする。


「それは……やはり、ロズニアに関する事ですか?」


 ブラッドルフの誘いをカイエが断ったことはメリッサから聞いていたが――自信が実力を認めるブラッドルフの行動は、カスタロトも気になった。


「確かに、ロズニアにも関係するけどさ。おまえが想像しているような事じゃないよ。俺に言わせればブラッドルフだって……まあ、それは良いや。奴に頼んで、俺たちが十氏族会議に出る事になったのは、おまえも知っているよな?」


 メリッサも同席した食事会の場で。カイエは自分たちの目的を話す代わりに、どんな形でも良いから十大氏族会議の場に同席させるように要求していた。


「ええ、それも聞いていますが……カイエ殿の目的が、私には解りません。ガルナッシュについて、もっと良く知りたいとか、ブラッドルフに仰ったそうですが。それは……何かの隠語なのでしょうか?」


「ブラッドルフの奴も、同じような反応をしてたけどさ……まあ、おまえたちが理解できないのは良く解るよ」


 深読みするカスタロトに、カイエは苦笑する。


「俺たちの目的が何だとしても。結局のところ、騒ぎになると思うからさ……その前に、おまえとメリッサには、話しておきたいことがあるんだよ」


 カイエの漆黒の瞳は、問い掛けるように二人を見る。


「解りました……おまえたちは下がっておれ。そして、私が良いと言うまで、何人たりとも部屋に入れる事は許さぬ」


 カスタロトの指示に従って、使用人たちは一礼して部屋を出ていく。


「別に人払いをしなくても……まあ、その方が良いかもな」


 カイエは面白がるように笑うと。とりあえず、扉が閉まるのを待ってから――魔法を解除する。


 魔族の特徴である尖った耳が消えて……カイエは本来の姿になった。


「俺は所謂、『混じり者』って奴で。半分は人族の血が混じっているんだよ」


「ほう……それがカイエ殿の秘密という訳ですか?」


 人族との混血である『混じり者』は、魔族たちが卑下する存在だが――カスタロトは、そんな事を知っても、別に何だという感じで驚かなかった。


「人族の血が混じっていようが……カイエ殿が武を極めている事に何ら変わりはありません。むしろ半分人族だというのに、それほどの極みに到達されたことの方が。私としては驚愕に値することと思いますが」


 一切揺らぐ事のない尊敬の想いを懐くカスタロトの反応に、カイエは別の意味で苦笑する。


「ああ。おまえなら、そう言うと思ったけどさ……こんなのは、序の口なんだよ」


 そう言って、カイエが目配せすると――ローズたちは一斉に指輪を外した。


「メリッサ……騙していて、ゴメン」


「えーと。本当のことを言うと、私たちは……」


 変化の指輪の魔力が消えて、本来の姿になったローズたちに――カスタロトは目を見開く。


「人族の身で……其方たちは。それほどまでの強さに……」


 予想外の方向で驚いているカスタロトに、


「あのねえ……カスタロトさんは、解っていないみたいだから言うけど。私たちは、本物の勇者パーティーだから」


 アリスは呆れた顔で説明するが――


「なんと……カイエ殿は、あの勇者パーティーの面々すら、支配下に入れたという事ですな!」


 勝手に納得するカスタロトに……カイエも思わず、笑ってしまう。


「こいつらと俺は支配するとかされるとか、そんな関係じゃなくて……まあ、良いや。俺が言いたかったのは……俺たちの正体がバレたら、おまえたちにも迷惑が掛かるだろうから。今すぐ俺たちとの関係を断った方が、良いんじゃないかって事なんだけど?」


 本当に全てを話すのであれば――カイエが魔神であることも、言うべきだろうが。

 そんな事をしたら、相当面倒な事になることは解っていたし。十氏族会議の場でも隠すつもりだったから、敢えて説明を省いた。


「何を仰いますか、カイエ殿……私は第一氏族の立場よりも、貴方に師事する事の方を選びます」


 カスタロトは一切揺らぐことなく――本心から言っていた。


「まあ、カスタロトが、そういうって事は予想していたけどさ……さっきから、メリッサは黙っているけど。おまえも、それで良いんだな?」


 揶揄からかうように笑うカイエに……先に応えたのは、カスタロトだった。


「何を仰います、カイエ殿。私としては、うちの孫娘も――カイエ殿の嫁に加えて頂きたいと思っておりますぞ!」


「「「「何を言ってるのよ(んだ)!!!」」」」


 今度はカスタロトの爆弾発言に……ローズたちは反発するが。

 当のメリッサは――カスタロトの発言など無かったように、満面の笑みで応える。


「……勿論だよ! 僕は初めからカイエを……みんなのことを信頼しているからね!」


 色々と面倒臭そうな状況に、カイエは頭を掻く。


「あのなあ。盲目的に信じるとか、そういうのは要らな――」


 文句を言い掛けたカイエを――ローズが遮った。


「そんな事を言って……メリッサ。貴方は、カイエと一緒にいる覚悟があるの?」


 ローズの褐色の瞳が問い掛ける――カイエと一緒に歩むことは、生半可なことではないと。


「うん……私も、そう思うよ」


 ニッコリと笑って言うエマに、


「当然だろう……カイエは、カイエだからな」


 エストは深く頷く。


「まあ……誰にとっても価値がある男とは思わないけどね。私たちにとっては――」


 あんたは当然解っているわよねと微笑むアリスに――カイエは仕方ないかと、悪戯っぽく笑う。


「メリッサ。おまえが本気で望むなら……もう止めないけど。そんな大した価値は無いと思うけどな?」


「うん、僕は……みんなと一緒に居たいよ!」


 メリッサの魂からの叫びを――カイエたちは誰も否定しなかった。


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