第165話 老兵はただ立ち去るのみとか……知るかよ


 その二日後――カイエは、メルヴィンが所有する郊外の邸宅にいた。


 堅牢な壁に囲まれた城塞とも見紛う屋敷には、普段からメリッサと彼女に仕える氏族の戦士や使用人たちが住んでいるのだが。今はカスタロトと彼の護衛たちも滞在していた。


 広い中庭をぐるりと取り囲むように、五十人を超えるメルヴィンの戦士たちが立ち並んでおり、その中にはメリッサと、ローズたちの姿もあった。


「そろそろ……始まるみたいね」


「メリッサは解っていると思うけど。他の人たちも、変な期待はしない方が言いと思うよ」


 ローズとエマに促されて、メルヴィンの戦士たちは中庭の中央に注目する。そこには――魔剣サザーラントを構えるカスタロトと、カイエが対峙していた。


「約束だから、相手をしてやるよ……先ずは、おまえの何が駄目なのか教える所からかな?」


 カイエは闘技場コロシアムと同じように、普段着のままで。無骨な二本の剣を、無造作に手にしている。

 カスタロトを『おまえ』呼びをしているのは、一応師弟関係になったのだからと、本人が要望したからだ。


「ええ、お願いします。それでは……行かせて頂きますぞ! 秘剣『蒼焔迅撃』!」


 魔剣サザーラントを構えるカスタロトは、一気に魔力を開放して加速する。

 渾身の一撃がカイエの眼前に迫るが――刀身が触れるギリギリの距離を見極めて躱す。


「タメを作って突っ込むとか……何考えてんだよ。そんなの事をしたらさ。相手に避けてくれって、言ってるようなモノだろ?」


 カスタロトは、そのまま流れるような動きで二撃目、三撃目を繰り出すが。カイエは同じように、最小限の動きで避けてしまう。


「おまえの間合いは、見切ってるから。単純に攻撃しても当たらないって」


「……ならば!」


 今度は不規則な変化を加えて、フェイントを連発するが――


「あのなあ……フェイントの分だけ動きが雑になったら、意味がないんだよ。例えばこんな風に――」


 やる気の無い感じで、カイエが無造作に上げた足がカスタロトの死角からヒットし、魔剣サザーラントが高々と宙に舞った。


「相手に不意を打たれたら、対処出来ないだろう?」


「おおおお!!!」


 『老大家』を翻弄し、アッサリと勝利を収めたカイエに。メルヴィンの戦士たちは、感嘆の声を上げる。


 観戦者の輪の中には、闘技場コロシアムでカスタロトの惨敗を目撃した護衛たちもおり、彼らだけは主の二度目の敗北に俯いていたが……


「何を……俯く必要がある? 貴様たちもメルヴィンの戦士ならば……刮目(かつもく)して、私の戦いを見届るのだ!」


 カスタロト本人は、敗北に打ちひしがれる気など微塵も無く――ギラギラした目で、地面に突き刺さった魔剣を引き抜く。


「カイエ殿の言う事は……なるほど至極もっともで、非常に勉強になりなすな。さあ、どんどん行きましょう……今日は徹底的に、付き合って頂きますぞ!」


 無様に敗北する屈辱など――その先が剣を極める道に繋がっているのであれば、どうということは無い。

 カイエという武の極みに、少しでも近づけるのならば……地面に這いつくばろうが、泥水を啜ろうが。何度でも立ち上がってやる。


「……『狼牙砕山』! ……『虎破砲火』!」


 矢継ぎ早に、攻撃を仕掛けて来るカスタロトに――


「ああ、そう来なくっちゃ……だけど、全然駄目だな。おまえの動きは無駄(ロス)が多過ぎるし。魔力の使い方も非効率なんだよ。一つ一つの動きに集中しろって……ほら、今の一撃だって。予備動作は不要だろ?」


 カイエは容赦なく駄目出ししながら。これ以上無いというタイミングで、適格な指示を出していく。


「なるほど……こういう事ですな!」


 カスタロトも貪欲さ故か。老人とは思えない呑み込みの早さで、カイエが言ったことを吸収していき……その成長ぶりは、傍で見ているメルヴィンの戦士たちでも、解るほどだった。


「カスタロトさんって……さすがは、メリッサのお爺さんて言うかな。ホント、二人は良く似てるよね!」


 エマの言葉に、メリッサは嬉しそうに笑みを返す。


「うん……僕の自慢のお爺様だからね!」


 そんな感じで――カイエとカスタロトは丸半日も、休むことも無く手合わせを続けたのだった。


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