第163話 メリッサの想い


 ギャゼスの店のコースは――これまで味わったトルメイラの料理とは違って、素材の味を活かしたモノが多かった。


 旬の野菜や、シンプルな味付けをした肉や魚の料理が皿の上に奇麗に盛り付けられており。量的には、エマは物足りなく感じたが……そんな反応に目ざとく気づいた給掛係ウエイトレスが、すぐに彼女の分だけ量を増やしてくれたので。


「うーん……本当に美味しかったよ!」


 コースが終わる頃には、エマ的にも大満足だった。

 積み上げられた皿の山と彼女の食べっぷりに、給掛係ウエイトレスたちも満足げに微笑んでいる。


「でもさ、私には凄く美味しかったけど……こういう味だと、トルメイラの魔族ひとの好みとは違うんじゃないの?」


 スパイスを利かせた濃い味と、量が多い事がトルメイラ料理のスタンダードだ。


「いや、エマ……君は誤解していると思うよ」


 ナプキンで口元を拭きながら、メリッサが注釈を加える。


「ガルナッシュは百以上の氏族が集まった国だから、料理に関する文化だって多岐に渡っているんだ。確かに濃い味を好む氏族は多いかな……トルメイラの支配氏族であるロズニアもその一つだけど。だけど僕たちメルヴィンは、比較的シンプルな味付けを好むんだ」


「なるほどね……人族の国で言ったら、レガルタみたいなモノか? 色々な場所から魔族ひとが集まって来れば、それぞれ好みが違うのも当然だよな」


 人族も魔族も、地域や文化の違いによって異なる風習があるのは当然な事で。それを種族の違いだと決めつけるのは、余りにも単純すぎるとカイエは思う。


 異なる種族でも好みが近い者もいれば、同じ種族でも正反対の行動をする者も多い――種族とは個人を形作る要素の一つではあるが、それが全てではないのだ。


「人族の国って……カイエたちは、向こう側の世界に詳しいんだね?」


 素朴な質問という感じで、メリッサは口にする。魔族である彼女が『向こう側』と言うのは、人族の世界の事だった。


「ああ、俺たちはずっと、そっち側にいたからな」


 いきなりのカミングアウトに――何を言い出すのよと、アリスが呆れた顔をするが。


「へえー……そうなんだ」


 メリッサはそれ以上、質問を重ねなかった。


 勿論、カイエたちにの事に興味がない訳ではなく――むしろ、もっと色々な事を知りたかったが。

 カイエたちは氏族名すら明かさず、人族の勇者パーティーを騙っているのも当然偽名なのだから……そこには他人に語れない事情があるのだろう。


 多数の氏族が集まって出来た国であるトルメイラには、氏族に関する様々な事情を抱える者も多い。

 そんな環境で生まれ育ったメリッサは、他人の事情に無暗に踏み込むべきではないと理解していた。


 何も教えてくれない事を寂しく感じるが。本人たちが話してくれない以上、それは越えてはいけない一線なのだ。


 そんな彼女の心遣いに気づいていながら――カイエは揶揄からかうように笑う。


「何だよ……メリッサは、俺たちに興味が無いんだな?」


「そ、そんな事は……勿論ないよ。僕は君たちの事を……カイエの事を、もっと知りたいんだ。だけど……」


 メリッサは困ったような顔をするが、


「だったら……訊けば良いだろう?」


 そんな事などお構いなしに――カイエは踏み込んで来る。


「俺はメリッサの事に興味があるし……おまえも、俺たちに興味があるならさ。訊きたいことを素直に口にすれば良いんだよ」


 漆黒の瞳に正面から見つめられて――メリッサは真意を確かめようと、じっと見つめ返す。

 カイエの目は獰猛な獣のように挑み掛かり……彼女の心を鷲掴みにする。


「カイエ……僕にも、君たちの事を教えてくれないか? 君たちが何を考えて、何をしようとして――」


 このとき――突然、部屋の扉がノックされて、ギャゼスが入ってくる。


「カイエ、食事中に悪いが……お客さんだ。当人かどうかは解らないが。少なくとも、無下に断れる相手ではないのでね」


「ああ、ギャゼス。構わないよ……通してくれ」


 悪戯っぽく笑うカイエに、ギャゼスはお道化たポーズで頭を下げると、一歩身を引いて後ろにいた客を通した。


「やあ、カイエ殿……半日ぶりですね」


 銀縁眼鏡の上級魔族――キルケス・ロズニアは、闘技場コロシアムから担架で運ばれた事が嘘のように、いつも通りの態度で顔を出す。


「へえ……キルケスも意外とタフなんだな? それとも、ロズニアの治癒士たちが優秀なのか?」


「どちらかと言えば、後者ですね……私は肉体労働に向いていませんから。ですが、そんな事よりも――」


「解ってるよ。主賓はおまえじゃなくて、後ろにいる奴なんだろう?」


 キルケスの台詞に先回りして、カイエは開いたままの扉の向こうへと視線を向ける。


「なるほど、察しが良いのは助かりますよ……我が主マイマスター、どうぞこちらへ」


 キルケスに促されて入って来たのは――身長二メートルを超える堂々たる体躯の男で……金糸で縁取りされた豪奢な服の上からでも、その鍛え上げられた分厚い胸板が見て取れた。

 血のように赤い髪の毛の下で、貪欲そうな双眼が光る。

 

「カイエ殿……貴殿の事はキルケスから聞いている。私は第二氏族ロズニアの現氏族長クランマスター、ブラッドルフ・ロズニアだ」


 大地を揺るがすような低く響く声にも――


「よう、ブラッドルフ。俺はカイエ・だ。立ち話も何だからさ……とりあえず、座ったらどうだ?」


 カイエは一ミリも動じない不遜な態度で、面白がるように笑った。


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