第164話 思惑の衝突



 給掛係ウエイトレスたちは急いでテーブルを片付けると、ブラッドルフ・ロズニアとキルケスのために、飲み物を運んでくる。


「当店でお出しできる最高品質の蒸留酒ブランデーです。ブラッドルフ殿下、キルケス殿……それでは、ごゆっくりとお寛ぎください」


 ギャゼスは優雅な仕草で深く頭を下げると、空気を読んで、給掛係ウエイトレスたちを連れて退室する。


 部屋に残されたブラッドルフは――ロズニアの現氏族長クランマスターの前で平然と女を侍らせるカイエを、憮然とした顔で睨み付けていた。


「まあ……だいたい予想通りの展開だけどさ。氏族長クランマスターが動くのは、もう少し後だと思っていたよ」


 ブラッドルフの怒りなど何処吹く風という感じで、カイエは揶揄(からか)うように笑う。


「ええ、私はもっと慎重に事を進めるつもりでしたが。メルヴィンの老大家が動いたのですから、こちらも悠長なことは言ってられなくなりましてね」


 全部カスタロトのせいだと、キルケスは抜け抜けと笑った。


「へえー……そうなんだ? ところで、ブラッドルフ。あんたの要件は何だよ?」


 全部解っていながら――挑発するように、カイエは問い掛ける。


「単刀直入に言おう……カイエ・ラクシエル殿、我がロズニアの傘下に加わらぬか?」


 この場に第一氏族メルヴィンの氏族長クランマスターであるメリッサが居ることを完全に無視して、ブラッドルフは真っ直ぐにカイエだけを見据える。


「貴殿の力を……このブラッドルフ・ロズニアなら、ガルナッシュ統治のために活かしてみせる」


 自分こそが為政者であるという堂々たる態度で、ブラッドルフは言い放つ。


 メリッサが聞いている以上、これは第一氏族メルヴィンに対する宣戦布告そのものだが。氏族長クランマスターでもない者に、敬意を払うつもりなどなかった。


「いや、ガルナッシュの統治とか……俺には全然興味が無いんだけどさ?」


 カイエは苦笑する。


「そんな事に関わるために、俺はガルナッシュに来た訳じゃないし」


「だったら……貴殿の目的はなんだ? それほどの力を持ちながら……もはや何の目的も無いなどとは言わせぬぞ!

 ラクシエルという名は、生憎と聞いたことは無いが。世界に点在する氏族の中には、牙を研ぎ澄ましながら、雌伏のときを過ごす者が少なく無い……ラクシエルも、そうなのであろう?」


 ブラッドルフはグイグイ迫って来るが――


「カイエ様に対して……口の利き方がなって無いかしら!」


 愚かにも口を挟んできた幼女を、ブラッドルフは無視しようとしたが……彼女の全身から溢れ出る膨大な魔力に気づいて、思わず目を見開く。


 ロザリーは、まるでゴミを見るような目をしていた。


「密室での会談を選んだのは……そっちなのよ? ここで何が起きたとしても、文句は言わせないかしら」


 ロザリーの実力についてはキルケスから聞いていたが――実際の力を肌で感じてみて、初めてそれが誇張でなかったことを実感する。


 しかし、ブラッドルフとて、その実力でロズニアの氏族長クランマスターの地位を勝ち取った男なのだ。力づくの脅しに屈するつもりなど無い。


「小娘よ……貴様がやったことは、ロズニアに対して剣を抜いたに等しい行為だ。それが主であるカイエ殿を窮地に招くと、解っているのであろうな?」


 ブラッドルフは胆力で踏み留まり、ロザリーを諫めようとするが、


「いや、ブラッドルフ……あんたは二つ、勘違いしているよ」


 カイエは何食わぬ顔で言った。


「ロザリーが動いたのは、俺が許可したからだし。それに、まだ魔法を発動させた訳じゃないから……剣を抜いたんじゃなくて、文句を言っただけだろう?」


 ブラッドルフの態度に、怒りに肩を震わせていたロザリーに対して――カイエは好きにしろよと、目配せで伝えていたのだ。


 そして後半の部分も、カイエの言い分の方が正しく……ロザリーの魔力の大きさにブラッドルフは錯覚したが、彼女は魔法など一切発動していなかった。


「……確かに。カイエ殿の言葉が事実であれば、勘違いしていたのは私のようだな」


「いや、もっと言えばさ……そもそも、あんたの考えは、最初から間違ってるんだよ」


 己の非を認めて、一旦引き下がったブラッドルフに――カイエは追い打ちを掛ける。


「あんたが交渉をするべき相手は――俺だけじゃないから。まあ、メリッサには悪いが、こいつは一応部外者だけど。他の五人は……ロザリーも含めて、俺の臣下じゃなくて仲間だからな?」


 勘違いするのも解らなくは無いが――ローズたちを無視するブラッドルフの迂闊さに、カイエは呆れていた。


(おまえは、解っていただろう? どうして、こいつに何も教えなかったんだよ?)


 キルケスに冷たい視線を向けるが、


(私は……忠告したんですけどね)


 相手は肩を竦めるだけだった。


「……解った。我が非礼を認めて、貴殿たち全員に詫びよう。そして……メルヴィンのメリッサ殿も。貴殿はカイエ殿の客人だというのに、軽んじるような真似をして申し訳ない」


 氏族長クランマスターであるブラッドルフは頭こそ下げなかったが――自分の間違いを潔く認めた上に。言外の意図に気づいて、メリッサに対する態度まで改めた彼の事を、カイエは少し見直した。


「ああ、解ったなら良いけど……なあ、みんな?」


 ローズたちは促されて――ブラドルフの謝罪にではなく、カイエの気遣いに満足して、嬉しそうに頷いた。


「でも……ブラッドルフ殿下。私はこれ以上、不躾(ぶしつけ)に口を挟むつもりは無いけど……貴方が私たちを見誤ったことは、覚えておくわ」


 したたかに笑うアリスを見て、ブラッドルフは自分の選択が正しかったと実感する。

 カイエの周囲を彩るように身を寄せる彼女たち一人一人から……自分を凌駕する力を感じたからだ。


(どうして……今まで気づかなかった? 私の驕りのせいか……否! 私でも気づくようにと、力を見せているという事か……)


 ブラッドルフの判断は正しかった――普段のローズたちは、自分たちの力を見せつけるつもりなど無く。

 本来の光の魔力を隠していることもあって、感知能力に優れた者でなければ、力を見落としてしまう。


 しかし、今は……これ以上誤解させても、話が進まなくなるだろうからと、彼女たちは意図的に力を見せていた。


「まあ、そういう事で……ブラッドルフ、話を戻そうか? さっきも言ったけど、俺たちはガルナッシュの統治になんて興味はないから。あんたの誘いを受ける理由がない……でも安心しろよ。同じ理由から、メルヴィンの風下に立つつもりも無いからさ」


 そんなこと、メリッサもカスタロトも望んじゃいないけどね――カイエは面白がるように笑う。


「だけど、あんたが俺たちの目的のために役に立ってくれるなら……等価交換だ。少しくらいなら、あんたに協力しても構わない」


「貴殿の目的とは……いったい何なのだ?」


 この期に及んで。ガルナッシュの統治すら興味がないというカイエの目的を訊くなど、パンドラの箱を開けるような行為だとブラッドルフも解っていたが――


 カイエたちの圧倒的な力を実感した彼は、目の前にぶら下げられた餌に喰いついてしまう。


「何……全然大したことじゃない、簡単なことだよ。俺たちの目的はさ――」


 悪魔のような笑みを浮かべて、カイエはブラッドルフに語った。


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